第33話 休日の使い方
竈の前が、たちまち戦場と化した。
「火が強すぎる! 焦げるでしょ!」
レーナが声を張り上げる。
「じゃああんたがやってみなさいよ!」
別の班員が、すかさず言い返す。
「調味料を入れる順番が違う、今のは早すぎた!」
「あんただってさっき間違えてたじゃない!」
ただの試作のはずだった。
いつの間にか、全員が本気になっている。
分担、火加減、手順。一つ一つの工程が、何度も言い合いになる。
(……思ってたより、ずっと真剣だ)
エドは傍に立っていた。口を挟む隙がない。
(これなら……本当にできるかもしれない)
胸に、安堵が灯る。だがすぐに、それより重い何かが覆い被さった。
(――なら、絶対に失敗できない)
しばらくして、最初の一巡が仕上がった。
全員で囲んで食べる。さっきまで怒鳴り合っていたのに、口に運びながらまだ議論が止まらない。
「味はいいけど、さっきの火加減は絶対におかしい」
「火が少しでもズレたら全部台無しよ」
「そこは担当を替えた方がいいわ」
エドは取り皿を持ったまま、その光景を眺めていた。
視線が、自然とネフリへ向く。
気配を感じたのか、ネフリが目を上げた。
二人の視線が交わる。
言葉はなかった。
ネフリがごく小さく頷いた。それだけだった。
エドは、ふっと息を吐いた。
口元が、わずかに緩んだ。
◇
翌朝。
城館の大広間に、見習い侍従と正規の侍従が整列していた。
空気が、いつもより張っている。
エドは列の中で、無意識に背筋を伸ばした。
アナスが歩いてくる。視線が場を一巡した。
「本日は二つ、伝達事項がある」
凛とした声が通る。
「準備作業は順調に進んでいる。皆の働きに感謝する」
一拍。
「よって――今月の給与を前倒しで支給する。そして、本日は全員休みとする」
静寂。
困惑が広がった。城館に勤めて以来、こんなことは一度もない。
アナスが軽く咳払いする。空気が締まった。
「明日の正午、L.U.N.Aが城館に到着する。舞台リハーサルのためだ」
一瞬の、静止。
エドの呼吸が止まった。
(……姉さん)
「迎え入れの準備を、万全に整えておくように」
次の瞬間、大歓声が大広間を揺らした。
エドの心臓が、激しく鳴っていた。
タリア姉さんと重なるあの顔が、鮮明に蘇る。
(ルーシー姉さん……本当に、来るんだ)
◇
騒ぎが収まると、各々が休日の支度を始めた。
「ねぇ、エド。一緒に来ないの?」
レーナが首を傾げる。
「あー……ちょっと、やることがあって」
エドは頬をかきながら、曖昧に言った。
「やること?」
レーナの目が、一瞬だけエドの視線を追った。
その先に――ネフリがいた。
いつもと変わらない顔。だが、髪の整え方が少しだけ丁寧になっている。
レーナはエドに目を戻した。口の端が、わずかに上がる。
「……なるほどね」
「いっ、いや違――」
「はいはい。自分のことくらい、自分で決めなさいよ」
レーナが軽く手を振り、声を落とした。
「ただね。言いたいことがあるなら、早い方がいいわよ。こじらせると、後がめんどくさいから」
図星を突かれ、エドは答えられず、苦笑だけが浮かんだ。
レーナはそれ以上追及せず、班の女性陣の方へ歩いていった。
「あの子、今日はパスだって」
「えー、荷物持ちがいないじゃない」
「誰か適当に捕まえればいいのよ」
笑い声が遠ざかる。
ネフリは集団の中で一瞬だけ足を止めた。
それから、何も言わず、歩き出した。
エドはその背中が廊下の角に消えるまで、見送っていた。
静かに息を吐く。
◇
部屋に戻り、ベッドの端に座った。
腕輪から口座情報を開く。
「……二千五百銀貨」
数字を見つめる。
(この額で……何を贈ればいいんだ)
首飾り。衣装。花。
浮かんでは、消える。
(どれも、ルーシー姉さんには今さらだろうな……)
背中からベッドに倒れ込んだ。天井を見上げる。
「……誰か、助けてくれ」
力なく、零れた。
しばらく、そのまま。
考えては詰まり、詰まっては考え直す。
(俺は、こういうの本当にダメだ……)
ふと。
脳裏に、一つの光景がよぎった。
食堂で。教室で。廊下で。
女子たちに囲まれている、あの背中。
赤い髪。高い背丈。
(……あいつなら、分かるんじゃないか)
エドは起き上がった。
読者の皆様へ、作者のM-maoです。
最近、私の住んでいる地域で地震が頻発しております。もし今後、時間通りの更新がなかったり、休載の活動報告すらなかった場合は、避難しているか、停電・通信障害に巻き込まれている可能性が高いです。
万が一、1週間以上更新が途絶えたとしても、電波のない避難所にいて連絡が取れないだけの可能性もあるので、どうか心配しすぎないでください。
生まれて初めてこれほど頻繁に地震を経験し、自然の恐ろしさと、天災の前では人間の運命がいかにちっぽけなものかを痛感しています。
いつも応援していただき、本当にありがとうございます。状況が許す限り、そして私が無事である限り、この物語は必ず最後まで書き続けます。これからもよろしくお願いいたします。




