番外編:黄昏の宝珠と、絶対不可逆の重力結界
肌寒い季節が過ぎ、本格的な冬がやってきた。
サオリの家(兼・臨時診療所)の居間には、前世の知識と魔法を組み合わせて錬成した最終兵器——『炬燵こたつ』が設置されていた。
「サオリ……! この物体は一体何だ……!? 足を入れた瞬間、下半身を包み込むこの不可逆の温もり……っ! 身体の芯から魔力が溶け出していくような、抗いがたい弛緩リラックス作用……!!」
アラルドはこたつに首まで潜り込み、驚愕の表情で天井を見上げていた。
「ただのこたつですよ。ほら、出られなくなるから入る前に手洗いとうがいをしてって言ったのに」
サオリはお茶を淹れた急須と、大きな籠に入ったオレンジ色の果実をこたつの上に置いた。
「む……!? その籠に盛られた光り輝く球体は……?」
「みかんです。冬の定番ですよ。手で皮を剥いて食べてください」
「皮を剥くだけだと……? 刃物も使わずに解体できるというのか……ッ!」
アラルドは慎重にみかんを手に取り、鋭い眼光で観察し始めた。
「(スッ……)……なっ!? 皮を剥いた瞬間、甘酸っぱい果汁の粒子が空気を満たした……! これぞ……【黄昏の宝珠シトラス・オーブ 〜剥離せし果皮の奥に眠る 黄金の結晶〜】……!!」
「はいはい、皮は散らかさないでそのゴミ箱に捨ててくださいね」
「(一房パクリ)……っっ!!?? 舌の上で果汁の爆汁バーストが巻き起こる……! 爽やかな酸味と濃密な甘み! 炬燵による外部からの加熱と、冷やされた果実による内部からの冷却……! この頭寒足熱バランスの調和、完璧すぎる……っ!」
興奮してこたつから身を乗り出すアラルドだったが、サオリは冷めた目で見つめていた。
「アラルドさん」
「な、なんだサオリ! この黄昏の宝珠みかんの追加か!?」
「いいえ。……みかんの筋(白い繊維)、綺麗に取り除いてから食べてますね?」
「……っ!? バ、バレたか……!!」
アラルドの動きがピタリと止まる。
実は彼は、みかんの房についている白い筋アルベドを、一枚一枚爪先でちまちまと完璧に取り除いてから食べていたのだ。元・暴君の圧倒的な精密動作(器用さ)が、こんなところで無駄に発揮されていた。
「そんなに神経質に取らなくても、それ栄養(ビタミンP)あるんですよ?」
「くっ……! この筋(白い悪魔)を取り除かねば、完璧な食感が損なわれるのだ……! だがサオリがそういうなら……(そのままパクリ)……む、美味いな」
「素直でよろしい」
サオリがクスッと笑うと、アラルドは照れ隠しのように咳払いをし、こたつの奥へとさらに沈み込んだ。
「……なあ、サオリ」
「なんですか?」
「こうして貴様とこたつに入り、未知の果実みかんを食す時間……。かつて戦場を駆け抜けていた頃の私には、想像もつかない平和だ」
「でしょうね。あ、ちなみにアラルドさん、そろそろ17時(定時)ですけど、今日の晩ごはん何がいいですか?」
アラルドはこたつからガバッと顔を上げ、琥珀色の瞳を輝かせた。
「あの【深紅の熱塊】が食べたい! 貴様が以前作ってくれた、発酵せし白菜と豚の脂が交差する、あの辛熱の陣形を……っ!」
「はいはい、キムチ鍋ですね。じゃあ一緒に具材を切りましょうか。こたつから出てください」
「……ぬ、ぬうううっ!? 【絶対不可逆の重力結界 〜魂を溶かす熱素の封印陣〜】の威力が凄まじい……! 身体が……身体が動かん……っ!! 助けてくれサオリぃぃぃ……っ!!」
「自分で抜け出してください!」
冬の静かな辺境に、元・暴君のなさけない悲鳴と、元・ナースの呆れた笑い声が暖かく響き渡るのだった。
(おしまい)
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