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『勇者パーティーを追放された俺、人口37人の辺境領を押し付けられました』 ――剣も魔法も使えないので、村おこしします  作者: tmk


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第四話 雑草の値段



 翌朝、俺は日の出とともに目を覚ました。


 窓の外はまだ薄暗い。


 村が動き始めるには、少し早い時間だった。


「……よし」


 顔を洗い、机の上に置いていた帳簿を開く。


 昨日のうちにまとめた薬草の一覧。


 採取できる場所。


 加工方法。


 必要な道具。


 そして、売値の予想。


 どれも、まだ仮の数字にすぎない。


 実際に商人へ見せてみなければ、本当に売れるかどうかは分からなかった。


「まずは、商品として使えるかどうかだな」


 俺は帳簿を閉じ、家を出た。


     ◇


「おはようございます」


「……早いねえ」


 マーレの家を訪ねると、彼女は驚いた顔で迎えてくれた。


「昨日の薬草、準備できていますか?」


「ええ。頼まれた分だけなら」


 案内された作業台の上には、小さな布袋が三つ並んでいた。


 一つ目には、乾燥させた薬草。


 二つ目には、傷薬に使うために細かく刻んだ薬草。


 三つ目には、マーレが普段使っているという塗り薬が入っていた。


「こんなに早く作ってくれたんですね」


「いつも作っているものだからね。特別なことはしていないよ」


「それでも助かります」


 俺はそれぞれの袋を確認した。


 乾燥した薬草は、葉の色も比較的きれいに残っている。


 刻んだものも、異物が混ざらないよう丁寧に選別されていた。


 そして、塗り薬。


 俺は少量を指先に取り、香りを確かめた。


「これ、どれくらい前から作っているんですか?」


「私が子どもの頃には、もう作っていたね。母から教わったんだよ」


「作り方を知っている人は、ほかにも?」


「何人かは知っていると思うけど、今も作っているのは私くらいじゃないかねえ」


 俺は思わず顔を上げた。


「……それ、すごく大事なことですよ」


「え?」


「いえ。何でもありません」


 危ない。


 思わず商売人の顔になってしまった。


 薬草そのものだけでなく、それを加工する技術も、この村にある資源なのだ。


 ただし、技術があることと、商品として売れることは別の話だ。


 まずは確かめなければならない。


「マーレさん。これを少し、町の商人に見せたいんです」


「町まで持っていくのかい?」


「ええ。品質や値段について、意見を聞いてみようと思っています」


「売れるといいねえ」


「そうですね」


 俺は布袋を大切にしまった。


 そのとき、家の戸口から声がした。


「……私も行く」


 振り返ると、リーゼが立っていた。


「リーゼ?」


「町に行くんでしょ?」


「いや、まだ町へ行くとは決めてないぞ。まずは近くまで来る商人がいないか調べるつもりだ」


「じゃあ、商人が来る場所まで行けばいいじゃない」


「……どこにあるか知ってるのか?」


「村の外れに、昔、商人が荷馬車を止めていた場所があるよ。今はほとんど使われてないけど」


 それは初耳だった。


「どうして昨日、教えてくれなかったんだ?」


「聞かれなかったから」


「なるほど……」


 返す言葉がない。


 リーゼは腕を組んだ。


「それに、あんた一人じゃ何もできないでしょ。剣も魔法も使えないんだから」


「……否定できないな」


「なら、私がついていく」


 彼女は少しだけ目をそらした。


「道くらいは知ってるから」


 俺は笑った。


「助かるよ。ありがとう」


「べ、別にお礼を言われるようなことじゃないから!」


 リーゼは顔を赤くして、そっぽを向いた。


 どうやら、素直にお礼を言われるのは苦手らしい。


     ◇


 村の外れには、確かに少し開けた場所があった。


 地面には車輪の跡らしきものが残り、道の脇には、かつて荷物を置いていたと思われる石台がある。


「ここに商人が来ていたのか?」


「昔はね。おじいちゃんが子どもの頃は、月に何度か来ていたらしいよ」


「今は?」


