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『勇者パーティーを追放された俺、人口37人の辺境領を押し付けられました』 ――剣も魔法も使えないので、村おこしします  作者: tmk


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第三話 雑草にだって、値段はつく



 村人三十七人全員から話を聞く。


 そう宣言したはいいものの、実際にやってみると、これがなかなか大変だった。


「俺にできることなんて、畑仕事くらいだぞ」


「昔は陶器を作っていたが、今じゃ買い手もおらん」


「薬草? あんなもの、そこら中に生えているだろう」


 似たような言葉を、何度聞いたことか。


 自分にできることを聞けば、誰もが大したことではないと言う。


 この村では、それが当たり前になっているらしい。


 俺は借り受けた家の一室で、机いっぱいに広げたメモを眺めていた。


「農業、陶芸、木工、料理、薬草の知識……」


 書き出してみれば、それなりに種類はある。


 問題は、それらをどうやって収入につなげるかだ。


 領主になった以上、村人の生活を守る責任がある。


 だが、今の領地には金がない。


 役所から渡された資料によれば、年間の収入は銀貨八十枚。支出は銀貨百二十枚。


 何もしなくても、毎年四十枚ずつ赤字になる計算だった。


「……まずは、稼がないとな」


 俺は椅子から立ち上がった。


 考えているだけでは、何も始まらない。


 とりあえず、村をもう一度歩いてみることにした。


 家を出て、川沿いの道を進む。


 昨日、マーレという女性に見せてもらった薬草のことが気になっていた。


 彼女の話では、昔は村の外から買い付けに来る商人もいたらしい。


 それなのに、今では誰も来ない。


 理由は簡単だ。


 薬草そのものに価値がないのか、それとも、価値があると知る人間がいなくなったのか。


「……実際に見てみるか」


 俺は道端にしゃがみ込み、見覚えのある草を探した。


 葉の形。茎の色。独特の香り。


 昨日見せてもらったものと、よく似ている。


 一本摘み取って、指先で軽く揉んだ。


 青臭さの中に、かすかな甘い香りが混じる。


「やっぱり、これか」


 父さんに連れられて商売をしていた頃、似たような薬草を見たことがある。


 確か、傷薬の材料になる植物だったはずだ。


 ただし、同じように見える植物でも、種類が違えば効能も違う。


 俺は勝手に判断せず、マーレのところへ向かった。


     ◇


「この草ですか?」


 マーレは俺の手元を見て、頷いた。


「そうですよ。村では昔から使っています」


「傷薬にも使えるんですか?」


「ええ。すり潰して、別の薬草と混ぜるんです。切り傷なんかには、昔からよく使っていますね」


「作り方を教えてもらえますか?」


「構いませんけど……どうしてです?」


「売れるかもしれないと思って」


 マーレは目を丸くした。


「これが、ですか?」


「ええ」


「でも、そこら中に生えていますよ?」


「たくさん生えていることと、価値がないことは別ですから」


 口にしてから、少しだけ父さんの言葉を思い出した。


 物の価値は、最初から決まっているわけじゃない。


 誰かが必要とし、誰かが届けることで、初めて商売になる。


「ただ、いきなり大量に売るのはやめておきましょう」


「どうしてです?」


「本当に使えるものなのか、品質を確かめないといけません。それに、どこで誰が買ってくれるのかも調べる必要があります」


 マーレは不思議そうに俺を見た。


 薬草を売る。


 言葉にすれば、それだけのことだ。


 でも、商売は商品を見つけただけでは成立しない。


 品質を確かめる人間が必要だ。


 商品を加工する人間も必要だ。


 そして、それを必要とする相手に届けなければならない。


「マーレさん。この薬草を使った傷薬、今ある分を少しだけ作ってもらえませんか?」


「少しだけなら……」


「ありがとうございます。代金はきちんと払います」


「そんな、領主様からお金をいただくなんて」


「仕事をお願いするんですから、当然ですよ」


 俺はそう答えた。


 村を立て直すためだからといって、村人に無償で働いてもらうつもりはない。


 最初は小さな仕事でもいい。


 きちんと対価を払う。


 それが商売の基本だ。


     ◇


 午後。


 俺はガルドの家を訪ねていた。


「薬草を売りたい?」


「はい」


「……お前、本気か?」


「本気です」


 ガルドは呆れたように頭を掻いた。


「そんなものを売るくらいなら、畑を広げたほうがましだろう」


「畑を広げるには、人手も種も必要です。収穫できるまで時間もかかります」


「薬草ならすぐに金になると?」


「そうなる可能性がある、というだけです」


「可能性、ねえ……」


 ガルドは疑わしそうに俺を見た。


 その反応はもっともだった。


