第3話 光と別離
魔王城の中央広場に、二つの隊列が並んでいた。
セリーヌ隊と、スレイア隊。それぞれの転移門が、淡い光を湛えて待っている。
兵士たちの身体が光に包まれ始めた。誰も驚かない。慣れた光景なのだろう。
エドだけが、その場に立ったまま——少し離れた場所を、目で追っていた。
広場の隅。ターゲルの星光がセリーヌとスレイアを包んでいる。二人とも穏やかな表情で目を閉じていたが、光が触れるたびに、かすかに眉が動いた。
(……怪我?)
見た目は何ともない。だが——あの光は、明らかに治療のそれだ。
「ルーシーさん」
「うん?」
「セリーヌ様たち、怪我してるんですか? さっきまで普通に見えたけど」
ルーシーの目が、一瞬だけ左右に揺れた。
ぱちぱち、と二度の瞬き。
「あ——ううん、大丈夫。ちょっと旧い傷が疲れで出ただけ。幻霊殿が調整してくれてるの」
笑顔。だが、声のトーンが半音高い。
エドは、黙った。
「……そっか。ならいいんだけど」
頷いて、視線を逸らす。
だが胸の奥で——別の顔が、重なっていた。
(……あの二人、一緒だ)
(嘘をつく時の反応まで……一緒なんだな)
目が泳ぐ。瞬きが増える。声が少し上ずる。
タリアが夜中にこっそり台所で夜食を食べているのを見つけた時、まったく同じ顔をしていた。
——少し迷った。
それから、口を開く。
「その……ルーシーさん」
「うん?」
「ルーシー姉さんって……呼んでもいい?」
ルーシーが目を丸くした。
数秒。それから、しゃがんだまま——エドの頭に、そっと手を置いた。
「タリアのこと、思い出した?」
小さく、頷く。
「……似てる?」
「……うん」
指先が頬に触れた。温かい。そして——軽く、つねられた。
「いいよ」
その一言で。エドの目の奥が、じわりと熱くなった。
思わず手を伸ばしかけた——が。
「お前たち」
セリーヌの声が飛んだ。
振り向くと、腕を組んで立っている。横でスレイアが笑っていた。
「そろそろ帰るぞ」
◇
ルーシーが慌てて立ち上がる。
「ごめんごめん!」
エドは鼻の頭をこすり、目を拭った。走って二人のもとへ向かう。
広場の向こうでは、スレイア隊の転移門がすでに光を強めていた。
スレイアがこちらを見て、大きく手を振る。
「坊や! 暇だったらサルタリスに遊びに来なよ! セリーヌのとこより楽しいよ~!」
「は?」
セリーヌが睨んだ。
「余計なこと言うな、馬鹿」
スレイアは気にせず笑っている。
その向こうで——ルーシーが、手を上げた。口が何か動いている。声は届かない。
次の瞬間。光が強くなり、姿がぼやけていく。
エドは少しだけ笑った。
「うん。また会おう」
小さく呟いた言葉は、光の中に溶けた。
◇
セリーヌ隊の転移門をくぐる。
足が地面を踏んだ瞬間——空気が変わった。
熱い。重い。
両側に巨大な山脈が聳え、切り立った岩壁が雲を突き刺している。その狭間を、長い坂道が続いていた。
「うっ……」
視界がぐらついた。転移の反動が、遅れて膝に来る。よろめき、隣の兵士の肩にぶつかった。
「おい」
冷たい声だった。若い悪魔が無表情でこちらを見る。
「余計なことするな。間抜けな顔、引っ込めろ」
「……すみません」
エドは歯を食いしばり、自分の頬を叩いた。
(しっかりしろ)
歩き始める。汗がすぐに額を伝った。十数分も経たないうちに、何度も拭っている。
先頭を歩くセリーヌの背中は遠い。その隣にフィリスの影が見えるが、声は聞こえない。
ただ——坂を登るにつれて、別のものが感じられ始めた。
頭の上から、何かが圧し掛かってくる。
重い。冷たい。目には見えない。
だが——肌が粟立ち、呼吸が浅くなる。
(上に……何かいる)
一歩ごとに、重さが増す。膝が軋み、胸が詰まる。
足が止まった。動けない。
パシッ。背中を叩かれた。
「馬鹿。ぼさっと立つな。歩け」
「あっ……す、すみません!」
慌てて歩き出す。だが胸の奥で、嫌な予感だけが膨れ上がっていく。
そして——坂の頂上に、辿り着いた。
言葉を失った。
空を無数の竜が旋回している。地上には輝く鎧の軽騎兵が整然と並び、空中には異装の魔女たちが浮かんでいた。城門の両脇には城壁のような巨人が、微動だにせず立っている。
圧倒的な軍勢。
だが——エドが本当に恐怖したのは、その先だった。
軍勢の前方に、十一人の影。
青と白の軍装。風にはためくマント。ただ立っているだけだ。それだけなのに——底の見えない威圧感が、空気ごと歪めていた。
さっきから坂の上に感じていた重圧は——これだった。
血の臭いをまとった女。禍々しい茨を纏う女。巨人のような体躯の男。子供のように小さな者。
誰一人として、「弱い」と思わせる存在がいない。
そして中央に——一人の女性。
片方の角が折れている。だが、黄金の瞳がゆっくりとこちらを向いた。
それだけで。
皮膚が裂けそうな圧迫感が、全身を貫いた。
その瞬間——十一人が、同時に動いた。
ザッ——!
全員が、一斉に片膝をついた。