「ほとんど来ない。来ても、村のものを買うことは少ないって」


 俺は周囲を見渡した。


 ここなら荷馬車を止められる。


 道幅も十分だ。


 村の中まで入る必要もない。


 商人が立ち寄る場所としては悪くない。


 問題は、商人がわざわざ立ち寄る理由がないことだ。


「……商品を見せるだけじゃ、駄目か」


「何か言った?」


「いや。こっちの話」


 俺は荷物を地面に置き、薬草の袋を取り出した。


 しばらく待ってみたが、誰も来ない。


 当然だ。


 商人が来る予定など、どこにもないのだから。


「ねえ。いつまで待つの?」


「……もう少し」


「本当に来るの?」


「来ないかもしれない」


「じゃあ、なんで待ってるのよ!」


「来る可能性がゼロじゃないから」


「それ、ほとんどゼロってことじゃない!」


 リーゼの言うとおりだった。


 俺は小さく息を吐いた。


 待っているだけでは、何も変わらない。


 商人が来ないなら、こちらから商人を探しに行くべきだ。


 しかし、護衛を雇う金もなければ、町まで三日かかる。


 今の俺には、それが難しい。


「……仕方ない。別の方法を考えるか」


 そのときだった。


 遠くから、車輪の音が聞こえてきた。


 ガラガラ、という音。


 顔を上げる。


 道の向こうから、一台の荷馬車が近づいてきていた。


「……え?」


 リーゼが目を見開いた。


 荷馬車には、いくつもの木箱が積まれている。


 手綱を握る男は、こちらを見ると不思議そうに眉をひそめた。


「おや。こんなところで何をしているんだ?」


 俺は立ち上がった。


 そして、できるだけ自然な笑顔を作った。


「お待ちしていました」


「……は?」


 男は、明らかに困惑していた。


     ◇


 男の名前は、トーマス。


 近隣の町を中心に、日用品や食料を売り歩いている商人だった。


「新しい領主様ねえ……」


 トーマスは、俺の身分証明書を確認すると、少し考え込んだ。


「この村には、もう何年もまともに立ち寄っていないんだがな」


「そうなんですか?」


「売れるものが少ないうえに、買い手も少ない。わざわざ立ち寄る理由がなかったんだよ」


 やはり、そうか。


 商人が来なくなった理由は、単純に村に価値がないからではない。


 商売として成立しなかったのだ。


 俺は薬草の袋を取り出した。


「実は、こちらを見ていただきたいんです」


「薬草?」


「はい。村で採れるものです。こちらは乾燥させたもの。そして、こちらは傷薬に使うために加工したものです」


 トーマスは袋を受け取り、中身を確認した。


 葉を指先でつまみ、香りを嗅ぐ。


 しばらく黙っていたが、やがて首を横に振った。


「悪くはない。だが、これだけじゃ何とも言えんな」


「品質が分からない、ということですか?」


「そうだ。どんな薬草なのか、どんな効能があるのか。保証もないものを、俺が買い取るわけにはいかない」


 予想していた答えだった。


 俺はうなずいた。


「おっしゃるとおりです」


「……ほう?」


「では、逆にお聞きします。どうすれば、買い取っていただけますか?」


 トーマスは少しだけ目を細めた。


「まずは、薬師に確認してもらうことだな。薬として使えると分かれば、話は変わる」


「薬師に見せるには、どうすれば?」


「町に行けば何人かいる。だが、鑑定には金がかかるぞ」


「いくらくらいですか?」


「簡単な確認なら、銀貨一枚といったところか」


 銀貨一枚。


 今の俺にとっては、決して小さくない金額だ。


 それでも、薬草が商品になるかどうかを確かめられるなら、必要な投資かもしれない。


「分かりました。検討します」


 俺が答えると、トーマスは少し意外そうな顔をした。


「無理に売り込んでこないんだな」


「売れないものを、無理に売るつもりはありませんから」


「……なるほど」


 トーマスは薬草を返した。


「ただし、ひとつ忠告しておく」


「何でしょう?」


「薬草が売れたとしても、それだけで村が豊かになるとは思わないことだ」


 俺は黙って聞いた。


「同じ薬草を採る村は、ほかにもある。品質も値段も分からない商品を、いつまでも買ってくれる商人はいない。商売を続けるなら、安定して同じ品質のものを用意できることが大切だ」


