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第12話 なぐってやるからな!

 私とツバキは、男二人から少し離れて向かい合う。

 ツバキの実力がどの程度なのか、先程のケンジに剣を向けたあの一度だけでは測り切る事は出来ない。

 だが、それはツバキも同じ──いや、私の事を何も知らないはず。情報ではこちらに分が……あ、いや……ヴェロリックが私の話をしたとか言っていたような……まぁ…だとしてもかまわないか。


「ところで、ソフィちゃん。一つ聞きたいんだけどさ」

「ソフィちゃん……まぁ…良い。なんだ、言ってみろ」

「あの鎧熊を仕留めたのは──ソフィちゃん?」


 鎧熊…というのはあの昨夜仕留めた熊の事だろうな。

 外に放置したままなので、当然見られていたか。


「私とケンジで仕留めた。私が──」


 そこで一度言葉を区切り、体の側面両側に腕を顕現させる。


「─この腕で熊を捕らえ、動けなくしてケンジがトドメを刺したのだ!」


 見るがいい!

 私のこの逞しき幻影腕を!


 ツバキは、目を見開いてこちらを凝視していた。

 かなり驚いた様子で、少しだが胸がすく思いがした。気分が良い。


「なにそのデタラメな魔力量は……しかもそれを使って腕を顕現させてる?一体どういう魔導術を……いや、そもそも術の体系が違うのか……。

 ──それが、神様から貰った特典ってやつ?」

「違う。これは前世の私の能力によるものだ。捕食し、吸収したモノを魔力で顕現させ、操る事が出来るのだ」


 もっとも、今は一番使っていた魔力体の一部を再現して顕現させるのがやっとだ。

 だが、もちろんそんな事は言ってやらない。


「なるほどね……ヴェロリックが勝手に言ってただけだと思ったけど……魔王様なんて言われるだけの理由は、ちゃんとあったんだ」

「私の力を思い知ったか!今なら許してやっても良いぞ!」

「ごめんなさ~い。─それじゃ、その腕がどれ程のモノか……見せてもらう──」


 そう言ってゆっくりと腰から真っ直ぐの長剣を鞘からゆっくりと抜き放つツバキ。

 先に謝っているのは一体なんなんだ……。

 

 ツバキは無造作に、こちらにゆっくりと歩いて近づいて来た。

 私は握って捕まえてしまえば終わりだと手を伸ばしたが、寸前でヒョイっと避けられ、ついでとばかりに幻影腕が斬りつけられ金属が鳴り響く。


「硬いね。まるで刃が通りそうにない」

「巨人とドラゴンを合わせて作った腕だ!斬れるものなら斬ってみるがいい!」


 もっとも、そのナマクラでは無理だろうがな!


 今度は思いきり拳を振り切る。

 当たるとは思えないが、直撃はしなくとも、風圧で十分牽制となる威力だ。

 だが──なんとツバキは、これを避けなかった。

 剣の腹に腕と膝を当て、後ろに跳びながら私の拳撃を受けるツバキ。そのまま大きく吹っ飛ばされる。

 しかし、空中でくるりと体を回転させ、器用に着地した。


「スッゴい威力…ヤバいね。

 ほら、かなり頑丈に作ってあるのに、ヒビが入っちゃった」


 そう言って剣を見せてくる。

 ……確かにヒビが入っているな。だが、そんな事よりも───。


「ワザと受けたな?どこまでも舐めてくれる…」

「そりゃ、どれほどの力か見るんだから、当然でしょ」


 一々癪に触る……。

 しかし、悔しいが今の私では、勝つのは難しいというのが、わかってしまった。


「どうする?アタシはもう満足したけど?」

「……いや、続行だ」


 その澄まし顔を、歪めてやる。


 私は近くの岩を掴み、投げつけようとして───そこで腕が突然霧散した。


 これは……故意の殺害禁止の制限か!

 

 ドスンッと、すぐ近くに岩が落ち、砂埃が巻き上げられる。

 目の前が舞い上がった砂で何も見えなくなった。


 おのれ…!どうせ当たりもしない投石ですら、制限されるとは……!

 いや、一応当てるつもりで投げつける気ではあったが……ん?それか?


 砂埃が晴れると、ツバキは先程と変わらずそこに立ったままこちらを見ていた。

 

「今のは、ワザとじゃあないよね?」

「さて、どうだろうな?」


 見抜かれているだろうが、ここは虚勢を張っておく。

 それよりも、もう一度岩を掴み持ち上げる。

 今度は、ツバキに当てずに横を通すつもりで投げつける。

 しっかりと岩は唸りを上げてツバキの横を通り、轟音を立てて地面に転がった。


「今度は暴投?……単にコントロールが上手くないのかな?」

「まだこの体に慣れていないのだ」


 これは嘘ではない。


 しかし…なるほど……。

 当てるつもりだと投げれないが、当てないつもりなら投げれる、と。

 なんだこの制限。

 かなりいい加減な判定具合に感じるぞ……。


「慣れていない、か……。やっぱり、もうやめにしようか」

「なんだ、私の投石に怖気付いたか?」


 見え見えの挑発だが、ツバキは私を試している。なら、わかっていても──わかった上で、乗ってくる筈。


「ほーん…?まだ何か狙ってるんだ。いいよ、乗ってあげよう」


 そう言うと、ツバキは低く剣を構えた。

 今から突撃するぞ─と、そう言っている構えだ。

 私は即座に受ける用意をして───気づいた時には、既に懐まで接近されていた。

 まだ何もされていないのは、試されているからか。

 ───なら、その油断を後悔させてやる。


 私は自分の足元に、昨日やったように少しだけ幻影脚を顕現させる。

 体がほんの少し上昇する。そして───私のすぐ傍に来ていたツバキは、突然足元に現れた幻影脚に足を滑らせていた───!


