説得
次の日、私は学校に行きたくない気持ちを抑えて、気分が乗らないまま学校へと足を進ませた。今日は生憎の雨だ。いつもなら雨に苛立って朝から少し怒り気味なのだが、今回はそんな気力さえない。
いつもより遅いペースで歩いていたせいか、予鈴ぎりぎりの登校となった。
教室のドアを開けたとき、クラスメイトのたくさんの顔が目を入った。
少し、怖い。
そう思ってしまうのは、やはり昨日のことがあったからだろうか。
昨日、太田に勉強を教えてほしいと言われ太田の家に行った。その時に少し口論になり、何故か太田は私を押し倒し、そしてキスをしてきた。私は何とかその場から逃げてきたものの、あのあと震えが止まるのには時間がかかった。
何故、太田はあんなことをしてきたのだろうか。今までこんなことはなかった。私と太田がキスをすることはないだろうと思っていた後のことだったから、まさかこんなことが起こるとは思いもしなかった。
「あ、友菜おはよ。今日はぎりぎりだね」
一番前の席の子と話していたみゆが私にそう言った。
「おはよ。うん、ちょっとゆっくり来すぎちゃった」
私はそう言うと、自分の席に着いた。
大丈夫だっただろうか。いつも通りの私だっただろうか。
太田が来ているのかと思い顔をあげようとしたが、止めておいた。もし太田がこちらを見ていたらどうする? 目があったら? その後はどうなる?
昨日のことを思い出すと、太田のことを見ることはできなかった。恐らく、今日は太田とは話すことはできない。もしかしたら、明日も、明後日も。
まさか、これからずっとこんな日が続くというのか? そうなると、私と太田は自然消滅することになるだろう。いや、それでいいんだ。あんなことをされて、私は怖いと思った。そんな感情を持ったまま、太田と付き合っていくのは無理だろう。
もういっそ、こちらから別れを告げるべきだろうか……。
「古和田」
その声に、私は心臓が跳ね上がった。
顔を見なくても分かる。
「……何?」
太田だ。
私は顔を向けずに返事をした。
「なあ、昨日は、ごめん。ほんまにごめん」
私は返事をしなかった。声を出せば、涙が溢れ出てきそうだから。
「なあ、古和田?」
私は席を立つと、教室を出ていった。
あと数分で本鈴が鳴るが、私は構わずに出ていった。
それから、太田は休み時間に何度か話しかけてくるが、私は返事をせずに逃げるようにしてトイレに駆け込む。トイレなら、もし太田が追いかけてきたとしても入ってくることができない。クラスには入ってくる男子もいるが、太田は入ってこないだろう。
昼休みになり、私は屋上へと向かった。
途中で雨は上がり、青空が広がっている。コンクリートには水溜まりがぽつぽつあるが、出られないほどではないため、私は屋上に出ることにした。
一ヶ月前のことがあって、しばらく屋上に出るのは禁止されていたが、最近また解禁された。先生は事故だと言っていたが、数人は自殺ではないかと言っている。
普段、私は屋上には行かないのだが、誰にも会いたくないためここに来ることにした。雨が上がり、男子たちは外で遊んでいるし、女子は寒いため教室にこもっている。
今の私に、このぐらいの寒さはもってこいだ。寒いとは思うが、それがいい刺激となる。
遠くには新しくできたという遊園地が見える。人の入りは上々のようだか、冬になるとそうとはいかないだろう。
後ろでドアが開いたと同時に声が聞こえた。
「古和田?」
まさか太田が来たのか。
そう思ったが、よく思えば声が少し違った。
振り返ってみると、そこには中西くんがいた。
「なんだ、中西くんか」
「なんだってなんだよ」
「別にー」
私は笑ってごまかす。
太田かと思った、とでも言うと、からかわれそうだ。
「珍しいね。古和田がこんなところに来るなんて」
「そういう気分なんだよ」
そう言うと、私は中西くんに背中を向けて柵に肘をつく。
正直、今は一人でいたい。そのために今日は屋上に出てきたんだ。
いつものようにみんなと笑って話せる自信がないのだ。
「古和田」
「んー?」
私は空に向かって体を伸ばす。
「太田と、何かあった?」
私は体をそのまま固まらせた。なぜ分かったのかと言いたかったが、それをいうとそうなんだとばれてしまう。私は焦る気持ちを抑えながらゆっくりと、
「……何で?」
と、少しぎこちなく言った。自分でもぎこちなかったのはよく分かった。
「だって、今日半日二人のようすがどうも可笑しい。特に古和田。いつもは太田が話しかけると普通に返事するのに、今日は逃げている。何かあったとしか考えられないだろう?」
確かに。今日私はあからさまに太田を避けている。中西くん以外から見ても、何かあったと思うだろう。
ここでとぼけたふりをしても、今だったら逆効果になってしまいそうだ。しかし、だからといって正直にいう勇気もない。
結論的に、私は少しぼかして言うことにした。
「……まあ、ね」
「何があったのかは聞かないでおくけど、まさか、別れたりはしないよね?」
「……分かんない」
そんなこと、私が聞きたいくらいだ。
「言っておくけど、たった一回のことで別れたいだなんて思わないで。世の中には、付き合いたくても付き合えない人だっているんだから。話し合ってみれば、わかることだってあるんだから」
「……でも、どうせこんなの、中学生の恋愛だし。どうせ、お遊びでしょ」
そう、ただのお遊び。
ただ、私は中学生でやましいことをしようとは思わないし、もし相手がそういうことをしたいと思っているのなら、それだけの付き合いなんて真っ平ごめんだ。
「お遊び……。確かにそうかもしれない。けど、もし中学生のカップルに、高校生の恋愛をしてくれって頼んで、出来ると思う? 中学生がするんだから中学生の恋愛なんだ。中学生に高校生の恋愛が分かるわけがないんだ、中学生なんだから。中学生には中学生の、高校生には高校生の、色々な恋愛方法があるんだ。それを、中学生の恋愛はお遊びだ、なんて思う時点で、可笑しいんだ。自分達は自分達の恋愛方法で好きでいて、愛し合えばいいんだよ」
私は空の、また奥の空を見つめながら、中西くんの話を聞いていた。
なんと説得力のある話なんだろう。
中西くんの話を聞いていると、今まで中学生の恋愛はお遊びだと思っていた自分が恥ずかしくなる。
「……もし、古和田の過去に何か、思い出したくない何かがあるのなら、無理にとは言わない。けど、二人は唯一無二のカップルなんだから、ちゃんと話し合ってほしいんだ」
その言葉に、私は背中を押された。
確かに、私は思い出したくない過去がある。本当は、もう二度と誰とも付き合いたくなくなるような、そんな出来事。
しかし、さっきの中西くんの話を聞いて、過去を引きずってばかりいるのは、きっと人生を損していると分かった。
過去を乗り越えてこそ、全てを楽しめるのではないか。
「中西くん、ありがとう! 太田と、話してみる」
そう言うと、私は屋上を後にした。




