表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~宴と誓いの章~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/87

第26話 折れた音

静かな旋律が、室内に流れていた。

 だが、ところどころに混じる不自然な強音が、調和を壊している。

 龍威はそれを分かっていた。分かっていても、指が止まらない。


 一時間ほど前。ギターを背負って部屋へ戻った時、扉の前にあの小さな影が立っていた。


「どけ」


 龍威が冷たく言い放ち、腕輪を扉にかざす。


「意外だったよ。音楽系のサークルに入ってたんだな」


 エドの声は、妙に落ち着いていた。龍威は無視して扉を開ける。中へ入ろうとした瞬間。


「明らかに槍の方が合ってるのに、なんでわざわざ棍を使った?」


 足が止まった。


「俺を傷つけたくなかったのか。それとも――あの槍を、手に取れないのか」


 龍威の呼吸が乱れた。ゆっくりと振り返る。


「……喧嘩売りに来たのか」

「いや。この前の対戦は、あんたの実力を引き出せなかった。もう一回、やり合ってほしい」


 エドは真っ直ぐに見据える。


「今度は――あんたの方が、手を出しにくくなると思うけど」


 龍威の縦の瞳孔が、一瞬だけ収縮する。


「でもあの"相棒"を手に取る気がないなら、勝負の意味もないか。邪魔した」


 エドは背を向ける。


「……待て」


 龍威の声が、低く震えた。


「調子に乗るなよ、小僧」

「今夜。裏庭で待ってる」


 そう言い残し、エドは去っていった。



      ◇



 弦を弾く指に、力がこもる。音がまた乱れた。

 視線が、ベッドの脇へ向く。布に包まれた、折れた槍。

 しばらく見つめ――目を逸らした。

 再び弦を鳴らすが、音は戻らない。



      ◇



 夜。裏庭。

 龍威はすでに来ていた。だが誰もいない。


「……チッ」


 忌々しげに舌打ちし、棍を地面に叩きつけた。踵を返す。


「悪い、遅れた」


 背後から、あの痩せた影が駆け寄ってくる。

 龍威の視線が、エドの手元に落ちた。右手に木製の短剣。左手に、あの細身の木剣。


「何のつもりだ。そんな滑稽なやり方で、勝てるとでも?」

「勝てるよ」


 即答だった。

 エドは右手の短剣を背に隠し、左の木剣の切っ先を龍威に向ける。


「もし勝ったら――どうする?」

「あり得ない前提で話すな」

「じゃ賭けようぜ。逃げるのか?」

「……いいだろう」



      ◇



 棍の先端が残影のように走った。鞭のようにしなる一撃。

 カン、と乾いた音。木剣の背で、軽く逸らされた。


 数合、打ち合う。だが当たらない。受け流される。しかも左手一本で捌いている。右手の短剣は、まだ動いていない。


 龍威が攻勢を切り替えた。跳躍し、身を翻す。力で叩き落とす。

 だが優勢は取れない。エドが完全に懐に入り込んでいる。


 エドの木剣が何度も腕を掠めていく。浅く、だが確実に。

 十合も経たないうちに、龍威の呼吸が乱れ始めた。


 脳裏に、影がよぎった。エドではない。大きな姿。冷たい声。蒼い瞳。見下す視線。


『この学院は、選ばれた者の場所よ』

『不要なものは、排除される。ただ、それだけ』


 冷汗が顔を伝う。知らぬ間に、龍威の動きが鈍っていた。


「どうした、赤毛。もう終わりか?」


 エドの声で引き戻される。右手は、まだ動いていない。その余裕が、圧力になる。

 鱗が浮かぶ。瞳が、熔金色に燃える。


「――舐めるなァッ!!」


 白い闘気が爆ぜた。

 その瞬間、エドの右手が動いた。短剣が放たれる。視界から消える速さ。


 龍威は全力で身体を逸らす。髪が数本、宙に舞った。一瞬の破綻。エドは見逃さない。跳躍。上空から木剣を振りかぶり、龍威の頭へ叩き込む。


――バキッ。


 何かが、断ち切れる音。

 龍威の身体が凍りつく。この音を、知っている。あの日と、同じ音だ。

 目を落とす。棍は、折れていない。エドの攻撃を、受け止めている。

 だが――頭の中で、あの音が止まない。


