表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~宴と誓いの章~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/108

第39話 灯りの裏側

L.U.N.Aルーナのアクリスタ到着まで、あと一時間を切っていた。


 公都の大通りは、いつもの数倍の人で溢れている。街の上空には巨大な魔導立体映像ホログラム。L.U.N.Aの公演映像が繰り返し流れていた。歓声。照明。少女たちの笑顔が、都市の空を彩る。



      ◇



 シルウィード城、謁見の間。


 浮遊車が停まり、数名の少女が降り立った。侍従が一斉に頭を下げる。

 セリーヌが軽く人数を確認した。


「スレイアは?」


 空気が、二秒ほど止まった。

 アリシアとガレットの表情が同時にぎこちなくなる。シンシアはそっと目を逸らした。


「あの……」


 ルーシーが、申し訳なさそうに口を開く。


「先日のお祭りではしゃぎすぎたみたいで。昨日戻ってからずっと寝ていて……どう起こしても起きなくて」

「しかも全然反応しないんです」


 アリシアが付け加えた。

 セリーヌは額を軽く押さえた。


「……あの馬鹿」


 声に、本気の怒りはない。


「でも、サルタリスは今すごいことになってますよ?」


 シンシアが明るく話題を変える。


「カジノ区は毎日満員。観光飛行船も全便予約済み。来客数が倍以上だって」

「スレイア様、今年の収益は桁が変わるかもって!」


 セリーヌが軽く笑った。


「あの子も、ただ騒いでいるだけじゃないということね。――アナス。先に離宮へ案内して」

「はい」


 アナスが一礼し、一行を連れて謁見の間を出た。



      ◇



 浮遊車の中。

 窓の外を、山腹の公都の街並みが流れていく。

 ルーシーが、遠くの魔導広告を見つめていた。


「公都……だいぶ変わったわね」

「そうですか?」

「前に来た時は、武装した部隊ばかりだった。今は……スティペロスに似てきた気がする」

「もう戦時ではありませんから」

「そうね」


 ルーシーが微笑む。

 アリシアたちが、公都で変装して遊びに行く計画を立て始める。小さな笑い声。


 しばらくして、ルーシーがふと言った。


「ねえ。エドは最近、どうしてる?」


 アナスの呼吸が、一拍止まった。


「最近、あの子は連邦でずいぶん有名になっているの。知ってる?」


 ルーシーの手が、膝の上でわずかに動いた。視線が落ちる。


「……知ってる。でも、あの子がそんなことをするとは思えない」


 怒りでも、動揺でもない。静かな声だった。

 ルーシーが顔を上げた。また、いつもの穏やかな笑み。


「それより、あの子が城でどう過ごしているか。そっちの方が知りたいわ」


 アナスは静かにルーシーを見つめた。

 それから、ふっと笑った。


「時間がある時に、ゆっくり話すわね」



      ◇



 城館中央、大宴会場。

 舞台に照明が灯り、音響調整の人形と担当者が忙しく動いている。


 舞台の下では、執事も侍女も侍従も、仕事の手を止めては舞台の方をちらちら窺っていた。


「マジでこんな近くで……」

「信じられない……」


 龍威の取り巻きの少年たちは、完全に目が釘付けになっていた。柵に身を乗り出している者もいる。


「うわぁ……ルーシー様、実物のほうが綺麗だ……」

「お前、よだれが垂れてるぞ!」

「うるさい、世界クラスのアイドルだぞ!!」


 舞台の上で、ルーシーがマイクに手を添えた。


「三番の照明、もう少し左にお願いできますか? 皆さん、お疲れ様です」


 横で、シンシアが手を振った。


「みんなお疲れ様〜」


 少年たちが、浄化されたように固まる。


「うっ……お疲れ様って……」

「もう悔いはない……」


 龍威が後方で、こめかみを押さえた。


「……馬鹿どもが」


 その時。

 視線を感じた。舞台裏の影から、こちらを見ている者がいる。

 赤い髪。龍の角。腕を組んで壁にもたれている。


 ガレット。


 彼女は軽く頭を傾けた。こっちに来い、という仕草。

 龍威は後ろの連中を確認した。完全にステージに没入している。

 静かに、その場を離れた。



      ◇



 舞台裏の通路。外の喧騒が、遠く聞こえる。


「ガラディオンにいればよかったものを、わざわざこんなところに来て。何を考えてるの?」


