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『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~学舎と見習い侍従の章~

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第23話 師の影(見習い侍従の章 最終話)

剣を振り終えたセリーヌが、笑みの余韻を残したまま振り返った。

 だが——エドは動かなかった。

 月光に照らされた目が、どこか遠くを見ている。


 セリーヌの姿に、別の影が重なっていた。酒瓶を片手に、月下で剣を狂ったように舞う男。だらしなくて、豪快で、どうしようもなく温かかった。


「……おっさん」


 声が、零れた。


「エド? どうしたの?」


 セリーヌの柔らかな声で、引き戻された。

 目を瞬く。頬が濡れていた。いつの間にか涙が流れている。


「な、何でもないです!」


 慌てて顔を背け、袖で拭う。

 少し間を置いてから、エドは声を整えた。


「……あの、大公爵閣下。ミューザという人を、ご存じですか」


 セリーヌは小首を傾げ、ゆっくりと首を振った。


「聞いたことはないわ。……あなたの師匠が教えた剣法?」

「はい」


 エドの声が、少し沈んだ。


「もう、亡くなりましたけど」

「なるほどね」


 セリーヌは手の中の枯れ枝に目を落とした。


「きっと、この剣法の本当の秘訣を伝える前に、逝ってしまったのね」


 エドが勢いよく顔を上げた。


「閣下、ご存じなんですか」


 セリーヌの目が、静かに鋭くなった。


「この剣法は、見た目は凶暴で攻撃的。最初に学んだ者は、攻めの剣だと思い込む。——けれど、本質は違う」


 一拍置いて、彼女は告げる。


「『破』よ」

「破……?」


 エドの問いに、セリーヌが言葉を継ぐ。


「先に動くのではなく、相手の動きを見てから、その変化そのものを壊す。後の先で、あらゆる型を砕く——それが、この剣のことわり


 セリーヌは再び動いた。今度は極めてゆっくりと。

 一歩ごとに踏み込みが明確で、順と逆が交互に入れ替わる。剣と歩法が、見事な呼応を描いていく。


 エドは息を止めて見つめた。

 三度の往復。その間——一つとして同じ型がなかった。


(……冗談だろ)


 千万回練り上げた朧影歩シャドウ・ステップ。閉じた目でも再現できる師匠の剣筋。

 それを、この人は数手見ただけで——真髄まで読み取った。

 エドは、深いため息をついた。


「……どうしたの、また」


 セリーヌの声に、少し苛立ちが混じる。

 エドは片膝をつき、頭を下げた。


「……閣下の御指導、感謝します。ただ——」


 深呼吸。


「連邦に来てから、食事も、医術も、何もかもが……俺が知っている世界とは違いすぎて」


 声が、わずかに震える。


「自分なりに必死に磨いてきた剣まで、こうしてあっさり見抜かれると……正直、少し——堪えます」


 真実だった。本当に堪えていた。

 セリーヌの表情が揺れた。


「あ——いえ、あなたの師匠の剣法はとても……」


 言葉を探すように、手を動かす。


「私はただ経験から、おおよその理を読み取っただけで……あなたの歩法を借りて自分の流儀で振っただけ。大したことは——」

「大したことない、ですか」


 エドが、ぼそりと呟いた。

 セリーヌが固まった。


「い、違うわ! そういう意味じゃなくて——」


 慌てて手を振る。


「つまりその、あなたの剣法は素晴らしいのよ。ただ私が勝手に真似しただけで——」

「真似した、ですか」

「えっ」


 セリーヌの口が半開きで止まった。

 エドはゆっくりと顔を上げた。


「閣下。『真似した』とおっしゃったのは、閣下ご自身ですよ。俺は何も言ってません」


 沈黙。

 セリーヌの目が、じわりと据わった。


「……あなたね」


 腰に手を当てる。


「この状況で、まだそういう小賢しいことを考えているの」

「滅相もないです。ただ——」


 エドは視線を逸らしながら、ぼそぼそと続けた。


「もし閣下が今後、どなたかと手合わせされた時に、俺の朧影歩を使われたら……俺としては、その——」


 言葉が途切れた。

 セリーヌの両手が、エドの両頬を鷲掴みにしていた。


「い、いひゃい——」

「もう結構よ。分かったわ」


 ぐい、と引っ張る。


「基礎だけ。一度だけ。覚えられなかったら、それまで。——いいわね?」

「はいひゃ!」


 頬を解放されたエドが、何度も何度も頷いた。

 セリーヌは枯れ枝を構え直し、前へ歩き出した。


「見ていなさい。一度しか——」


 振り返る。指を一本立てる。


「一度よ」

「はい!」


 二歩進んで、もう一度振り返った。


「……一度だからね」

「はい!!」


 エドが前のめりになった、その瞬間——。


 こつん。


 指先が、こめかみに触れた。

 いつの間にか、セリーヌがその傍らに立っていた。

 圧倒的な力が、こめかみから体内に流れ込む。全身を火のように駆け巡る。


『雑念を捨てなさい。集中して』


 脳裏にセリーヌの声が響く。

 エドは歯を食いしばり、意識を研ぎ澄ませた。

 闇の中に——セリーヌの剣閃が浮かんだ。

 剣が手にあり、手から離れ、意識と一つになっている。一本であり、万本であり。振るえば——虚空が裂けた。


 目を、開けた。

 裏庭には自分一人だった。月だけが見ている。


 エドは片膝をつき、木剣を両手で高く捧げた。


「——ありがとうございました、閣下」


 興奮に震える声が、夜空に響いた。



      ◇



 高楼の上。セリーヌはエドの姿をしばらく眺めてから、ふっと鼻を鳴らし、背を向けた。

 アナスが後ろに控えている。セリーヌの足取りが、心なしか軽い。


「アナス」

「はい」

「深夜の無断決闘。城内の秩序を乱した罪。——罰するべきよね?」

「しかし、先ほど閣下は——」

「ん?」


 セリーヌが、ちらりと振り返った。

 アナスは即座に姿勢を正した。


「……仰せのままに」

「よろしい」


 セリーヌは頷き、前を向いた。

 その口元が——ゆっくりと、弧を描いた。



見習い侍従の章――おわり



読者の皆様、いつも応援ありがとうございます。作者のM-maoです。


まずはお詫びとお知らせがございます。

最近、仕事や私生活が立て込んでおり、少し体調も崩してしまったため、誠に勝手ながら更新ペースを調整させていただくことになりました。


来週からは**【月・水・金】の週3日更新**となります。(※更新時間自体はこれまでと変更ありません)

楽しみにしてくださっている読者の皆様にはご不便をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。どうかご理解いただけますと幸いです。


さて、魔界でのエドの新生活はいかがでしょうか?

序盤の展開がかなり重苦しいものだった分、魔界では少しリラックスして、日常的な要素も取り入れたいなと思って書いています。


ただ、Web小説特有のテンポ感を考慮して、泣く泣くカットした構想もたくさんあります。たとえば、個人的に一番しっかりと紹介したかった『ザ・グロリアス・トゥエルブ』も、今回は背景の設定にとどめる形になってしまいました……。彼らについては、今後のストーリーの中でエドに少しずつ接触させていけたらなと思っています。


もしエドの物語に心を動かされたり、少しでも「面白い!」と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】の追加や【★★★★★】の評価で応援していただけると嬉しいです!

皆様からの応援が、私の執筆にとって何よりの原動力になります。


これからも本作をよろしくお願いいたします!

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