Act 3-4:魔の森、ネクロマンサー
俺たちは、森を抜け、荒涼とした空間に出ていた。
円形状に森に包まれ、外界から切り離されている。
その中心に、巨大ななにかが鎮座していた。
「……なんなんだよ、コレ」
それは、あまりにふさわしくなかった――状況に、場所に、世界に。
不釣り合いで、折り合いがついていなくて、浮いていて、際立っていて、寒気がした。
俺は、ミイの口笛と、彼女が木のテーブルの上でブラインドタッチするノートパソコンの打鍵音を思いだしていた。
この世界で、グレーのアルミ製ラップトップは、はげしく違和感を醸し出している……。
メインの部位が円筒形の物体。
それは、いわゆる飛行機だった。
あるいは軍の輸送船に似ていた。
しかし、でかい……バカでかい。
表面は、グレーの金属製。
はるか昔に不時着したように見える。
地面と衝突した箇所――底がつぶれてしまっていた。
いや――ちがう。
底はつぶれてなどいない。
めりこんでいる。
土のなかにすっぽりと埋まっている。
この重厚な物体――おそらくは飛行物体が不時着したのは、ずっと昔の話だろうから、あとから土が隆起して、接地面を覆ってしまったのだろうか。
そもそも。
不時着したにしては、傷がほとんどないことも変だ。
擦れた跡すら見当たらない。
では、普通に着陸したのか?
だが物体は、斜めに地面へと突き刺さっているのだ。
まるで突然、このかたちで、この場に出現したかのようだった。
「ドラゴンは追ってこないな」
クゥが後ろを振り返りながら言う。
「やけに、かんたんに引き下がったな」
魔の森……。
死せるドラゴンですら、この場所を恐れているというのか?
それとも――。
「イヤだな」
クゥがつぶやく。
「死のにおいがする。たしかに、この世界は、とっくのむかしに死んでるさ。けど、この森は――そんなの凌駕してる」
俺は、いったんカチュターシャを下ろし、比較的やわらかそうな土の上に横たえた。
「……ひどいな」
彼女の傷は、皮も肉も斬り裂き、かなりの深さにまで達していた。
「応急処置しないと」
クゥが、両手に持ってきたなにかを、患部へと押しつけた。
おそらくは、薬草のたぐいだろう。
カチュターシャの顔が苦痛にゆがむ。
「ごめん、ごめんよ、すこしのガマンだから」
クゥが呼びかけながら、テキパキと処置をほどこしていく。
「ゆゆゆゆゆゆゆゆ」
妙な声が聞こえた。
振り向くと、ミイだった。
「なんだ? どうした」
「ゆゆゆゆユウ兄! ううう腕! 腕がが!」
俺の右腕を指さしてくる。
「ああ。なくなった」
「そんな! そんな!」
「だいじょうぶだ。痛覚は遮断したし、もう痛まないから」
「そゆことじゃない!」
ミイが自分の髪をわちゃわちゃとかき乱す。
「ユ、ユウ兄! ちょっちょっとあたし、あわててててて――」
「落ち着け!」
俺は左手を伸ばし、ミイの肩に置く。
「あああもう、なんであたしが元気づけられる側! なにやってんだろ」
ミイは両手でピシャリと自分の頬を打った。
そして言う。
「ごめん、ユウ兄。あたしのせいで。……あたしのせいだ」
そこまで言って、ぽろっと涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう。ユウ兄。ごめん、ごめんね……」
「よしてくれ、ミイ」
俺は肩に置いていた左手を動かし、彼女の涙をすくった。
「俺は、ミイが無事でうれしいんだ。これ以上にうれしいことはない。だから、俺はつらくなんてない。わかるか?」
彼女は、ふるふると首を横に振る。
「泣かないで」
俺は、ぎこちなくありませんようにと願いながら、笑みを浮かべて見せる。
「ミイはおぼえてないかもしれないけどな、むかし、言ったことがあったんだ。この右手は、お前のために使うんだって」
「なにそれエロい」
ミイが顔を伏せたまま、そんなことをつぶやいた。
待て。
「いや――エロくはないだろ」
「あたしを使って右手でとか……」
「言葉を並べ替えて曲解するな!」
「やらしい」
「ちょっと待て。俺はいま、イイ話をしてたんだ」
「うん。ありがとう」
急に素直に礼を言われた。