 俺はまだ何も証明していない。


「それで、どうするつもりだ?」


「近くの町へ行きます」


「町?」


「薬草を買い取ってくれる商人を探すんです」


「ここから町までは三日かかるぞ」


「知っています」


「道中には魔物も出る」


「……それも知っています」


「お前、剣は使えるのか?」


「ほとんど使えません」


「魔法は?」


「まったく」


「…………」


 ガルドはしばらく黙り込んだ。


「お前、本当に勇者パーティーにいたのか?」


「雑用係でしたから」


「胸を張って言うことじゃないだろう」


「自分でもそう思います」


 思わず苦笑した。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「護衛を雇うだけの金はありません。だから、まずは村の中でできることを探します。町へ行くのは、その後です」


「……何をする気だ?」


「薬草の品質を確かめて、いくらなら売れるのかを調べます。それから、必要な量だけを集める」


「それで村が救えると?」


「一つの商売だけで村が救えるとは思っていません」


 俺は答えた。


「でも、何もしなければ、来年も再来年も赤字です」


 ガルドは口を閉じた。


 俺は机の上に広げたメモを見せる。


「この村には、畑を作れる土地がある。水車を直せる人もいる。陶器を作れる人もいる。薬草に詳しい人もいる」


「……」


「一つずつなら大したことがなくても、組み合わせれば何かできるかもしれません」


 ガルドはメモに目を落とした。


 そして、小さく息を吐いた。


「好きにしろ。ただし、村人を無茶に働かせるなよ」


「もちろんです」


「それと、薬草が売れなかったからといって、村の連中を責めるな」


「責めませんよ」


「ならいい」


 ガルドは立ち上がった。


「……まったく。面倒な領主が来たもんだ」


 そう言いながらも、昨日より少しだけ表情が和らいでいた。


     ◇


 その日の夕方。


 俺は村の広場に集まってもらった数人の村人たちに、薬草の話をした。


「まずは、今ある分を少量だけ集めます。種類を確認して、傷薬に加工できるものを選びたいんです」


「そんなことをして、売れなかったらどうするんだ?」


 一人の男が尋ねた。


「売れなかったら、原因を調べます」


「原因?」


「値段が高かったのか、品質が悪かったのか、そもそも需要がなかったのか。それが分かれば、次に何をすればいいか考えられます」


 男は首を傾げた。


「……難しいことを考えるんだな」


「商売ですから」


 俺は笑った。


「それに、最初から大きく稼ぐ必要はありません。まずは銀貨一枚でもいい。自分たちの力で稼げると分かれば、次につながります」


 広場に集まった村人たちは、互いに顔を見合わせた。


 すぐに賛成する者はいなかった。


 当然だ。


 これまで何度も期待して、そのたびに失望してきたのかもしれない。


 だからこそ、俺は大きなことを言わなかった。


 村を救う。


 領地を豊かにする。


 そんな言葉を並べても、今は誰も信じてくれないだろう。


 必要なのは、言葉ではなく結果だ。


「明日から、少しずつ始めましょう」


 俺はそう言った。


 そのとき、広場の端にいたリーゼが口を開いた。


「……私も手伝う」


 思わずそちらを見る。


「いいのか?」


「別に。薬草を集めるくらいならできるし」


 リーゼはそっぽを向いた。


「でも、勘違いしないで。村に残るって決めたわけじゃないから」


「分かってるよ」


「本当に?」


「本当だ」


 俺が笑うと、リーゼは少しだけ不満そうな顔をした。


「……変な人」


 そう言いながらも、彼女は帰ろうとはしなかった。


 それだけで、今は十分だった。


     ◇


 夜。


 机に向かった俺は、今日の成果を帳簿に書き込んだ。


 薬草の種類を確認する。


 加工にかかる費用を計算する。


 売値の目安を考える。


 まだ分からないことだらけだ。


 明日になれば、計画がうまくいかない可能性だってある。


 それでも。


「……最初の一歩、か」


 俺は窓の外を見た。


 暗闇の向こうに、三十七人の暮らす村がある。


 この村には、確かに問題が山ほどある。


 金もない。


 人手も足りない。


 町からも遠い。


 けれど、何もないわけではない。


 少なくとも、今日、俺は一つ見つけた。


 道端に生えている薬草。


 誰もが雑草だと思っていたもの。


 それが本当に売り物になるかどうかは、まだ分からない。


 だが、試してみる価値はある。


「雑草にだって、値段はつく」


 俺は帳簿を閉じた。


 明日から、いよいよ本当の領主生活が始まる。


 ……もっとも。


 このときの俺は、まだ知らなかった。


 この小さな薬草の取引が、やがて村の運命を大きく変えることになるとは。

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