第6話 琥珀の目
作業を続けていると——隣の気配に、ふと意識が向いた。
すぐ横の席。銀白の長い髪を高く結い上げた少女が、黙々とパネルを操作している。褐色の肌に、長く尖った耳。ダークエルフだった。
エドがその画面をじっと見ていると——琥珀色の瞳が、こちらを向いた。
「いつまで見てるの?」
冷たい声だった。エドの肩がびくりと跳ねる。
「す、すみません! その……もし手伝えたらと思って……」
少女は無言でエドを見つめた。数秒。
「あなたの仕事、終わってるの?」
「終わってます!」
エドは急いで腕輪を操作し、作業ログを表示させた。少女はパネルを一瞥し——わずかに目を見開いた。
「……本当ね」
「文字はまだ読めないんですけど……種類くらいなら、分かるので」
少女は小さく息を吐き、こめかみを指で押さえた。指先が、ほんの一瞬だけ震えていた。すぐに手を下ろす。
「邪魔しないなら、いいわ」
「本当ですか!」
思わず声が弾んだ。少女の眉がぴくりと動く。
「……静かに」
「す、すみません」
エドは慌てて口を押さえた。
その後、二人は並んで作業を続けた。エドは言葉を使わず、ひたすらアイコンだけを見て分類していく。少女も何も言わない。
思ったより難しくない。むしろ——ちょっと楽しいかもしれない。
隣の少女の指は速い。正確で、無駄がない。エドは何度か横目でその動きを追ったが、見ていることを悟られないよう、すぐに視線を戻した。
いつの間にか、時間が過ぎていた。
◇
やがて作業が終わると、皆が椅子にどっと座り込んだ。
「みんな、お疲れさま」
軽やかな声が響いた。亜麻色のショートヘアのエルフ少女が、紙袋を抱えて入ってくる。窓の外はすでに橙色に染まっていた。
「差し入れ持ってきたよ」
白い箱の蓋が開いた瞬間、濃厚なソースの香りが広がった。
その匂いに——。
ぐぅ。
静かな倉庫に、はっきりと響いた。
全員の視線が、エドに集まる。エドは顔を真っ赤にした。
「す、すみません……まだ何も食べてなくて……」
複雑そうな沈黙。それを破ったのは——ぱん、ぱん。拍手だった。
「はいはい、そこまで」
エルフ少女が笑って言う。
「どうでもいいこと気にするの、あとにして。——新人くん、自己紹介してくれる?」
「は、はい! エド・ウォーカーです! 人間で、十二歳で——」
「はい、そこまで。大体の事情は知ってるから」
軽い口調だった。だが、その一言で——倉庫の空気が、ほんの少しだけ変わった。
「私はレーナ。城内見習い侍従、第三班の班長」
レーナは周囲に目を配りながら、班員を簡単に紹介した。エドを含めて六人。エド以外は全員、女性だった。
反応はまばらだ。軽く手を振る者。無言で頷く者。目を合わせない者。
「詳しい話はまた今度ね。このあと、めちゃくちゃ忙しくなるから」
レーナはエドを見た。笑顔のまま、だが声は少し厳しい。
「もし足引っ張ったら——総管殿に言って、別の班に回してもらうから」
「はい! 頑張ります!」
皆が急いで食べ始めた。エドも箱を開ける。一口齧った瞬間——目が丸くなった。美味い。思わず夢中で頬張りかけて、ふと手が止まる。
周りの皆は急いでいるのに、どこか動作が綺麗だった。姿勢も、箸の持ち方も、自然と整っている。
頭の中にアナスの声が蘇る。
『あなたは——大公爵閣下が連れてきた人間よ』
エドは背筋を少し伸ばした。それから——隣のダークエルフの少女の食べ方を、こっそり真似した。ゆっくり。丁寧に。
その瞬間——琥珀色の視線が、こちらに向いた。
エドは慌てて顔を逸らす。
(……やっぱり気づかれた)
レーナの紹介で聞いた名前が、頭に残っていた。
ネフリ。
(……綺麗な名前だな)
◇
シルウィード城、西側の庭園。
夜が降りると同時に、宴が始まった。
笑い声、グラスの音、料理の香り。桃色の魔導人形が料理皿を運び、空中を静かに浮かんでいる。庭園を囲む回廊には色とりどりの灯りが揺れ、客の影が何百と動いていた。
その裏側を、第三班は走り回っていた。
皿を回収し、テーブルを拭き、厨房と客席を何度も往復する。エドは大きなトレイを両手で抱え、人波の隙間を縫うように駆けた。
「先輩、出せます」
「そこに置いて」
ネフリが短く指示する。魔導人形がトレイを受け取り、透明なカバーが自動で閉じた。そのまま浮かび上がり、客席へ向かっていく。
エドはそれを見送りながら、首を傾げた。
「あれ……浮いてるのに、料理こぼれないんですか?」
ネフリは無言で見下ろした。しばらく沈黙。
「おーい!」
レーナが厨房から顔を出す。
「中は戦場なんだけど! 二人ともおしゃべりしてる暇あるの!?」
エドは背筋を伸ばし、すぐ厨房へ走った。
「すみません!」
ネフリは平然と振り返る。ポニーテールが揺れた。
——顎に手を当てた。
(見かけによらず……単純じゃないわね、この子)
少しだけ、目が細くなった。