俺は、うまく言葉が出てこなくなった。
「……つまりだな、結果としてミイを救えたんだから、俺の右手は本望だったというか、本懐を遂げたというか……」
「ありがとう。ごめん、なんて言って……ごめん。ほんとうに、ありがとう」
俺は、今度こそなにも言えなくなった。
油断すれば泣いてしまいそうだった。
ミイは強い。
俺よりも、はるかに。
彼女の強さは、俺の弱さを補ってあまりあるものだ。
「おかげさまであたしは、万事おっけぃ」
いつもの決めポーズで、ぐいっと口端をつり上げ、ミイは笑顔を作る。
「小さいころ、ユウがこれ教えてくれたよね。どんなに悲しいことがあっても、こうやってムリヤリにでも笑っていれば、きっと状況がよくなるってさ」
……そうか。
彼女は、忘れているんだ。
このことすらも。
「ちがうよ」
俺は言った。
「もともとこれは、俺がミイから――」
「悪い、ユウ。ちょっと、いいか?」
クゥが遠慮がちに入ってきた。
「ああ……すまない。カチュターシャがあんな状況なのに」
「いや、そんなことは、いいんだ。前向きでいてくれることは、ありがたい」
「カチュターシャの様子は?」
「よくない」
クゥは、暗い顔で首を振った。
「もう陽が沈む。どこか晩を明かせそうな場所をさがさないと」
「ああ……だな。このなかは、どうだろう」
俺は、物体を見上げた。
「なか? コイツに入れると?」
「入れるはずだ。乗り物だと思う」
「長く放置されているみたいだ。人工物……だよな。こんなのは見たことがない。なかに獣がいる可能性は?」
「これから調べるさ」
「……たしかに、このまま外を歩き回るのは危険だし、カチュターシャも、ちゃんと手当しなきゃいけない。それに、オマエのソレも」
クゥは、俺の腕を横目で見てから、物体に近づいた。
「これが乗り物だとして? 乗りこみ口はどこだ」
丸みを帯びた表面は、よじ登れそうもなかった。
入り口をさがすが、それらしいものが見当たらない。
窓ひとつない。
「動物の死がいみたいに冷たい」
クゥが、物体の表面に手を滑らせ、つぶやいた。
きゅきゅきゅと指の腹が音を立てる。
俺も彼女にならって、歩きつつ全体を見わたしてみる。
「入り口、入り口……」
「……そこじゃ、ないかな?」
ミイが指さす。
小さなくぼみがあって、そこには、『開閉ボタン』と書いてあった。
一瞬、見まちがいかと思った。
そこに書かれていたのは、日本語だった。
俺とミイは顔を見合わせる。
「なんて書いてあるんだ? これは。まったく知らない言語だ」
クゥが腕組みする。
「二つの言語が合わさっているのか? 最初の二文字と次の三文字は、異なる文字体系に見えるが……」
「そこの突起を押すと、どこか扉が開くようだな」
俺は言った。
クゥが目を丸くして、俺を見る。
「これ、読めるのか?」
「ああ……まあな」
俺は、思考が混乱するのを抑えつつ、答えた。
「どうなってるの、ユウ兄?」
「わからない。なかに、なにかヒントがあるかもしれない」
俺はボタンを押した。
すると、意外でもなんでもない、予想どおりのことが起きた。
すなわち、扉が開いた。
物体の表面の一部が上方にスライドし、空洞が生まれる。
俺たちは、奥につづく暗闇を覗きこんだ。
俺はポケットからペンライトを取り出し、なかを照らした。
慎重に足を踏み入れたいところだが、物体が斜めに地面に刺さっているせいで扉の位置はやや高く、軽く地面を蹴る必要があった。
乗りこみ、付近の安全を確認してから、ほかの者たちが登ってくるのを手伝う。
物体内部は薄暗く、多分に湿気をふくみ、雨の日の午後のコインランドリーみたいな、においがした。
わずかに空調の音がする。
不快な、だがなつかしい、カビたエアコンの風。
ちらつく照明。
我らが文明――電力が稼働している。
「なんですか、ここ」
クラタの仲間で唯一生き残った青年(彼は名前をルフィンといった)が言った。
白い壁が、床が、天井が、廊下がつづいている。
引いてあるラインや、壁の膝くらいの位置に等間隔で並んでいる非常灯の青白い明かりだけが、区切りであり、道しるべだ。
微妙に不親切な構造。
内部に攻めこまれたときのことを想定している?