 その言葉は、思っていた以上に胸に響いた。


 売れるかどうかだけを考えていた。


 だが、本当に大事なのは、売れたあとも商売を続けられるかどうかだ。


「……ありがとうございます」


「礼を言われるようなことじゃないさ」


 トーマスは荷馬車に乗り直した。


 そして、出発する前にこう言った。


「薬師に確認して、使えると分かったら知らせてくれ。品質が安定しているなら、少量から取引を考えてもいい」


「本当ですか?」


「まだ買うと決めたわけじゃないぞ」


「それでも十分です」


 俺は頭を下げた。


 荷馬車が走り去っていく。


 その後ろ姿を、リーゼと二人で見送った。


「……結局、売れなかったね」


「ああ」


「失敗?」


「いや」


 俺は首を横に振った。


「何をすれば売れるのか、少し分かった」


 薬師による鑑定。


 品質の確認。


 安定した供給。


 越えなければならない課題は、いくつもある。


 それでも、道は見えた。


 ただの雑草だと思われていた薬草に、商売の可能性がある。


 それを確かめる方法も分かった。


「……まずは、銀貨一枚を用意しないとな」


 俺は財布の中身を思い出し、頭を抱えた。


 領主になって数日。


 俺の所持金は、驚くほど心もとない。


「ねえ、カイル」


「ん?」


「本当に、この村を変えられると思ってるの?」


 リーゼが尋ねた。


 俺は少し考えた。


「まだ分からない」


「……え?」


「変えられるかどうかは、やってみないと分からない。でも、何もせずに諦めるつもりはないよ」


 リーゼは、何も言わなかった。


 ただ、俺の持っている薬草の袋を見つめていた。


     ◇


 その日の夜。


 俺は帳簿に、新しい項目を書き加えた。


 薬草の鑑定費用――銀貨一枚。


 今の領地の財政から考えれば、簡単に出せる金額ではない。


 けれど、ここで諦めれば、薬草が本当に売れるのか分からないままだ。


 俺は机の引き出しを開けた。


 そこには、父から譲り受けた古い商売道具が入っていた。


 小さな天秤。


 使い込まれた帳簿。


 そして、父が商売の心得を書き留めていた一冊の手帳。


 ページをめくる。


 そこには、見慣れた文字で、こんな言葉が書かれていた。


『商売は、物を売ることではない』


『相手が何を必要としているのかを知り、それを届けることだ』


 俺は、その一文を何度も読み返した。


「……そうだよな、父さん」


 薬草を売りたいのは、俺の都合だ。


 村に金が必要だからといって、相手が必要としていないものを買ってくれるわけではない。


 ならば、まずは相手が必要としているものを知ることから始めよう。


 薬草が売れなければ、別のものを探せばいい。


 この村にあるものを、ひとつずつ調べていけばいい。


 俺は手帳を閉じた。


 明日、もう一度マーレのところへ行こう。


 薬草の品質を確かめる方法を考え、必要な費用をどう工面するか相談する。


 そして、村の中にほかの商品になりそうなものがないか、探してみよう。


 道端の薬草は、まだ銀貨一枚にもなっていない。


 それでも。


 俺にとっては、初めて見つけた商売の入り口だった。


 人口三十七人。


 領地の収支は赤字。


 金も、人手も、信用も足りない。


 前途多難なのは間違いない。


 だが、少なくとも昨日よりは、ほんの少しだけ前に進んでいた。


 そして俺は、まだ知らなかった。


 この村で最初に売れる商品が、薬草だけではないことを。

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