 ガレットが淡々と言った。


「ここも悪くない。長老どもの顔を毎日見なくて済む」


 ガレットが目を細めた。


「長老の顔が嫌? それとも――」


 一歩、近づく。


「私と顔を合わせるのが、怖い?」


 龍威の呼吸が、一瞬止まった。

 脳裏に、古い光景が閃く。


 荘厳な大広間。沈黙する龍人たち。玉座の女。

 幼い自分が、火のような赤い長槍を受け取り、ガレットの前に立つ。


『これで――俺に資格はあるか?』


 ガレットが長い髪を指で払う。


『戦場で証明してから、もう一度来なさい』


 記憶が、途切れた。

 龍威は長く息を吐いた。


「……若かっただけだ。用がないなら、戻る」


 背を向ける。

 ガレットが、足で軽く地面を踏んだ。


「臆病者……」


 小さく呟いた。


「ルーシーのあの弟より、よっぽど度胸がないわ」


 遠ざかっていた龍威の足が、一瞬だけ緩んだ。


「……だろうな」


 低い声。それだけ残して、通路を曲がった。



      ◇



 宴会場の外縁。

 ルーシーが中央でスタッフと話している。だが、その視線が時折ふらりと周囲を流れていた。


 何かを――誰かを、探している。

 龍威は眉をわずかに寄せた。


(あの馬鹿……俺と同じか)



      ◇



 二階の回廊。暗がりに、小さな影。

 エドの鳶色の目が、舞台を見つめていた。


 あの笑顔。あの声。眩しい照明の中で輝いている姿。

 エドの身体が、微かに震えていた。

 灯りが、目に刺さる。


 その光の中に、別の映像が重なった。


 地面に散ったガーネットの粉。折れた銀の翼。踏みつけるヒール。


 拳が、壁に叩きつけられた。

 痛みは、感じなかった。

 下唇を噛み締めている。血の味がした。


 それでも、目を逸らせなかった。



      ◇



 夜。

 宴会棟の厨房は、とうに人が引けていた。だが、角の灯りだけが点いている。


 包丁が野菜を刻む音。一定のリズム。だが、静かすぎる。

 料理長が調理台の端に腰を預け、果物をかじりながら、宙に浮かぶ投影を眺めていた。


 投影の中で、スレイアが派手な衣装で酒瓶を振り回し、大勢を巻き込んで歌っている。


「ふふ……相変わらず、滅茶苦茶ね」


 視線を横へ移す。

 エドが黙々とじゃがいもの皮を剥いている。洗い、切り、並べる。何かに追い立てられるように。


 料理長はしばらく見ていた。


「あの子に会うのを、楽しみにしてたんじゃなかったの?」


 エドの手が、止まらない。


「……明日が本番なので。材料の準備を」

「ふん」


 料理長が、はっきりと笑った。


「逃げるなら逃げなさい。言い訳を探すのは、やめなさい」


 包丁の音が、一拍だけ止まった。


「……そうかもしれません」


 エドが、低く言った。手が、また動き出す。


 厨房に沈黙が落ちる。投影のスレイアの歌声だけが流れていた。

 料理長が果物を食べ終えた。種が掌の上で淡い青の光に分解され、消える。

 腰を上げた。


「勤勉な子は嫌いじゃない。でもね」


 ぱちん。

 指を鳴らした。


 エドの手の中の包丁が、青い粒子に変わり、消えた。

 エドが空になった手を見つめる。振り返る。

 料理長が、静かに立っていた。


「心がぐちゃぐちゃの奴が作った料理は、不味いのよ」


 エドが口を開きかけた。


「明日もこの状態なら、二度と私の厨房に入らなくていい。客に不味い料理を出す気はないから」


 長い沈黙。


「……はい」


 声は、とても小さかった。

 エドはエプロンを外し、静かに厨房を出ていった。

 扉が閉まる。


 投影の中で、スレイアがまだ笑っている。

 料理長は、小さく溜息をついた。



      ◇



 宿舎。浴室。

 水が、落ちている。


 エドは頭を垂れたまま、動かなかった。

 水滴が髪から顎を伝い、足元に落ちていく。


――『逃げるなら逃げなさい。言い訳を探すのは、やめなさい』


 手が、ゆっくりと上がった。

 胸の上に、置かれる。

 空洞。

 そこに、何かがあったはずなのに。

 今は、何もない。


 水を止めた。

 静寂。

 水滴だけが、ぽたり、ぽたりと落ちている。


 エドは顔を上げた。

 曇った鏡の中に、自分がいた。


 目が合った。

 長い間、動かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