通路は上り坂になっている。
これも、物体が斜めに突き刺さっているせいだ。
床の材質は硬く、病院のようにつるつるしている。
通路の両側に、いくつか扉があったが、いずれも開かなかった。
俺の力でも、こじ開けることはできなかった。
コントロールルームに行けば、制御できるかもしれない。
「おお」
前方から声がした。
俺たちは、ギョッとなって立ち止まり、闇の奥を見つめた。
「やあやあ、親愛なるお客さまっすか」
ペタペタ、ペタペタペタ、ペタ、と音がした。
不規則すぎて、最初、それが足音だと気づかなかった。
そうして、少女があらわれた。
ぶかぶかの白いローブを身にまとい、手には、少女の低い背丈よりも長い杖を持っている。
彼女は裸足だった。
「親愛なる我が家へようこそっす」
少女は、仏蘭西人形のような顔立ちをしていた。
だが、さきほどまで死者たちを相手にしていたこともあって、彼女の生きた表情には安心感があった。
「ここが、家?」
「はっはは」
俺の問いに対し、特異な笑い声で応え、少女はペタペタと裸足のまま奥に進む。
「散らかってるけど、気にしないで、くつろいでくれっす」
通路が、わずかに広いスペースへと突き当たった。
そこは、ただのT字路だった。
部屋でもなんでもない。
少女はそこで、たき火をしていた。
空調が問題なく動いているためか、酸素の欠如や煙がたまる様子はない。
それと等しく、スプリンクラーが作動する様子もなかった。
電力はともかく、水はもう残っていないのかもしれない。
火の上につるした器のなかで、スープがグツグツと煮立っていた。
「ちょうど夕食にしようと思ってたとこだったんすよ。いっしょにどうっすか? 大勢での晩餐、いやあ、うれしいなあっす」
少女はローブの裾を引きずりながら、歩き回った。
「さささ、遠慮なく遠慮なく。どうぞどうぞ、座って座ってっす」
俺たちは、目を交わし合った。
無言の議論の議題はもちろん、どうする? であり、信用できるか? だ。
「信用してくれっす」
少女は、パタパタと両腕を振り、主張した。
「親愛なるみなさんも、親愛ならざる死者に追われてきたんすよね? この森には追ってこない。そうっすよね? だったら、境遇はおなじっすよ」
杖を持たないほうの手を差し出してくる。
「親愛なる私の名前は、ネクサっす」
「……俺はユウ。こっちはミイ。それに、クゥとルフィン。その子はカチュターシャ」
「ケガしてるっすね」
ネクサは俺たちをひとりずつ見た。
「片腕さんが親愛なるユウ、そっちのエルフさんが親愛なるカチュターシャ」
「ああ。治癒魔法を使えないか?」
「あちゃー。親愛なる私、魔法はてんでダメでして」
「薬とか、持ち合わせていたら、分けてくれないかな」
「とりあえず、親愛なるカチュターシャを火の近くに寝かせてあげてくださいっす。親愛なるユウも休んどくっすよ。ちょい探してみるっすから」
パタパタと奥へ走っていってしまった。
俺は、警戒心を完全にとくわけではないが、一段落ついたと、肩の力を抜いた。
それを見て、ほかの面々も息をつくのがわかった。
いつものクセで右手の指を数えようとして、それがそっくりすべて失われてしまったことを思いだした。
ひじから先には、なにもない。
なくしてしまった。
クゥが、ギョッとしたようにこっちを見る。
「オマエ、なんで泣いてるんだ」
「ええ?」
ああ。
俺は泣いているのか。
泣いていたのか。
「なんでもない」
最低限の所作で目もとを拭う。
「ありがとう、ユウ」
クゥが言った。
「彼女を助けてくれて」
カチュターシャの意識はまだ戻っていなかった。
思った以上に容体はかんばしくないようだ。
「もし……もしもカチュターシャがいなくなってしまったら……」
クゥがカチュターシャの手を握る。
「アタシ……ひとりぼっちになる。こんな、世界で」
肩をふるわせる。
彼女は、年相応の女の子のように、小さく、か弱く見えた。
そのすがたに、一瞬、幼き日のミイを思いだす。
「ひとりは、イヤだ。イヤだよ……」
クゥはカチュターシャの手を持ち上げ、額に押しつける。
「がんばれ。がんばれ、カチュ。アタシを……ひとりにするなよ……」
「――クゥ」
か細い声が漏れた。
「カチュ? カチュ!」
クゥが腰を上げ、カチュターシャの顔を覗きこんだ。