 私はすぐさま、脚を出したせいで消えていた腕を顕現させ、掴みかかった。


 ツバキは体勢を崩している!いける!


 次の瞬間、バキリッと鈍い音が鳴り、私の視界がぐるりと回転して、空を見上げていた。

 

 ───投げられた?あの状態から?


「あぶないあぶない。でも、残念賞」


 私の首元に、折れた剣が突きつけられた。

 ふと、掴もうとした幻影腕を見ると、掌から切り裂かれ、折れた剣身が手首のあたりに残っていた。


 ───あの崩れた体勢から一体どうやって……?


「化け物め……」


 知らず、そんな言葉が漏れ出ていた。


「おーい!大丈夫かー?!」

「ソフィ様!お怪我はありませんか?!」

「男どももこっち来たし、今度こそ終わりかな。一人で立てる?」


 立ち上がってこちらを見下ろすツバキ。


 ───じわりと、涙が溢れてきた。

 私に襲いかかってきた人間が、時折流していたのを覚えている。ヴェロリックも、たまに流していたか……。


 ──涙。


 そうか……泣く、とは……こんなにも……。


「ソフィ様が泣いておられる!ツバキ殿!どれほど強く投げられたのですか!」

「えぇ?!やだなぁ、そんなヘマしないよ。ちゃんと、そっと投げたって」

「しかしですな……」


 言い争う二人を尻目に、ケンジは仰向けに転がったままの私を抱き上げて立たせ、服や髪についた砂をはらってくれた。


「怪我は、無さそうだな。どうだった?」

「……見ていただろう。…負けたぁ……」


 鼻がツンとして、声がうわずってしまった。

 ……なぜか、とても恥ずかしい……。


「強いと……魔王だと…そう言われて、その気になって……私は……」


 何を言いたいのか、自分でもわからない。でも、言葉は出てきて……なんだこれは……。


「負けて、死んで……私は、弱くなったのか?……弱かったのか──?」

「……俺は、ソフィより弱い」

「?そうだな……」

「おっさんよりも弱い。もちろんツバキさんよりも」

「ケンジ?一体何を……」

「昨夜の熊にだって、一人だったらやられて、今頃食われてたかもな」

「それは……わからないと思うが……」


 ケンジの回復能力はとんでもなかったし、何とかなった気もするが…。


「ケンジ、何が言いたいんだ?」

「さあ…なんだろう……自分でもよくわからないな」

「……なんだそれは」

「俺には、あの熊がめちゃくちゃ強くて怖かった。ソフィはどう感じた?」


 ケンジは膝を曲げてしゃがみ、私を見上げながらそう聞いてくる。


「…力はそれなりだったが、それだけだ」

「そっか。なら、やっぱソフィは強いと思うよ」

「……そうだろうか」

「そうだよ。ただ、上には上がいる。だから、次は負けないよ──ぅぐぇ!」

「小僧!ソフィ様に馴れ馴れしいぞ!

 ソフィ様、あの鬼女はこの世界の武の頂点とも言える相手です。今は勝てないのも無理からぬ事。

 ですが!ソフィ様ならば、いつか必ずそれをも超える事が出来ると!このヴェロリック、信じておりますぞ!」


 ……いや、その…それは、いいのだが……


 ケンジがヴェロリックに蹴り飛ばされて倒れ伏していた。大丈夫か?

 

「なぁにすんだ!おっさん!!」

「ふん!身の程をわきまえぬ小僧に教育をしてやったのだ。感謝するが良い」

「ふざけんな!いきなり蹴り飛ばしやがって…なにが感謝だ!」


 二人は私をよそに喧嘩をはじめてしまった。


 ……本当に仲が悪いな、この二人。


「随分と愛されて、罪な女だねぇソフィちゃん」

「……そういうのは、よくわからん」


 今度はツバキが声をかけてくる。

 ──少し、心がざわついているのを感じた。


「拗ねない拗ねない。鎧熊を圧倒出来るなら、ソフィちゃんは十分強いよ。ただ──アタシの敵じゃあないね」


 ニヤリッと笑い、ツバキはこちらを不敵に見下ろしていた。


 ───ごちゃごちゃしていた色々がどこかへ消えて、代わりにひとつの想いが心を染める。


「いつか必ず、そのニヤけた顔を殴ってやるからな…」


 これは怒り──いや、少し違う。なにかわからないが、胸に火が灯ったような、そんな感じだ。


「あっはっはっは!いいねぇ、楽しみにしてるよ」


 そう言ってツバキは私の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。

 少し荒っぽく、硬い手の感触は少し痛かったが、不思議と嫌だと思わなかった。


 そんな私達を尻目に、ケンジがヴェロリックを蹴り返そうとして、逆に再度蹴り飛ばされていた。


「ちきしょー!いつかやり返してやるからな、クソじじい!!」


 少し涙目になりながらそう漏らすケンジ。


「……彼氏君も、似たような事言ってるな」

「……あれと同じは、なんかヤダ」

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