可笑しい
「なあ古和田」
放課後、明日から休みでうきうきしている私に太田が話しかけてきた。
「ん?」
「あのさあ、日曜日勉強教えてくんねえ?」
「うん、良いよ」
太田がそう言うのはテスト前にも何回かあったから、慣れっこである。はじめの方は全く理解しない太田に腹を立てていたが、今では何度も説明してあげるほど落ち着いている。
さすがに太田も焦っているのだろうか。確かに今の太田の学力では合格は難しいかもしれない。もう少し頑張らないと、合格しても高校で苦労するだろう。
「じゃあ、日曜日の昼からな」
「うん」
それだけいうと、太田は帰っていった。
日曜日。
太陽が出ているため、外にいれば暖かい。時々吹く風が冷たいが、太陽のお陰で何とかしのげる。
太田の家は結構遠い。小学校が違ったこともあり、大体二キロほどある。太田が来てくれた方がこちらとしては助かるのだが、「お前だって時々運動せな太るで?」と言われて以降、私が太田の家に行くことになった。
太田の家はこれまで何度も行ったことがある。親は共働きで毎回二人きりだが、別にいやらしいことはない。ぶっちゃけて言うと、まだキスさえしたことが無い。ハグをしたりデートで手を繋いだりはあるが、キスまではしたことがない。恐らく、私と太田がすることはない。
「おじゃましまーす」
インターホンを鳴らさずに引き戸を開ける。インターホンを鳴らすと太田が飼っているゴールデンレトリバーのふとしが吠えるため、鳴らさないのだ。
二階から太田が降りてくる。
「おう。らっしゃい」
開いている扉からふとしが顔を覗かせる。
「よっ、ふとし」
ちなみにふとしの名前は太田の「太」からきているらしい。
ふとしは一回吠えると、私に近づいてきた。頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じる。
「ジュース持っていくから、先にあがってろ」
「ん」
私はふとしに手を振ると、階段を上がった。
太田の部屋は、一言で言うと殺風景だ。机と棚タンスしかなく、押入れの中も敷き布団しかない。
私は端に積んである座布団を二枚とり、机の回りに置いた。
太田が一階から上がってきた。
「ありがと」
そう言って、ジュースを受けとる。
一息ついたところで、早速勉強を始める。
「どこおしえてほしいの?」
「えーっとな」
そう言いながら、参考書を開ける。
参考書を見る限り、しっかりと勉強しているようで、赤ペンで直してあったり蛍光ペンで線が引いてあったりする。
「ああ、ここだ」
開けたページを見ると、そこは分母の有理化の問題が書かれていた。
分母の有理化とは、分数の分母がルートであるとき、分母がルートでない形にすることをいう。
「これは、分母と同じやつを分母にも分子にもかける」
「おう」
「それだけ」
「えっ、そうなん。めっちゃ簡単やんけ」
簡単とか言いながら出来ていない太田を見て、私は思わず笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「別にー」
太田が勉強熱心になるのは良いことだ。やはり、受験に向けて焦っているのだろうか。
「なあ、太田? どこの高校受けるの?」
「……」
太田はなにも言わない。
可笑しい。前の事もあり、分かった。太田はどうやら行きたい高校を言いたくないようだ。
今までなら私が聞いたことにはちゃんと答えてくれたが、今回は言いたくない。
「なあ、太田?」
勉強を教えてあげているのに、それはないだろう。まさか、高校を行かずに就職する気か? いやいや、さすがの太田でもそんなバカなことは考えないだろう。
「聞いてるの?」
「……うるさいなあ」
その言葉に、私は頭にきた。
「なにそれ。勉強教えてあげてるんだから、言ってくれてもいいじゃん。なのに、うるさいって何なの?」
太田はなにも言わない。
私はいらいらして、鞄を持った。
「意味わかんない。もう教えてあげない」
そう言って立ち上がった。部屋を出ようとしたとき、
「わ、悪かったって。ごめんて」
と言いながら、太田が腕を掴んできた。
「何なの? もういいよ。言いたくなかったら言わなくていいし。二度と勉強教えてやんない」
「ごめんて、ほんとごめん」
「ごめんばっかり言うな。付き合ってるんだから言ってくれるとか思ってたけど、太田はそうじゃないんだね。もう分かったよ」
こんなの、ただの八つ当たりだ。何で私は太田に当たっているんだろう。
「待てって。帰るな」
「もう帰る。やだ」
すると、急に体を引っ張られ、私は尻餅をついた。目の前に太田の顔が現れ、そのまま押し倒される。
「ちょ、太田。やめて……」
頭が痛くなってきた。思い出したくない記憶がうっすらと流れ込んでくる。
唇に何かを感じた。私はすぐに危険を察知し、暴れた。
私は咄嗟に太田の急所に膝をいれた。
一瞬うろたえた太田の隙を見て、私は鞄を持って部屋を出た。
家を出たとき、体の震えが止まらなかった。




