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『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~宴と誓いの章~

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第36話 砕けた翼

高い影が、逆光の中を歩いてくる。後ろに、連邦警備の制服が数名。


(……警備)


エドの呼吸が止まった。

リヴィラが裾を持ち上げて会釈する。


「エレナ様」


エレナは軽く頷き、群衆に囲まれたエドの上で視線を止めた。


「何があったの?」

「私の財布が、突然なくなって。皆さんに探していただいたら……あの子の手から見つかりました」


エレナの視線が、エドへ移った。


「違う! 会ったことすらない! ずっと龍威と一緒だった!」


エドは振り返った。


「龍威、お前も――」


声が、途切れた。

龍威の顔色が悪い。額に汗。エレナが一瞥した瞬間、龍威は思わず二歩下がっていた。


(……どうしたんだ)


エドの中に、不安が走る。


「私は事実だけで判断する。ユニティア家の名にかけて」


エレナの声に、周囲が静まる。


「リヴィラの財布が、なぜあなたの手の中に?」

「分からない! 装飾品の店を出た後、女の子にぶつかられて、気づいたら入っていた!」

「女の子?」

「猫耳の亜人だ。金色の目をしてた」

「近くの店で確認を」


警備が走った。低い囁きが広がる。


「猫耳だって?」「誰も見てないだろ」


エドの拳が握り締められた。

しばらくして、警備が戻ってきた。後ろに、装飾品店の店員を連れている。


「この子の言う猫耳の亜人を、見ましたか」

「……いいえ」


エドの表情が強張る。


「店の外でも、ぶつかった様子はありませんでした。それと……」


店員が一瞬、言い淀んだ。


「お二人は店に入ってすぐ出ていかれました。お買い物をされた記憶は、ありません」

「買った! さっきちゃんと買ったんだ!」


エドの声が大きくなる。店員が怯えたように俯く。


「あの子、店の中でも少し……不審な動きを」


群衆がざわめく。エドの顔色が白くなる。


「……証拠がある」


掠れた声。袋から包装された箱を取り出す。


「これだ。さっき買った」


紐を解く手が震える。箱を開けた。


紫色の光が、漏れた。


荊棘と蝶翼の意匠。中心の宝石が、不自然な紫の光を帯びている。

ガーネットの翼ではなかった。


「……何、これ」

「あれって……『夜妖精の瞳』?」「高位貴族の特注品じゃ……」


リヴィラが胸元に手を当てた。


「……あら? どうして、私の胸飾りが、そこに」


エレナが目を向ける。


「それは、あなたの物?」


リヴィラが端末を開く。半透明の光幕に並ぶ写真。どの一枚でも、あの紫の胸飾りが胸元にあった。


「父から誕生日に贈られたものです」


周囲が、完全に静まる。


「財布と胸飾り。どちらも、あなたの手元から出た」


エレナの声は静かだった。

袋がエドの手から滑り落ちた。果物が転がる。


(……なんで。何もしてないのに)


