表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~学舎と見習い侍従の章~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/87

第17話 罰走

振り抜かれた蹴りが、空中で止まった。

 受け止められている。


 エドの瞳に、わずかな驚きが走った。即座に足を引き、床を蹴って後方へ滑る。

 十メートル先。赤い髪の少年が立っていた。額の両脇から伸びた龍角は太く、ただ立っているだけで空気が重い。

 金色の縦瞳が、まっすぐにエドを射抜いている。


「——ずいぶんやってくれたな、クソガキ」


 低い声。怒りは抑えられているのに、確かな圧が滲んでいた。

 エドは足首を軽く回した。一瞬の接触だけで分かる。さっきまでの連中とは、別物だ。


(桶が邪魔だ——)


 足元に置こうと腰を落とした瞬間、視界が歪んだ。

 来た。速い。

 拳が鼻先をかすめる。間を置かず連撃が重なり、逃げ場を削るように押し寄せてくる。エドは水桶を提げたまま後退し、紙一重でいなし続けた。


(間合いが……広い——!)


 そのとき。


「——やめなさい!!」


 鋭い声が廊下を貫いた。アナスだ。

 エドの意識が、一瞬だけ揺れる。


 その隙を、龍威は見逃さなかった。回転を乗せた一撃——直撃は避けた。だがエドの右手から鉄の桶が弾き飛ばされる。

 重い桶が空中を舞い、その先に——駆けつけたばかりのアナスが立っていた。


「危なっ——!」


 エドが叫ぶ。

 だが、アナスは動かない。指先を軽く振った。


 ひゅん。


 鉄の桶が空中で綺麗に二つに割れた。断面は鏡のように滑らか。中の水だけが弧を描いて散り——ちょうど起き上がったばかりの取り巻き二人の頭上に、容赦なく降り注いだ。


「ぶはっ!?」


 ずぶ濡れの二人が呆然と立ち尽くす。

 次の瞬間——ドゴン。重い拳が二つ、エドと龍威の頭頂に落ちた。


「いい加減にしなさい、馬鹿ども」


 二人が同時にうずくまる。アナスの背後に、ネフリの姿があった。


「——さあ、説明しなさい。何があったの」


 アナスの声は静かだったが、咎めるような響きがあった。

 エドは頭の瘤を押さえながら口を開いた。


「……罰で立っていただけです。あいつらが先に絡んできて——」

「ふざけるな」


 龍威が食い気味に噛みつく。


「総管殿、見ての通りだ。こいつの手口が、どれだけ卑劣か」


 アナスの視線が、廊下の惨状を巡った。太った少年が胸を押さえて辛うじて立っている。白髪の一人は膝を抱え、もう一人は太腿を庇っていた。

 視線がエドに戻る。


「発端がどちらであれ、廊下での私闘は校則違反。加えて——エド。あなたの反撃は過剰よ。殺す気だったの?」


 エドの喉が詰まった。視線を落とし、小さく首を振る。


「……すみません」

「エド、校庭三十周。今すぐ」

「はあ!?」


 顔を上げた瞬間——アナスが、にこり、と微笑んだ。

 背筋に氷が走った。


「文句があるなら五十周でも?」

「ありません!」


 エドが慌てて叫ぶと、横で龍威が鼻で笑った。

 アナスがすかさず視線を移す。


「——龍威。あなたも二十周。主導している時点で同罪よ」

「なっ……」


 抗議しようとしたが、アナスはすでに背を向けていた。



      ◇



 灼けつく日差しの下、広い校庭に二つの影が伸びていた。

 龍威が大股で地面を蹴る。エドは短い脚を高速で回し、食らいつくように並ぶ。


 三十周はとうに過ぎていた。

 だが——どちらも止まらない。


 周囲で見物していた女子生徒たちが、呆れて去っていった。衛兵が交代した。アナスは、とっくに午後のお茶を飲みに行っていた。

 それでも止まらない。


 口から泡を吹き、足が攣り、視界が揺れても——隣の奴が走っている限り、止まるわけにはいかなかった。

 結局。二人とも動けなくなるまで走り続け、観客のいない校庭で、同時に崩れ落ちた。


 引き分け。



      ◇



 夕焼けが、宿舎の階段を赤く染めていた。

 二つの影が、手すりにしがみつきながら這い上がっている。


「俺の方が……先だ……」


 龍威が荒い息を吐きながら呻く。


「幻覚見てんのか……蜥蜴」


 エドも負けじと言い返した。

 龍威が手すりに体を預け、震える腕でようやく顔を上げた。


「後日の……実戦テスト……逃げるなよ。今度は本気でやる」


 エドは一段上で足を止めた。振り返らない。肩だけで息を整える。


「望むところだ。泣くなよ」

「誰が——!」


 龍威が踏み出そうとした瞬間、足が崩れた。手すりを掴んで辛うじて堪える。


「……けっ。野猿なんかに構ってられるか」


 吐き捨て、背を向ける。鉛のような足を引きずりながら、二階の廊下へ消えていった。

 エドは震える脚で二段ほど登り、そこで止まった。見下ろす。


「——おい、赤蜥蜴」

「……何だ」


 下の階から、不機嫌な声が返る。


「俺の部屋、お前の真上だ」


 エドは短く、上を指差した。


「毎晩、頭の上で踏みつけてやるから。ありがたく思え」

「——てめぇッ!!」


 龍威の怒声を聞く前に、エドは手足を使って三階への階段を這い上がっていた。速いとは言えない。だが止まらない。


 屋根裏部屋の扉が閉まった。

 音が消えた瞬間——。


 壁にもたれたまま、力が抜ける。膝が折れ、身体がずるりと床へ落ちた。

 荒い呼吸だけが、静かな部屋に残る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