「クゥ……」
「カチュ! アタシだよ、ここにいる! わかるか?」
「逃げて……逃げて……」
目を開くことなく、苦しそうに、うわごとをくりかえす。
「うなされてる」
クゥは、カチュターシャの額に浮かんだ汗を拭った。
「かわいそうに」
「逃げて……」
「カチュ。アタシはだいじょうぶだよ。なんとか逃げきったんだ。いまはゆっくりして」
「……ユウさん」
自分の名を呼ばれ、俺はエルフの少女を見る。
「ユウさん、おねがい、クゥを……」
消え入りそうな声は、やがて沈黙に溶け、聞こえなくなった。
近くにきたミイが、俺の耳に口を近づけた。
「ユウ兄、言葉を教えて」
「教えるって?」
「あたしの言葉を翻訳してほしい。そして、発音を教えて」
「必要なら、直接、俺が通訳するけど」
「ううん。自分の口から、伝えたいんだ。ほんとうは、自分の言葉で伝えたいけど、それはまだムリだから。お願い、手伝って」
俺から発音を教わり、ミイはカチュターシャに一歩、近づいた。
クゥが、わずかに身を寄せ、ミイにゆずる。
「カチュターシャ」
たどたどしく、ミイは言った。
「ありがとう」
クゥがミイを見る。
「モンスターから助けてくれて。とても親切にしてくれて。この世界にきて、右も左もわからないあたしたちに、居場所をくれて。ご飯、すっごく、おいしかった。夜の見回り、今度からは、あたしも手伝う。だから――」
ミイは、涙を流した。
クゥがおどろく。
俺は、おどろかない。
ミイは、こういう子なのだ。
人一倍感じやすく、出逢って間もない少女のことを本気で心配する、そういう、人。
「がんばれ」
ミイは言い終えた。
俺は、場を離れた。
自分の判断の遅さが、呪わしかった。
ミイのために、カチュターシャを見殺しにしようとした。
だが、おなじ場面に出くわせば、やはり俺は、ためらうのだろう。
離れたところに座る。
俺は、ミイに返すタイミングもなく、持ったままだった彼女のスマホを取り出した。
壁紙は、見たことのある絵だった。
……こんなかたちで、まだ持っていたのか。
俺は、ミイのために物語をでっちあげた日々を、思い返した。
iNOIDにインスピレーションなんてものがあるのかは、わからない。
ミイを喜ばせたい、楽しませたい一心だった。
紙ナプキンやチラシの裏、とにかく白い紙ならなんでももっておいて、どんどん書きつけた。
そうして俺がかつて書いた物語、そのひとつ。
――とある竜と人との物語。
その挿し絵。
物語に魅了されたミイが描いたもの。
それは、結末部分だった。
竜は、数多くの血で赤く染まった自分のすがたを、だれかに見られるのがイヤだった。
だから、同色にまぎれる夕陽のなかでしか空を飛ばなかった。
ラスト、竜は自分の背に大切な人を乗せ、蒼穹へと羽ばたく。
だれもがそのすがたを見上げ指差し、悲鳴をあげるなか、しかし竜は、誇らしさで胸がいっぱいになる。
そうすることで、竜は、その人を救えたからだ。
ミイは、絵が上手かった。
群青色の大空にて自分の勇気と居場所を見いだす竜の姿を、生き生きと描いている。
だからこそ不思議だったのは、その背に乗る人の顔だ。
場面と服装からして少女だが、その表情は描かれていない。
肌色でつぶされてしまっている。
ネクサが戻ってきた。
ミイたちになにかを手渡す。
俺はスマホをしまった。
取っ手の長い銀の皿に黄緑色のスープをのせて、ネクサは俺のむかいではなく、となりに腰を下ろした。
スープを差し出してくる。
「ひどい顔、してるっすね」
「もともと、こういう顔なんだ」
「はっはは。そいつはウソっすね。ほら、飲めば元気でるっすよ」
「薬、あったのか」
「あまりちゃんとしたのは、なかったっす。応急処置は、親愛なるクゥがしているみたいだから、もう薬というより、自然治癒に期待、という段階っすね」
「訊いてもいいか」
「なんなりと」
「ここは、なんなんだ?」
俺は周囲を見回す。
「この物体は――この、船は」
書かれていた日本語、内部構造……。
この船は、この世界のものではない。
「残念ながら、その問いには答えられないっす。親愛なる私も、ここに滞在してるだけっすからね」
俺は、考える。
この世界で、かつて起きたという戦争とは、なんだったのか。
