第53話 自由の罪
スカロディアは高みから見下ろしていた。
口元に、冷たい弧を描いて。
「どうした。——先ほどは、私が脆いと断じたのではなかったか」
人形の視線が、スカロディアの背後に向いた。
ターゲルの星光が、静かに輝いている。
『……あの従者か。そやつの加護があったからこそ、吾の結界を抜けられた——という訳だ』
人形が、淡々と背を向けた。
細い指が、軽く弾かれた。
パァンッ——!!
赤黒い雷が走った。
スカロディアの光の分身が——跡形もなく消し飛んだ。
周囲の黒白の線ごと、蒸発させて。
「——貴様ッ」
スカロディアの目に、怒りの色が走った。
『安い幻で吾を愚弄するとは——!』
人形の身体が融解した。黒と白の線が解け、墨のように広がっていく。
『見せてやろう。「吾」を怒らせた代価を——!』
黒白の空間が痙攣した。
スカロディアの周囲に、無数の光膜が浮かび上がる。
異なる次元。異なる星。異なる文明。
宇宙の各所で「いま」起きている光景が、投影されていた。
最初の一枚——荒野。
焼け落ちた集落。鎖に繋がれた人々が引きずられている。
侵略者の兵士たちが、笑っていた。
その中に——一人の少年がいた。膝をつき、拳を握り締めている。
瞳に、赤黒い光が灯った。
身体から赤黒い靄が噴き出し、兵士たちを呑み込んでいく。
だが靄は止まらない。味方にも、子供にも、区別なく広がっていった。
次の一枚——蒼い星。
軌道上の艦隊が砲撃を浴びせ、都市が蒸発していく。
地上の人々の瞳が、一斉に赤く染まった。
赤黒い柱が天を貫き、艦隊を呑み込む。
——だが、柱はそのまま大地をも呑んだ。
次。また次。
別の星。別の種族。別の言語。
だが起きていることは、すべて同じだった。
虐げられた者の中に赤黒い力が宿り、反撃し——
そして最後には、自らもその色に染まっていく。
繰り返される。幾度も。幾度も。
「——止めろぉッ!!!」
スカロディアの顔に、初めて——激怒が浮かんだ。
錫杖が輝きを放つ。かつてない金色の奔流が、崩壊する星域に向かって溢れ出した。
(一つでいい——救え——!)
金色が、星に触れた。
靄が一瞬だけ退いた。
だが——次の瞬間、金色が赤く染まった。
スカロディアの光が、赤黒く侵されていく。
星の上で殺し合う命の身体に、蒼白い炎が灯った。
虚無の火だ。存在そのものを焼く炎。
星が軌道を失い、隣の星と衝突する。空間が裂け、漆黒の特異点が生まれた。
周囲のすべてを——呑み込んでいく。
「そんな……馬鹿な……」
錫杖を握る手が、宙で止まっていた。
金色の瞳に映っているのは、自分の光が星を砕く映像。
『ケケケケ……』
人形が両手で頬を包み、芝居がかった仕草で仰け反った。
『おやおや——見てください。この高貴な女神さまが!』
『ご自分の手で、あの哀れな星々を粉々に……!』
虚空の中を優雅に滑り、くるりと回った。
ドサッ。
人形が虚空に膝をついた。両手を合わせ、天を仰ぐ。
『ああ——慈悲深き父よ。この暴虐の女神をお赦しください……うぅうぅ……』
刹那、沈黙。
『——アハハハハハハッ!!!!!』
白い面が裂けるほどに口を開き、身体が痙攣した。
スカロディアは、静かに目を閉じた。
(……逝った子らよ)
唇だけが、微かに動いた。
——金色の睫が、濡れていた。
四方の黒白線が歪み、嘲笑う巨大な顔が幾つも浮かび上がった。
「……この……外道が……」
スカロディアが唇を噛んだ。血の色が失せた唇から、震える声が絞り出される。
「汝も私と同じく神でありながら——なぜ、ここまで残酷になれる」
『残忍?——ふぅん』
人形が嘲るように笑った。
パチンッ。指が鳴った。
漆黒の線が四方から殺到した。
スカロディアの四肢に巻きつき、引き上げ——宙へ磔にした。
背後のターゲルの星光が歪み、光が極限まで暗くなっていく。
『勘違いするなよ、小娘』
人形がゆっくりと浮かび上がり、磔にされた女王の前に来た。
白い指が、スカロディアの顎を持ち上げる。
虚無の面に、赤い唇が浮かんだ。
『こうして苦しみなく逝く方が——汝ら無能の神に導かれて滅ぶよりも、余程慈悲深い』
スカロディアが喘いだ。
「汝の……目的は……命あるもの全てを滅ぼすことか……」
『手を下したのは、汝だろう? 吾ではない』
人形の指がスカロディアの頬をゆっくりと撫でた。
視線がターゲルに流れた時——虚無の面に、赤い唇が浮かんだ。
妖艶で、冷たい。
『殺し合う「自由」を与えておきながら——壊れたら、神罰で直す』
『与えて、壊して、また与えて。——飽きないものだな、お前たちは』
『すべての元凶は——「自由」という毒を垂れ流した、お前たちだよ』
ソレが両腕を広げた。虚空に向かって。
(……「自由」ゆえに、滅びに至る——か)
スカロディアは目を伏せた。
睫の奥で、一瞬——鋭い光が走った。
すぐに消えた。
(ソレは……一体、何処の神の眷属だ……)




