表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~宴と誓いの章~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/108

第31話 二人の距離

前の夜、エドは答えが見つからないまま眠れなかった。

 百人分の料理。一人で。味を保ったまま。

 どう考えても、無理だ。


 頭を抱えてベッドに転がる。


(あと六日しかない……)


 脳裏に、ネフリの顔が浮かんだ。

 手伝いを頼めたら。だが――今の状態で、頼めるのか。


「……無理だろ」


 呟いて、枕に顔を埋めた。



      ◇



 翌日。

 祝宴の準備で、城館中が慌ただしく動いていた。

 見習い侍従も授業は中断され、舞台設営や物資整理に駆り出されている。


 エドは資材を運びながら、視線が何度もネフリとレーナの方へ流れていた。

 口を開きかけては、閉じる。

 レーナの冗談に愛想笑いを返しながら、机の下で、爪が手の甲に食い込んでいた。


(いつからこんなに、意気地なしになったんだ)


 昼になっても、一言も切り出せなかった。

 食堂で、無気力に食器を返却口へ置く。

 振り返ろうとした瞬間。


 清涼な花の香り。

 肩を、軽く叩かれた。


「ついて来なさい」


 一言だけ残し、ネフリは食堂の脇の扉へと歩いていく。

 心臓が、跳ねた。


(……まさか)


 頭の中を、さまざまな想像がよぎる。

 見限られるのか。あの『秘密』を、問い詰められるのか。

 それとも――。


 ネフリの背中を追い、小道を抜け、小さな中庭に出た。

 木の下で、ネフリが振り返る。目が鋭い。

 エドは反射的に背筋を伸ばした。


「言いなさい。朝からずっと、こっちを見てたでしょう」

「え……気づいてたんですか」


 エドが間の抜けた声を出した。


「自分で気づいてなかったの?」


 ネフリに呆れられ、エドは苦笑して首を振った。


「わざとじゃないんです。ただ……どう切り出せばいいか分からなくて」


 ネフリは木に背を預け、腕を組んだ。黙って、先を促す。

 エドは一拍ためらい、深く息を吸った。


 ルーシー姉さんへの恩返しのこと。タリア姉さんの料理を届けたいこと。料理長に認められたこと。そして――百人分という壁。

 話を聞きながら、ネフリは何も言わなかった。

 ただ、その眉が、ほんの少しずつ寄っていく。

 そして、最後に浮かんだのは――非難の色だった。


「それで? 諦めるの?」


 ネフリの言葉に、エドの口が止まった。


「一人じゃ無理だから、やめるって? あなた、それで引き下がるつもり?」

「……だって、一人で百人分なんて――」

「だったら、なぜ私たちに聞かないの」


 鋭い追及に、エドは言葉を失った。


「聞いてもいないのに、勝手に無理だと決めつけないで」

「……先輩、力を貸してくれるんですか」


 恐る恐る尋ねると、ネフリはふいと顔を逸らした。


「難しいわ」


 その一言が、胸に刺さった。

 エドの膝から、力が抜けそうになる。


「二人だけで、百人分なんてできるわけないでしょう」


(二人……?)


 エドの頭が、ゆっくりと上がった。


「先輩、今……二人って、言いました?」


 ネフリの尖った耳が、ぴくりと動いた。


「……っ。別に、そういう意味で言ったんじゃ」


 ネフリの頬がわずかに染まる。エドの顔を手で押し下げた。


「とにかく。レーナたちが手伝うかどうかは知らないわ。まず自分で、大量に作って味が変わるかどうか確認しなさい。それすら分からないのに、人に頼めるわけないでしょ」


 手を離す。


「分量も手順も把握してない状態で、仮に誰かが手伝うと言っても、指示が出せないでしょう」


(……そうだ。そこからだ)


 エドは顔を上げ、力強く頷いた。


「先に試してみます。すぐ戻ります」


 走り出す。

 その背中がすぐに角を曲がり、消えた。


 ネフリの口元が、ほんのわずかに緩む。

 だが、すぐに引き締めた。溜息をつき、立ち去ろうとする。


 足音。

 急いで戻ってくる足音。

 角から、エドが飛び出してきた。


 ネフリの表情が、一瞬だけ揺れた。


「どうしたの」

「あ、いや……」


 エドは息を切らしたまま、気恥ずかしそうに頭をかいた。


「ありがとう、って。言い忘れてたから」


 笑っていた。

 明るく、まっすぐに。


 ネフリは口を開きかけて、視線を逸らした。


「……私は、別に、あなたを助けたくて言ったんじゃないから」


 それから、少しだけ間を置いて。


「それに……あなた、分かってるでしょう。私が本当に聞きたいのは、料理のことじゃない」


 風が、木の葉を揺らした。

 木漏れ日の影が、二人の上を揺れる。

 沈黙。


「……あのことは」


 エドが、先に口を開いた。


「正直、自分でも、まだうまく説明できないんです」


 ネフリの視線が、戻ってくる。

 エドは彼女の目をまっすぐに見た。

 右手を胸に当てる。


「嘘をつくつもりはなかった。隠したかったわけでもない」


 声は静かだった。


「ただ、言葉にできなかっただけです」


 一拍置いて、告げる。


「答えが見つかったら、ちゃんと話します。だから――もう少しだけ、待っていてもらえますか」


 風が止んだ。

 ネフリの呼吸が、わずかに乱れていた。

 右手が動きかけた。伸ばしかけて――止まる。


「……考えておくわ」


 手を背中に回した。


「まだ、あなたを許すかどうか、決めてないから」


 エドはしばらくネフリを見つめていた。

 それから、穏やかに頷いた。


「……待ってます」


 背を向け、今度こそ走り去っていく。

 足音が遠ざかった。


 ネフリは一人、中庭に残された。

 左右を見回す。誰もいない。


 両手で、そっと頬を覆った。

 熱い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