第19話 お前のせいだ
女子の実戦が終わり、男子の対戦が始まった。
エドは期待していた。あれほどの女子組を見た後だ。男子組も、きっと——。
だが、数組を見て、エドは静かに目を伏せた。
剣を振り回す力任せの殴り合い。歩法もなく、駆け引きもない。魔族の強靭な膂力でただ押しているだけだった。
(……こんなものか)
唯一、魔導銃を扱う一組だけが目を引いたが、それ以外は落胆しかなかった。
場の外では、女子の見習いたちが黄色い声で盛り上がっている。戦いの技術ではなく、誰と付き合いたいかの話題でだ。
やがて、エドの番が近づいた。軽く左手首を振り、息を整える。
「——待て」
高い声が、場を切った。
龍威が列から一歩前に出た。背筋を伸ばし、アナスに向かって騎士の礼をとる。
「総管殿。対戦相手の変更を申請する」
アナスが目を上げた。
龍威はエドを真っ直ぐに指差す。
「エド・ウォーカーとの対戦を希望する」
校庭が静まり返った。
アナスの視線がエドに移る。
「エド。龍威の挑戦を受けるかどうかは、あなたの自由よ」
「断る理由がないです」
エドは肩をすくめ、本来の対戦相手——怯えて震えている小柄な少年に目を向けた。
「あいつが言い出したんだ。君は気にしなくていい」
少年は必死に頷いた。
「……いいわ」
アナスが小さく息を吐き、宣言する。
「次戦、変更。龍威、対、エド・ウォーカー」
女子たちの歓声が、それまでのどの試合よりも大きく弾けた。だが、アナスが冷たい目で一瞥すると、さっと静かになった。
◇
二人が結界へ向かって歩く。
龍威が拳を握った。指の関節が鳴る。
「小僧。あまり失望させるなよ。——俺が自分から挑むのは、初めてだ」
エドは首を緩く回しながら、淡々と返した。
「その威勢が実力に見合ってるといいな。さっきの連中みたいに、声だけでかいのは勘弁してくれ」
龍威の足が、一瞬止まった。
「……生意気な口だ」
低い声。だが、単なる怒りとは違う色が混じっていた。
「シルウィード殿が選んだ人間だ。何かあるとは思っていた。だが——」
金色の縦瞳が、真っ直ぐにエドを射抜いた。
「正直に言う。俺は今でも理解できない。なぜあの方が、お前のような奴を拾ったのか」
エドは答えなかった。
「復讐のために鬼になる覚悟。それ自体は嫌いじゃない」
龍威の声が、一段低くなる。
「だが——水源に毒を流し、一つの街の人間を巻き添えにした。それは別の話だ」
エドの喉が、詰まった。
「あの時、もし入城したのがシルウィード殿の軍でなかったら——毒で動けなくなった市民がどうなっていたか、考えたことがあるか?」
「違う——! 俺は、セリーヌ様の軍の行いを見て——」
「黙れ」
龍威の声が裂けた。
「あの方の名を呼ぶな」
鱗に覆われた手が、エドの襟を掴み、乱暴に持ち上げた。足が地面を離れる。
「お前は最初から計算していたんだ。あの方の軍なら無用な虐殺はしないと。だから安心して毒を撒いた。——そうだろう」
エドの唇が震えた。言葉が出ない。
「お前のせいで、外ではあの方がどう言われているか知っているか」
龍威の瞳が、溶岩のように赤く燃えていた。首筋から頬にかけて、暗金色の鱗が浮き上がっている。
「お前のような卑劣な人間のために——あの方は、総帥の座を失ったんだ」
「——っ」
エドの頭が、白くなった。
「それなのに、お前はこの城で当たり前のように飯を食い、当たり前のように息をしている」
「——お前に、その資格があるのか」
何も考えられない。何も言えない。
ただ——龍威の目の奥にある怒りが、決して嘘ではないことだけは分かった。
「やめなさい、二人とも」
黒い影が割り込んだ。アナスが二人の間に立っている。
「入場前の私闘は即失格よ。それでもいいの?」
龍威は歯を噛みしめ、深く息を吸った。顔の鱗が、ゆっくりと退いていく。
「……失礼しました」
エドを地面に落とし、龍威は先に結界内へ歩いていった。
武器庫の投影が開く。
龍威の視線が、一瞬——銀色の長槍に止まった。荒い呼吸と、止まらない指の震え。
小さく溜息をつくと、彼が選んだのは、重厚な処刑大剣だった。
エドはまだ動けなかった。地面に座り込んだまま。
ぱん。
肩を叩かれた。
「何をぼんやりしているの」
エドはゆっくりと顔を上げた。逆光で、アナスの表情は見えない。
重い足を引きずって、結界へ向かう。
「——いい?」
背中に、もう一言だけ。
「あの方の決定を、辱めるな」
エドの足が止まった。
振り返る。アナスはもう背を向けていた。
「……あの方の、決定……」
小さく呟き、前を向く。
結界の中で、大剣を構えた龍威が待っている。




