第一話 勇者パーティーを追放された俺、領主になる
第一話 勇者パーティーを追放された俺、領主になる
「カイル。お前は今日でパーティーを抜けろ」
夕食の途中だった。
目の前に置かれた木製のテーブル。
その上には、食べかけのパンと、冷めかけたスープ。
そして俺の前に、一枚の紙が置かれた。
「……俺が?」
「ああ」
勇者レオンは、こちらを見ることもなく答えた。
「理由を聞いてもいいか?」
「役に立たないからだ」
即答だった。
まあ、分かっていた。
俺は剣が使えない。
魔法も使えない。
身体能力も普通。
魔物と戦えば、後ろから荷物を持っているくらいしかできない。
「でも、食事は作れる」
「それが何だ?」
「荷物の管理もできる」
「だから?」
「薬草の知識もある」
「戦えないだろ」
「……そうだな」
俺は素直に頷いた。
確かに、レオンの言う通りだ。
魔王を倒すために集められた勇者パーティーに、戦えない人間がいる。
それは確かに、おかしい。
「今まで世話になったな」
俺は立ち上がった。
「カイル」
背後から声がした。
振り返る。
幼馴染のミリアが、俯いている。
「ごめん……」
「謝るなよ」
俺は笑った。
「俺も自分に戦闘能力がないことくらい分かってる」
そう言って、部屋を出た。
扉を閉める。
廊下に一人。
妙に静かだった。
「……さて」
これからどうするか。
冒険者として生きる?
無理だ。
商人になる?
父親が商人だったから、多少の知識はある。
でも、今さら一から店を持つほどの金はない。
故郷に帰る?
それも悪くない。
そう考えながら宿を出たところで、
「カイル・アーヴェン様ですね?」
見知らぬ男に声をかけられた。
「誰ですか?」
「王国役人です」
「……俺、何かしました?」
「いえ。むしろ逆です」
男は一枚の書類を差し出した。
「国王陛下より、あなたに領地が与えられました」
「…………は?」
思わず聞き返した。
「領地?」
「はい」
「俺に?」
「はい」
「なんで?」
役人は少しだけ気まずそうな顔をした。
「前領主様がお亡くなりになりまして」
「それで?」
「後継者がいませんでした」
「それで?」
「王家としては、あの土地を管理する者が必要でした」
「それで?」
「あなたに白羽の矢が立ちました」
「……なんで俺なんです?」
役人は少し黙った。
そして、
「他に希望者がいなかったので」
「…………」
人生で初めて、
「誰にも欲しがられない」という理由で領地をもらった。
⸻
三日後。
俺は王都から馬車に揺られていた。
「本当に何もない土地ですからね」
向かいに座る役人が言った。
「税収は?」
「ほぼありません」
「人口は?」
「三十七人です」
「三十七?」
「はい」
「それ、村として成立してるんですか?」
「一応、領地です」
「……そうですか」
嫌な予感しかしない。
さらに聞く。
「産業は?」
「農業が少し」
「鉱山は?」
「ありません」
「特産品は?」
「特に」
「街道は?」
「隣町まで徒歩三日」
「……」
俺は窓の外を見た。
景色はどんどん寂しくなっている。
「ちなみに、年間の税収はいくらです?」
「銀貨八十枚ほど」
「支出は?」
「百二十枚ほど」
「赤字じゃないですか」
「はい」
「どうして今まで存続できたんです?」
「前領主様の私財で補填されていました」
「その前領主は?」
「亡くなられました」
「……」
帰りたい。
今すぐ王都に戻りたい。
勇者パーティーに頭を下げて、
「やっぱり雑用係に戻してください」
と言いたい。
しかし、馬車は止まらない。
やがて山道を抜ける。
その先に、小さな村が見えた。
古びた家。
荒れた畑。
人の少ない道。
村の入口には、小さな木の看板が立っていた。
そこには、
『人口三十七人』
と書かれている。
「……本当に三十七人なんだな」
馬車を降りる。
すると、
「お前さんが新しい領主か」
声がした。
振り返る。
白髪の老人が立っていた。
「はい。カイル・アーヴェンです」
「そうか」
老人は俺を頭から足まで眺める。
「若いの」
「よく言われます」
「帰った方がいいぞ」
「え?」
「この村には何もない」
老人は笑った。
「仕事もない。金もない。人もいない」
そして、村を振り返る。
「だから若い奴は、みんな出ていった」
俺は黙って村を見る。
確かに、何もない。
少なくとも、今の俺にはそう見えた。
「名前を聞いても?」
「ガルドじゃ」
「ガルドさん。この村に、本当に何もないんですか?」
「ない」
即答だった。
「じゃあ、この村はどうして残ってるんです?」
老人の顔から、一瞬だけ笑みが消えた。
「……それは」
ガルドは山の方を見る。
「昔から、ここを離れてはいけない理由があるからじゃ」
「理由?」
「そのうち分かる」
老人は歩き始めた。
「まずは村を見て回れ」
「はい」
「それから考えればいい」
俺は一人、村の中へ歩き出した。
壊れた家。
使われていない畑。
人のいない商店。
そして、誰も使っていない広場。
確かに何もない。
でも。
俺は足を止めた。
広場の隅に、古い石造りの窯がある。
「……これ、使えるな」
次に、川を見る。
「水はきれいだ」
畑を見る。
「土も悪くない」
山を見る。
「薬草もありそうだ」
そして古い家を見る。
「空き家が多い」
俺は腕を組んだ。
何もない。
……本当にそうか?
父親から昔、教えられたことがある。
『カイル』
『商売で一番大切なことは何だと思う?』
『安く仕入れること?』
『違う』
『高く売ること?』
『それも違う』
父は笑って言った。
『誰も価値に気づいていないものを見つけることだ』
俺は村を見渡す。
「……そういうことか」
勇者パーティーでは、俺は役立たずだった。
剣も魔法も使えない。
だから、必要ないと言われた。
でも。
この村も同じなのかもしれない。
「何もないんじゃない」
俺は小さく呟いた。
「まだ、誰も価値を見つけてないだけだ」
その日。
人口三十七人の小さな村に、
一人の若い領主がやってきた。
そして、この時の俺はまだ知らなかった。
この何もないと思っていた村が、
やがて王国中から人が集まる街になることを。
そして――
この村に眠る秘密が、
世界の歴史そのものを覆すことになることを。




