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『勇者パーティーを追放された俺、人口37人の辺境領を押し付けられました』 ――剣も魔法も使えないので、村おこしします  作者: tmk


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第二話 人口37人の村人たち

村に到着して、まだ一時間も経っていない。


 それなのに、俺はすでに三度ため息をついていた。


「……本当に、三十七人しかいないのか?」


「だから、そう言っただろう」


 目の前で腕を組んでいる老人――ガルドは、面倒くさそうに答えた。


 俺は手に持っていた書類をもう一度確認する。


 人口、三十七人。


 男、十八人。


 女、十九人。


 子どもは五人。


 働ける年齢の者は二十人ほど。


 そして、俺を含めて三十八人。


「これ、村っていうより……大家族だな」


「何を言ってる」


「独り言です」


 ガルドは鼻を鳴らした。


「それより、村を見て回るんだろう?」


「ああ」


「なら、ついてこい」


 そう言って、ガルドは村の奥へと歩き始めた。


 俺もその後を追う。


 改めて村を歩いてみると、昨日見た印象とは少し違っていた。


 確かに、古い家は多い。


 屋根が壊れた家もある。


 畑の一部は放置されている。


 道も舗装されておらず、雨が降れば泥だらけになりそうだ。


 だが――


「……畑、意外と綺麗だな」


「何?」


「いや。もっと荒れてると思ってた」


「畑を荒らしたら食うものがなくなるだろう」


 当たり前のように言われた。


 それもそうか。


「ここは?」


「水車小屋だ」


 古びた木造の建物だった。


 水車そのものはかなり年季が入っているが、まだ動いている。


 ギギギ……と音を立てながら、ゆっくりと回っていた。


「これ、誰が管理してるんだ?」


「俺だ」


「ガルドが?」


「他に誰がいる」


 ガルドは当然のように答えた。


 俺は水車を眺める。


 古い。


 だが、壊れてはいない。


 きちんと手入れされている。


「……もしかして、修理も?」


「できる範囲ならな」


「へえ」


 俺は書類に一つ書き込んだ。


「何を書いている?」


「人材」


「人材?」


「この村で何ができる人がいるか、調べてるんです」


「そんなものを調べてどうする」


「分かりません」


「……」


「でも、知らないよりは知っていたほうがいいでしょう?」


 ガルドは少しだけ目を細めた。


「変な領主だな」


「よく言われます」


 村を歩いていると、一人の女性がこちらに気づいた。


「あら、ガルドさん。その方が新しい領主様?」


「ああ」


 女性は俺を見ると、深々と頭を下げた。


「私はマーレです。村で料理をしています」


「料理?」


「ええ。といっても、たいしたものではありませんけど」


「何を作るんです?」


「普段食べるものですよ」


 そう言って、彼女は少し笑った。


「パンやスープ、保存食なんかを」


「保存食?」


「この辺りは冬が長いですからね。昔から色々と作っているんですよ」


「例えば?」


「干し肉、漬物、果物の砂糖漬け……あとは薬草を使った保存食もあります」


 俺の手が止まった。


「薬草?」


「ええ」


「それって、どんなものですか?」


 マーレは少し困った顔をした。


「ただの雑草みたいなものですよ」


「……」


 雑草。


 その言葉に、俺は昨日見た村の光景を思い出した。


 道端。


 畑の隅。


 家の裏。


 至るところに生えていた、見慣れない草。


「その薬草、見せてもらえますか?」


「構いませんけど……」


 マーレは少し不思議そうにしながら、家の裏へ案内してくれた。


 そこには、乾燥させた植物が大量に吊るされていた。


 俺は一つを手に取る。


 香りを嗅ぐ。


「……これ、どうやって使うんです?」


「煎じて飲んだり、料理に使ったりします」


「誰か買いに来たりは?」


「昔は来ていたみたいですけどね」


「今は?」


「誰も」


 マーレは笑った。


 その笑顔は、どこか諦めているように見えた。


「こんな田舎まで、わざわざ買いに来る人なんていませんから」


「……なるほど」


 俺は薬草をもう一度眺めた。


 そこで、別の人物が声をかけてきた。


「おい、ガルド!」


 振り返る。


 そこには、泥だらけの服を着た男が立っていた。


「新しい領主様に挨拶しとけ」


「嫌だよ」


「お前な……」