だれとだれが、どことどこが、なにとなにが、戦ったのか。
もし。
もし、この物体――この船が、俺の知る世界から来たのだとしたら。
この船こそが、この船を作った世界こそが、この世界の敵だったのだとしたら。
俺が、作られた意味は。
敵は。
深く考えず、スープを飲む。
瞬間、からだ全体がアラートを発した。
異分子の分解を試みる――だが、間に合わない。
俺は、倒れこむ。
倒れこみながら、ミイたちを見る。
彼女らも倒れている。
床には、彼女らが落とした銀の皿が転がっている。
スープが、こぼれている。
「よかった。親愛なるユウにも、ちゃんと、効いたっすね」
ネクサの声が頭上から聞こえる。
俺は、床で頭を打つ。
痛みがない。
意識が遠のく。
「薬、ちゃんと探してきたんすよ。親愛なるユウには特別、強力そうなヤツを。魔力がこもってるっすから、まあ抵抗は無意味っすよ」
俺は、さらに周囲を見る。
見慣れたリュックサックが転がっていた。
俺のだ。
あの宿屋に置いてきたはずなのに、どうして。
「持ってきてあげたっす。必要なものもあるかと思って」
「なぜだ」
かろうじて発せた言葉は、疑問だけだった。
「親愛なる家族をとおして、親愛なるユウたちのことは、観察してたんすよ。ずっと、見てたっす」
闇に包まれていく意識。
過去が追いつく。
「久々に興奮をおぼえたっす。見つけた、と思ったっすねえ。運命の人。わかってくれる人。理解し合える人。ほかの世界から来たんすよね。そして、親愛なるユウは、作られた存在――戦闘に特化して作られた存在。そうっすよね? 戦いのために。戦争のために」
矢継ぎ早に言葉が降ってくる。
半分も理解できない。
沈んでいく。
「奇遇っすねえ。親愛なる私も、そうなんすよ。ここに対する反応で、ピンときたっす。親愛なるユウは、これが作られた世界からきたんすね? そこで作られたんすね? 親愛なるユウと親愛なる私は、それぞれ敵同士で、ほんとうなら、戦争で殺し合うはずだった。それなのに、ズレが生じて、こんなふうに出逢った。運命を感じたっすねえ。うれしかったなあ。ひとりぼっちな気がしてたっすけど、これからは、ちがうかも」
逃げて――そうささやく声が、聞こえた気がした。
俺は意識をこじ開けた。
ダメだ。
ここで落ちては、ダメだ。
ミイがいる。
そこに、ミイがいるんだ。
「安心してくださいっす」
俺は床を這う。
声が、ゆったりと追いかけてくる。
「親愛なるほかのかたがたは、ちょいと眠ってもらっただけっすから。親愛なる私が関心あるのは、親愛なるユウだけっすよ。一途で一筋っす」
ミイ。
ミイ。
「親愛なる私は、この世界で作られたっす。殺すために。死者を生き返らせ、生者を襲わせる死霊魔術師。死者たち――親愛なる家族はすべて、親愛なる私が統括してるっす。その目・その耳に入った情報はすべて、親愛なる私にそっくりそのまま入ってくるっす」
俺は手を伸ばす。
思ったよりも進んでいない。
ミイは、まだ遠い。
「親愛なる私は、生命のないからだ――中身のない器だけをあやつれるっす」
はっはは、と少女が笑う。
魔物が笑う。
「さてさて。親愛なるユウは、どうっすかね?」
待て。
まさか。
俺は戦慄する。
恐怖する。
イヤだ、それだけは。
「家族になろうっす、親愛なるユウ」
わずかに顔を持ち上げ見上げると、ぶかぶかのローブを着た少女が、ヒツジに似た動物の面をかぶるのが見えた。
杖をかざすすがたがあった。
直後、精神に、体内に感じる、異物。
自分のものではない、意志。
拒絶。
拒絶。
拒絶。
拒絶。
拒絶。
拒絶。
拒絶。
やめろ。
やめろ。
やめてくれ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
「親愛なるユウは、死体と変わらないんすね」
ヒトは、死んだら、モノになる?
なら、もとからモノである俺は?
ちがう、俺は、ちゃんと持っている!
ミイがくれたから、だから、だけど、もう右手はない、彼女が包んでくれた右手は、いや、俺は――。
――きみの権限は、きみがもっている。
既視感。
まえにも、こんなことがあった。
二度と、あってはならないと、心に刻んだ。
たくさんの人が、死んだ。
俺は、ミイを連れて、逃げ出した。
あの、夕陽――。




