表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~学舎と見習い侍従の章~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/87

第15話 兆し

——振動。


 腕輪が強く震えて、目が覚めた。いつの間にか机に突っ伏していたらしい。窓の外は、すでに暗く落ちていた。


「やば……!」


 軽く顔を洗い、エドは慌てて部屋を飛び出した。


 宿舎のホールには、見習いたちが整列していた。だが——何人かが、さりげなく口元を押さえている。

 エドは周囲から向けられる嫌悪の視線に気づき、自分の身体を嗅いだ。


(……昨日、風呂に入ってなかった)


 周囲に申し訳なさそうな笑みを向けてみるが、誰も目を合わせようとはしない。細かな嘲笑だけが耳に届く。

 視界の端には、あの赤髪の少年の取り巻きたちがいた。本人は前を向いたまま無反応だが、周囲の空気は刺々しい。


(おかしいな……別に何もしてないのに……)



      ◇



 アナスが各班に清掃の任務を割り振り、それぞれが浮遊車へ乗り込んでいく。

 エドは、レーナたちの車に向かおうとしなかった。


「おい、新入り。何突っ立ってんの」


 レーナが車内から催促する。


「あの……先に行っててください。俺、後から追いつきます」


 エドは自分の胸元の襟を摘んだまま、気まずそうに目を逸らした。


「くだらないこと言ってないで、早く乗りなさい」


 ネフリが冷たい声で遮る。


「でないと——もう二度と、乗せないから」


 エドは少し目を見開いた。

 班の面々を見る。全員、冷淡な顔だ。だが——その目は「早くしろ」と語っていた。

 エドは小さくため息をつくと、駆け寄って車に乗り込んだ。


「まったく、もたもたしないでよ」


 メンバーから小言が飛ぶ中、レーナが元気よく叫ぶ。


「出発!」


 浮遊車が勢いよく発進した。

 車内では、いつものように談笑が始まる。エドには分からない話題ばかりで、誰も話しかけてはこない。

 けれど——嫌悪の目では、見られていなかった。

 それだけで、少しだけ胸が軽くなった。



      ◇



「ふあ……ぁ……」


 エドが大きな欠伸をかみ殺しながら、だるそうに目をこすった。


(まずい……)

「大丈夫なの」


 隣からネフリの声がした。心配の色はあるが、口調はいつも通り冷たい。


「平気です」


 へへ、と笑い、エドは手元の棚を拭き続ける。


「昨日、何してたの」


 ネフリは銀器を磨きながら聞いた。


「本を読んでたら、いつの間にか寝てました」

「……は?」


 ネフリの尖った耳がぴくりと跳ねた。


「本気で言ってるの? 一晩中?」

「だって、本当にたくさんあるんですよ。あの腕輪と机を繋ぐと、ものすごい量の本が読めるんです」


 エドが清掃具の先端部品を交換した。その目から、疲労の色が消えていく。


「医術も薬学も、知らないことばかりで——」


 声がどんどん熱を帯びていく。

 エドの目が輝き始め、手の中の清掃具を振り回しながら、昨夜読んだ内容を語り出した。ネフリは最初こそ冷ややかな顔だったが、次第に興味深そうに耳を傾け始める。


 ——だが、エドが清掃具を危うく振り回しすぎた瞬間。


「——止めなさい。分かったから、先に手を動かして」


 ネフリが低い声で制した。


「あ、すみません」


 エドは照れくさそうに笑い、作業に戻る。

 ネフリは少し間を置いてから、銀器に視線を落としたまま言った。


「……ところで、昨日はずっと本を読んでいたのよね?」

「はい」

「つまり——宿題は、やってないわよね?」


 エドの手が、止まった。

 ぱちぱちと瞬きをして、ゆっくりとネフリを振り返る。


「……宿題? 宿題って、何ですか?」


 ネフリの動きも一瞬止まった。緩慢に振り向いたその目は、呆れ果てていた。

 エドは首を傾げたまま、状況が飲み込めていなかった。



      ◇



 朝の清掃と朝食を終え、学舎へ。

 鐘が鳴ると間もなく、ミランダがヒールの音を響かせて教室に入ってきた。

 何人かの宿題を褒めた後、彼女は鋭い視線を向けた。


「エド・ウォーカー」

「はい」


 エドは背筋を伸ばして立ち上がった。


「あなたの宿題は?」

「……申し訳ありません。昨夜、本を読むのに夢中で……忘れました」


 ミランダが教壇の上で指をコツ、コツ、と規則的に叩く。


「初日の宿題を忘れるとは、いい度胸ね」

「本当に申し訳ありません」


 エドは深く頭を下げた。

 ミランダは軽く息を吐くと、教室の後方を教鞭で指した。


「今日は、立って聞きなさい」

「……はい」


 エドは反論せず、静かに後方の隅へ移動した。

 だが——赤髪の少年の近くから聞こえてくるひそひそ声と、小さな笑い声が肌に刺さる。


(……こいつら、本当に……)


 エドは奥歯を噛み締めた。



      ◇



 授業が終わり、エドは席に戻って机に突っ伏した。


(やばい、本気で限界だ……)

「あんた、大胆ねぇ。初日の宿題を忘れるなんて」


 レーナが茶化すように笑う。


「わざとじゃないんです……」


 エドが力なく答えると、レーナは彼の肩をポンと叩いた。


「ほら、しっかりしなさい。次は錬金教室よ」

「……本当に大丈夫?」


 ネフリの声が、静かに重なった。

 エドは顔を上げ、無理やり笑みを作る。


「大丈夫です。ちょっと……眠いだけですから」


 へらりと笑って見せたエドを、ネフリはしばらく見つめ、何も言わずに視線を外した。



      ◇



 錬金教室に足を踏み入れた瞬間、奇妙な匂いが鼻をついた。

 透明な器具。複雑な管。冷たい光を放つ球体。


(完全に、分からない……)


 エドが教室を見渡していた、その時。

 肩を、後ろから強く突かれた。

 バランスを崩し、前へよろめく。


 ぶつかった——柔らかい感触。


「きゃっ」


 短い悲鳴。エドは弾かれたように飛び退いた。

 目の前で、ネフリが顔を真っ赤にしてお尻のあたりを押さえていた。


「す、すみません! わざとじゃ——」


 ネフリが振り向く。怒りの矛先を探すように。

 その視線の先——赤髪の少年の取り巻きが数人、にやにやと笑っていた。


「うわぁ、大胆だねぇ、クソガキ」


 ネフリの眉が吊り上がった。


「あなたたち——」


 言いかけた、その瞬間。

 隣から、ギリ、ギリ、と不快な音が聞こえてきた。歯を激しく擦り合わせる音だ。


 エドが、取り巻きたちを射抜くような目で見ていた。

 その掌には、いつの間にか——数本の鋭い釘が握られている。


 ネフリの瞳が、わずかに見開かれた。


(この子——いつ、どこからそれを取り出したの……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