第18話 実戦テスト
時間は、あっという間に翌日へと移り変わった。
校庭には、見習い侍従たちがすでに散開し、それぞれ準備を進めている。
テスト開始の合図はまだ鳴っていない。だが女子側は先に動き始めていた。影が交錯し、残像だけが残る速度。足が地を踏むたびに砂塵が舞い、全身に流転する光が呼吸のように明滅している。
エドはその場に立ったまま、微かに首を傾けて視線だけを向けた。
あれは、ただの準備運動ではない。
視線を転じる。男子側は対照的に静かだった。小声で組手をする者、芝生に寝転がって空を見る者。
その中に——赤い髪。
草地の中央に胡座をかき、背筋を伸ばして静座している。淡い白光が身体を巡り、呼吸に合わせて空気がわずかに張り詰めていた。
ゆっくりと、瞼が持ち上がる。
鋭い視線が、まっすぐに突き刺さった。
避けない。
二つの視線が、空中でぶつかる。空気が凍りついたように静止した。
エドの指が、静かに握り込まれた。
——ピーッ!
笛が空気を断ち切り、全員が一斉に整列した。
◇
アナスが隊列の前に立つ。
「これより、男女別の実戦対抗を行う。対戦相手は腕輪が自動選定。同一の紋様を持つ者同士で一組とする」
ピッ。腕輪が一斉に発光した。
エドは手元を見る。表示されたのは——【剣】。
横目で龍威の腕輪を窺う。【炎】。
ほんのわずか、エドの目に落胆がよぎった。同時に、龍威のこめかみがぴくりと跳ねる。奥歯を噛む音が、かすかに鳴った。
レーナが眉をひそめた。彼女の腕輪には【紅薔薇】。隣のネフリにも同じ紋様。二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「……最悪だわ」
◇
低い振動とともに、地面を突き破って四本の金属柱が出現した。金紋が共鳴するように脈動し、淡い金色の光の幕が校庭全体を覆い尽くす。
「制限時間は三分。有効打で得点、点数の高い者の勝利」
アナスの声が、空気の温度を下げた。
「これは演習だ。殺し合いではない。過剰な攻撃で戦闘不能にした場合、即時敗北。加えて、半年分の給与を医療費として徴収する」
「「「了解!」」」
即答。乱れはない。
◇
女子が先に結界内へ入る。
腕輪に触れた瞬間、制服が波打った。液体のように崩れ、身体に密着し、硬化、再構築。白い流線型の装甲が一瞬で形成される。
(こんな機能まで……)
エドが息を呑んだ。
カウントダウン、ゼロ。
最初の一組。氷の槍が空間を埋め尽くした。
それに対し、獣人の少女は——回し蹴りを一つ。氷片が砕け散る。
そのまま踏み込み、空を蹴った。爆ぜる空気。白い衝撃波。二段、三段と加速し、間合いを一気に詰める。叩き落とすような一撃。轟音。砂煙。
決着。
エドは目を見開いていた。
(詠唱してない——?)
氷の術も、空中加速も、全てが無詠唱だった。
◇
数組の対戦が続いた。光が走り、風が裂ける。どの組も、人間の域を超えた速度で打ち合っている。
エドは、ゆっくりと自分の手を見下ろした。
(これが……連邦の侍従か)
光も、熱も。何も起きない掌。
言葉にならない感情が、胸の奥に沈んでいった。
そして——レーナとネフリが、結界に進み出た。
開始の合図。
ネフリの装甲が波打ち、両手に流れ込んだ。凝固し、二振りの漆黒の短剣が形成される。
ネフリの姿が三つにブレる。三方から斬撃が走ったが、刃は空を切った。
同時に、レーナの身体が——消えた。掌サイズに縮んだのだと気づいた時には、足元から甘い桃色の霧と茨が猛烈に生い茂り始めていた。
次の瞬間——ネフリの口が動いた。何かを唱えている。
結界の中が、黒く染まった。
「……!」
エドは目を凝らした。だが、何も見えない。漆黒の霧が結界の内側を完全に覆い尽くしている。
音だけが漏れてくる。
何かが砕ける音。風が渦を巻く轟音。そして——無数の羽音。
結界の表面に、内側から衝撃波が何度もぶつかる。光の壁が波打つたびに、観客がざわめいた。
(中で……何が起きてる……?)
エドには分からなかった。ただ、結界越しに伝わる圧力だけが、二人の戦いの凄まじさを物語っていた。
やがて——終了の笛。
黒い霧が晴れていく。
結界の中に、二人の姿が現れた。
ネフリが立っている。息は荒いが、無傷。
レーナは地面に尻もちをついていた。顔がやや腫れている。だが——笑っていた。
アナスがスコアボードを一瞥して告げる。
「——僅差。ネフリの勝ち」
「あーあ。ボコボコにされたけど、僅差なら上出来でしょ」
レーナがカラカラと笑う。
対する勝者のネフリは——なぜか顔を真っ赤にして、肩で息をしていた。
「あんた……また虫に妙な毒を仕込んだわね……!」
ネフリが睨みつけると、レーナは悪びれもせず微笑んだ。
「さあ? 医務室行く? 熱ありそうだけど」
「医務室じゃない! 今すぐシャワーを浴びる!!」
ネフリは銀髪を振り乱し、逃げるように走り去った。