 男は面倒くさそうに俺を見る。


「俺はダン。畑をやってる」


「よろしく」


「よろしく」


 それだけ言って、ダンは立ち去ろうとした。


「ちょっと待って」


「あ?」


「さっきの畑、見せてもらってもいい?」


「別にいいけど」


 畑に案内される。


 そこには、小麦、豆、芋。


 どれも珍しいものではない。


 収穫量も決して多くない。


 だが、畑を見ているうちに気づいた。


「……この土、かなり良くない?」


「ああ」


「肥料は?」


「使ってない」


「使ってない?」


「この辺りは土がいいからな」


 ダンは何でもないことのように言った。


「……」


 俺は黙って土を手に取った。


 確かに質がいい。


 水はけも悪くない。


 しかも、近くには川がある。


 水も確保できる。


「なんで畑を増やさないんだ?」


「人がいないからだ」


「……」


 なるほど。


 土地がないんじゃない。


 人がいない。


 人がいないから土地を使えない。


 俺はまた書類に書き込んだ。


 ――農業、拡張可能。


「何をしている?」


 ガルドが聞く。


「調べてるんです」


「何を?」


「この村に何があるのか」


「だから、何もないと言っているだろう」


 ガルドはため息をついた。


 そのときだった。


「……本当に、何もないと思います?」


 思わず口に出していた。


 ガルドがこちらを見る。


「何?」


「水がある」


「……」


「畑がある」


「……」


「薬草がある」


「……」


「水車を直せる人がいる」


「……」


「料理を作れる人もいる」


 俺は村を見渡した。


 古い家。


 荒れた道。


 小さな畑。


 川。


 山。


 そして、三十七人の村人。


「俺には、結構あるように見えるんですけどね」


 ガルドは何も答えなかった。


 ただ、少しだけ驚いたような顔をしていた。


 俺は書類を閉じる。


「今日は、全員に話を聞きたい」


「全員?」


「ええ」


「三十七人全員か?」


「もちろん」


「面倒だぞ」


「領主ですから」


 ガルドは呆れたように笑った。


「……好きにしろ」


 こうして俺は、人口三十七人の村の住民全員から話を聞くことになった。


 鍛冶ができる男。


 陶器を作る老人。


 薬草に詳しい老婆。


 木工が得意な青年。


 料理が得意な女性。


 狩りができる男。


 古い祭りのことを知っている老人。


 そして――


「私は、この村を出たい」


 そう言った少女もいた。


 名前はリーゼ。


 十六歳。


 この村で暮らす数少ない若者の一人だった。


「こんなところに未来なんてないから」


 リーゼはそう言って、俺をまっすぐ見た。


「都会に行きたいの?」


「うん」


「どうして?」


「……だって」


 リーゼは少しだけ俯いた。


「この村には、何もないから」


 その言葉を聞いた瞬間。


 俺は、昨日ガルドから言われた言葉を思い出した。


『この村には何もない』


 そして今日。


 村人たちからも、何度も同じ言葉を聞いた。


 けれど。


 俺はもう、その言葉をそのまま信じることができなくなっていた。


 この村には、人がいる。


 技術がある。


 土地がある。


 水がある。


 薬草がある。


 歴史がある。


 そして――まだ誰にも見つけられていない何かがある。


 俺は、リーゼに尋ねた。


「じゃあ、逆に聞くけど」


「……何?」


「この村に、何があったら残りたい?」


 リーゼは答えなかった。


 しばらく考えた後、小さな声で言った。


「……分からない」


「そっか」


 俺は笑った。


「じゃあ、一緒に探そう」


「……え?」


「君がこの村に残りたいと思えるものを」


 リーゼは、ぽかんとした顔で俺を見ていた。


 俺は村を振り返る。


 人口三十七人。


 収入は少なく、借金もある。


 壊れた家もある。


 若者はいない。


 産業もない。


 外から見れば、確かに何もない村なのかもしれない。


 でも。


 俺は商人の息子だ。


 父さんはいつも言っていた。


『カイル。物の価値は、最初から決まっているわけじゃない』


『価値を見つける人間がいるから、物に価値が生まれるんだ』


 だったら。


「まずは、見つけるところから始めよう」


 俺はそう呟いた。


 人口三十七人。


 俺の領主生活は、まだ始まったばかりだった。

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