 エドも動きが止まっていた。何かに気づいたように。呆然と、龍威の顔を見ている。

 その隙を――龍威は見逃せなかった。見逃す余裕が、なかった。


 闘気が膨れ上がる。棍を握り直し、横薙ぎ。

 正面から、エドの腹部を捉えた。


 エドの身体が吹き飛ぶ。数十メートル先の芝生に叩きつけられた。

 静寂。

 龍威は両手を見下ろした。今の一撃、どこまで力を込めたか、分からない。

 慌てて駆け寄る。


「おい……!」


 エドは白目を剥き、口元から血が滲んでいた。呼吸が浅い。身体が痙攣している。


「しっかりしろ!」

「――あんたたち」


 背後から声。振り返る。ネフリが芝生の上に立っていた。冷たい面持ち。


「門限の時間よ。こんなところで何を――」


 言葉が途切れた。視線が、地面に落ちる。

 表情が変わった。目が見開かれ、身体が強張る。


「あんた……何を突っ立ってるの……!」


 声が鋭く裂けた。


「早く医務室に運びなさい!!」


 龍威が我に返り、エドを抱え上げた。闘気を纏い、一気に駆け出す。

 ネフリがその背を追う。走りながら、龍威の背中を睨みつけていた。

 唇を、強く噛んでいた。



      ◇



 医務室。緊急病棟。

 分厚い扉は閉ざされ、上部の救急灯が赤く点灯している。


 廊下で、龍威が壁に背を預けていた。顔色が悪い。

 ネフリも傍にいた。椅子に端座し、脚を組み、腕を交差させている。いつもより、はるかに冷たい瞳。


 駆けつけたアナスは、報告を聞くなり公都の医療センターからポリン設備の緊急搬送を手配した。龍威の腕輪は青から黄に変わった。「嫌疑」の色だ。


 ピロン、と電子音が鳴った。

 緊急灯が――赤から、緑に変わった。全員の足が止まる。

 分厚い扉が、ゆっくりと開く。


 エドが、腹を押さえながら出てきた。魔導人形に肩を支えられている。


「どういうことですか。重傷のはずでしょう、なぜ歩いて――」


 アナスが早足で詰め寄る。


「あの……その……」


 エドは周囲の顔を見渡した。ばつが悪そうに目を泳がせ――やがて、深々と頭を下げた。


「本当にすみません。実は……軽傷です。さっきのは、その……冗談でした」


 全員の表情が、同時に凍りついた。


「冗談、ですって?」


 アナスの声が低くなった。


「ポリンの検査レポートには、内臓損傷と記録されていますが」

「一種の……特技、みたいなもので……」


 突然、エドが口を押さえた。全身が痙攣し、白目を剥き――ばたりと倒れた。

 一瞬の間。龍威が棍を握り直した。ネフリの口元が引きつった。


 アナスが倒れたエドを引き起こした。怯えた笑み。口の端が赤い。

 だが――それは血ではなかった。甘い匂い。果実の香り。


「あなたね……」


 アナスの声が、静かに震えた。頭の両側から、巻いた角がゆっくりとせり上がる。


「セリーヌ様の罰は、どうやら甘すぎたようね」

「先日の私闘、罰金五百銀貨。今回は再犯につき一千五百銀貨。さらに――エド・ウォーカー。本日より三日間、懲罰房に収監よ」


 アナスが屈み、エドの手首から腕輪を外した。

 エドの顔色が変わった。

 衛兵に連行されていくエドの背中を、ネフリが見送っていた。唇がわずかに動いたが、声は出なかった。


 アナスは龍威の腕輪を操作し、黄から青へ戻す。


「夜中にうろうろするな。宿舎に戻りなさい。懲罰房がお好みなら、別だけど」


 二人は顔を見合わせ、恭しく頭を下げた。



      ◇



 医務室。

 全員が去ったあと、魔導人形はしばらく動かなかった。

 閉まった扉を見つめている。


『エド君は馬鹿ね……あれだけ言ったのに。このままじゃ、あなたの身体は……』


 言葉が、途切れた。

 表情が、ふっと消える。

 くるりと向きを変え、緊急病棟の奥へ。端末の前で立ち止まった。


 指先がパネルを叩く。投影ウィンドウが開いた。


『送信中――エド・ウォーカー、身体状況データ』


 魔導人形はそれを見届け、静かに背を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