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『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
始原の使徒編

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第56話 目覚め (始原の使徒編 最終話)

世界が、色を失っていく。


 崩壊ではない。ただ——褪せていく。

 ガラスの欠片のように、景色が一枚ずつ剥がれ落ちていた。


 エドは座り込んでいた。

 立てない。身体が震えている。


(また——無駄だったのか)


 タリアの方を見た。

 淡い炎たちが、彼女のそばに寄り添っている。

 だが、タリアの身体は——半分が、黒と白の線に変わり始めていた。


 その時。


「う——ッ!」


 頭を抱えた。目と鼻から血が滲む。

 世界が悲鳴を上げている。音が、直接脳を掻き毟る。

 次の瞬間——視界が暗くなった。


 何かが覆い被さってきた。

 身体が、包まれている。

 音が——消えた。


(この匂い……)


 エドは押し退けようとした。

 だが——手が、途中で止まった。

 力なく、垂れ下がる。


「……何のつもりだ。これは」

「なんでもないよ。ふふ」


 声が、近い。頭の上から。


「ただ——少しの間、お別れだから」

「お別れ?」


 エドは数拍、黙った。


「……やっと、消えてくれるのか」

「ひどいなぁ、クソガキ」


 声に怒りはなかった。むしろ——笑みが混じっている。

 腕が、少しだけ強くなった気がした。


「曲がりなりにも、ずっと傍にいてやったのに」

「なら、先に約束を果たせ」


 エドの声が硬くなった。


「村の皆の魂を——全員、解放しろ」


 沈黙。


「……それは、今は無理だ」

「何だと」

「少し……休まないと」


 声が掠れた。


「まさかこの宇宙に、あっち側の犬がいるとはね……」


 声色が変わった。

 温度が、数度下がったような。

 怨嗟の気配が、肌を刺す。

 エドの背筋に、悪寒が走った。


「……でも」


 エドの声が、震えていた。


「お前は、約束したんだ。皆を……解放するって」

「いつも……こうやって、俺の努力を弄んで……」

「ごめんね……坊や」


 声が、また変わった。

 柔らかく、温かく。

 魂の痛みが、溶けていくような声。


「次に会った時には——ちゃんと、約束を果たすから」

「次って……いつだよ」


 エドの手が、彼女の腕を掴んだ。


「ふふ」


 答えは、笑い声だけだった。

 身体が熱くなっていく。

 脳裏に、村人たちの顔が一人ずつ浮かんでは消えていった。

 抱擁が、軽くなっていく。

 身体が浮いている。どこかに落ちていくような、昇っていくような。


「これが……今の私に、できる精一杯」


 声は、まだ彼女の声だった。

 脳裏に、タリアの顔が浮かんでいる。

 笑っていた。


「聞きなさい、坊や」

「私は、しばらく眠る」

「この世界は——お前にとって、優しくない」

「私が目覚めた時に……あっさり死んでいたら、承知しないからね」


 沈黙。


「……やっぱりか」


 エドの声は、低かった。


「前から不思議だったんだよ……なんで俺が、生き延びられたのか」


 冷たい笑みが漏れた。


「でも分からねぇな。なんで……お前は、俺にここまでする」


 頬に——柔らかいものが触れた。

 指のような感触が、頬を撫でていく。

 長い沈黙。


「だって、私は神だもの」

「こんな可哀想な子を、放っておけないでしょう」

「ふざけんな」


 エドの歯が軋った。拳が白くなる。


「お前が俺にしたことを——あれが、神のやることか」

「神は——お前たちが望むようなものじゃないのよ、坊や」


 気配が、耳元に近づいた。


「優しくて……残酷なの」


 唇に、何かが触れた。

 柔らかく、温かい。


「——ん」


 本能的に振り払おうとした。

 だが——。

 胸の奥に、何かが流れ込んできた。

 熱い。だが、刃のような鋭さではない。

 溶けるように、深く沈んでいく。

 鈍い痛みが、心臓の裏側を脈打った。

 柔らかさが、離れた。


「なん、で……」

「ふふふ……」


 笑い声は温かかった。

 だが——遠ざかっていく。

 脳裏のタリアの顔が、輪郭を失い、滲んでいく。

 身体が——落ちていく。


 暗い。

 深い。

 音がない。



      ◇



 スカロディアが、ゆっくりと目を開けた。

 指先を、エドの眉間から離す。

 もう片方の手で、そっと額を押さえた。


「陛下……お身体は」


 セリーヌが一歩前に出た。


「大丈夫よ」


 微笑を浮かべた。だが目元に、拭えない疲労の翳がある。


「……あの中に棲んでいたモノは、去った」


 視線が、眠り続ける少年の顔に落ちた。


「目を覚ませるかどうかは……この子次第ね」


 部屋に、緊張が走った。

 だが——。


「う……」


 微かな。

 蚊の鳴くような、掠れた呻き。

 病床の上で——少年の睫毛が、震えた。

 ゆっくりと、薄く、瞼が開く。


「エド君……?」


 ルーシーが口を押さえた。

 目に、涙が溢れていた。


「嘘でしょ——本当に起きた!」


 スレイアが目を見開いた。

 誰もが、安堵の息を漏らしかけた。

 その時——。


「う……ぐ、ぉえッ……!!」


 エドの目が見開かれた。血走った双眸。

 痩せた身体が跳ね起き、ベッドの縁に突っ伏した。

 全身が痙攣している。胃液が口から溢れた。


「ちょっと! 大丈夫!?」


 スレイアが咄嗟に駆け寄ろうとした。

 その足音に——エドの身体が、びくりと固まった。


 ガバッ。


 首が回った。充血した目が、全員を捉えた。

 獣の目だった。

 痩せた腕がベッドを掴み、身を起こそうとする。攻撃の姿勢。


 ドサッ。


 膝が折れ、ベッドの上に崩れ落ちた。

 だが倒れない。

 両手でシーツを掴み、指の関節が白くなるまで、身体を支えている。

 空気が、凍った。


 誰も動けなかった。

 あの目に——近づける者がいなかった。


 静寂の中で。


「……エドくん」


 声は小さかった。

 震えていた。

 だが——温かかった。


 エドの身体が、硬直した。

 充血した瞳が、声の方を向く。

 ルーシーが、そこにいた。

 涙が頬を伝っている。

 両手を膝の上で握りしめたまま、動かずに。

 ただ——少年を、見つめていた。


 エドの拳が、微かに——震えた。



始原の使徒編――おわり

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