「装飾品店に入ったのなら、他にもあるはずね」


警備が二名、近づく。エドは動かなかった。焦点が合っていない。

衣服の内側から取り出されたのは、数点の装飾品。


胸飾り、首飾り、指輪。

そして――銀の翼。ガーネット。

エドが、本当に買ったもの。


エドの目に光が、戻った。


「それは俺の――!」


身体が動いた。反射だった。


「動くな!」


女性警備が腕を掴む。

どんっ、と地面に叩きつけられた。膝が背中に乗る。


「それは……ルーシー姉さんに……! 返してくれ!!」

「まだ他にも盗んでたのか」「最低だな」


周囲の罵声は、エドにはもう聞こえていなかった。


「もういい」


龍威の声が、空気を断った。

呼吸は乱れている。額の汗を拭いもしない。何かの恐怖を必死に押さえ込む顔で、それでもエレナを真っ直ぐに見据えた。


「ユニティア閣下。一つ聞きたい」

「……何?」

「全部、この小僧が自分で出したか、目の前で見つかったものだ」


龍威の声は低い。だが、よく通った。


「本物の泥棒が――衆人の前で、盗品を一つずつ取り出して見せると思うか?」


沈黙が、落ちた。


「こいつが連邦中から嫌われてるのは、俺も知ってる。だからこそ――こいつを陥れたい奴なんて、いくらでもいるんじゃないのか。閣下」


エレナは龍威を、静かに見つめた。


「いずれにせよ、警備本部で調査する。正規の手続きよ」


龍威の拳が、白くなるほど握り締められた。

押さえつけられたエドは、エレナの手の中にあるガーネットの胸飾りだけを見ていた。

目が、赤かった。


「……俺の、ものだ」


掠れた声。


「返せ……」

「動くな!」


警備の顔色が変わった。腕の下で、エドの身体が激しく暴れている。


「エド! 冷静になれ!」


エドが、ゆっくりと顔を上げた。

鳶色の瞳の奥に、暗い赤が滲んでいた。


ドオンッ。


力が弾けた。女性警備が吹き飛び、街路の柵に叩きつけられる。

エレナの淡い青の瞳に、初めて明確な驚きが浮かんだ。


「押さえなさい!」


別の警備が拘束鞭を展開した。龍威が間に入る。

だがエドは、もう何も聞いていなかった。立ち上がり、エレナへ歩く。


「……俺のものを、返せ」

「自分が何をしているか、分かっている?」

「分からない」


赤黒い目が、エレナの手の中の銀の翼を射抜く。


「でも――汚い手で、俺のものに触るな」


エレナの目が沈んだ。龍威の全身に、総毛立つような鳥肌が立つ。


「エド!!」


遅かった。エドの姿が消えた。


ドッ。

エレナの片腕が、エドの拳を受けた。高い身体が、初めて半歩退く。


エドの頭はエレナの腰にも届かない。だがその小さな身体は獣のように貼りつき、懐へ食い込んでいた。すべての打撃が、関節を狙っている。


エレナの蹴りを正面で受けた。地面が割れる。だが退かない。次の瞬間には再び懐へ。


膝で一撃を受けた、その瞬間――エレナは胸と腹に違和感を覚えた。細い針が数本、刺さっている。魔力が乱れる。


(いつ――)


一瞬の隙。エドが沈み込み、側腹に重い一撃を叩き込んだ。

同時に、エレナの膝がエドの腹を貫いた。


エドが吹き飛ぶ。口元から血。


エレナの目の底に、初めてはっきりとした怒りが灯った。

思わず、左手に力が入る。


かちり。


手の中の銀の翼が歪み、ガーネットに亀裂が走った。


「……安物ね」


指を開いた。破片が落ちる。エレナのヒールがそれを踏み躙った。


ぱきり。


ガーネットが、粉になった。


「邪魔な屑ね」


エドは、その光景を見ていた。

折れた銀の翼。粉になった赤い石。その上の、無感情なヒール。


脳髄が、灼けた。


タリア姉さんの笑顔。ルーシー姉さんが手を振って離れていく背中。胸飾りを受け取って微笑む、想像の中の顔。

全部が、粉々になったガーネットと重なった。

砕けた。


「……ぅ」


赤黒い電弧が、全身から弾けた。空気が、唸るように震える。

鳶色の瞳が、完全に赤黒く染まった。


龍威の背を、冷たいものが駆け抜けた。


「エド!! やめろ!!」


龍威から白い闘気が噴き上がる。


だが、エドが消えた。

エレナの瞳孔が、潰れるように縮んだ。蒼い障壁が展開される。


同じ瞬間、赤黒い残像が、すでに眼前にあった。

エレナの首の高さまで跳んだエドの脚が、頸筋へ振り下ろされる。


ゴオオッ――!!


エレナの両腕が交差した。衝撃波が炸裂する。

十数メートル圏内の硝子が、一斉に砕け散った。


悲鳴が、商業街を覆い尽くした。

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