表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
始原の使徒編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/87

第52話 界域の主

空間が収縮し、弾けた。

 星河のような光が一瞬だけ溢れ——消えた。


 暗い。

 音もない。温度もない。

 虚無そのものが、広がっている。


 スカロディアは周囲を見渡した。

 手の中の錫杖が、光を失っていた。宝石の中で流転していた星雲が、凍りついたように動かない。

 指が、自然と柄を握り込んだ。


『おやおや』


 声が降ってきた。

 方向はない。上下も、左右もない。

 ただ、虚無の中に音だけが在る。

 幾重にも重なった、不快な声。


『招きもしないのに……随分と行儀の悪い客だ』

「——この気配。やはり、汝の本体はここか」


 スカロディアの目が細まった。錫杖の先が、闇の一点を指す。


『ほう。この領域くにまで辿り着くとは』


 声の調子が変わった。冷たくなった。


『名を聞こう。——何奴なにやつだ』

「人に名を問うなら、先に名乗るのが道理よ」

『……道理、か』


 笑いが混じった。


われの庭に……土足で……ずかずかと……』


 声が、ゆっくりと這うように言葉を並べた。


『壁を壊し、床を焼いて……それで道理を説くのか。

 ——きひ。お前、好きだよ』


 スカロディアの唇が、薄く引き結ばれた。


「——交渉の余地はなさそうね」

『同感だ』


 沈黙が、数拍だけ続いた。


 轟ッ——!!!


 金色の奔流と、赤黒い濁流が衝突した。

 虚無の空間に、山脈ほどの亀裂が走る。

 光と闇が絡み合い、弾け、散った。

 二合、三合。

 試し合いのような交錯が繰り返される。


 スカロディアの錫杖が弧を描く。

 黄金の軌跡が虚空を切り裂き、闇を押し返していく。

 だが——手応えがない。

 斬っても、灼いても、闇は形を変えて流れ戻ってくる。


「……っ」


 数度の交錯で、スカロディアの表情が変わった。

 眉間に皺が寄る。


(この闇——底がない)


『キヒヒヒヒヒ――!!!』


 笑い声が、四方から反響した。


「——甘い」


 スカロディアの目が鋭くなった。

 錫杖を身の前で回し、杖尾を虚空に叩きつけた。


「——かい


 パキィッ——!


 空間そのものに、亀裂が入った。

 闇が砕け、破片が剥がれ落ちていく。

 その下から——金色の光が溢れ出し、黒霧を駆逐していった。

 霧が晴れた先に、それは立っていた。


 黒と白の線で編まれた身体。

 胸の中央に、赤い硝子のような光。

 頭部は——白い面。目鼻のない、のっぺりとした仮面。

 額の中央にだけ、漆黒の古い紋が刻まれている。


 スカロディアは、上から下までゆっくりと目を走らせた。


「……これが、汝の真の姿か」

『ご期待に添えず、申し訳ないことで』

「確かに。拍子抜けね」


 スカロディアの錫杖が光を集めた。

 ——振り下ろす前に、腕が止まった。


「——何……?」

『くくく……きひ……』


 笑い声が、あらゆる方向から湧き上がった。

 人形の身体が溶け始めていた。

 黒と白の線が解け、金色の領域に染み込んでいく。

 消えるのではない。

 融けている。この空間そのものに。


 スカロディアの目が見開かれた。


(——まさか。黄金領域の中に……)


 目を閉じた。

 眉間に、一筋の金色の光が走る。


「——開眼かいがん


 額の中央に、黄金の縦瞳が現れた。

 映し出された世界は——色を持たなかった。

 黒と白の線が狂ったように交差し、絡み合い、空間そのものを形成している。

 混沌。歪み。不吉。

 まるで子供が暗闇の中で描き殴った落書きのような次元。


 その中心に——スカロディアは立っていた。

 いや、立たされていた。

 線が足に絡み、腕に巻きつき、錫杖ごと縛り上げている。


 頭上から、声が降ってきた。


『なんだ。神の視座を持つ者かと思えば——随分と脆いものだな』


 人形が、逆さまに浮かんでいた。

 乱線の天蓋から、こちらを覗き込んでいる。


 赤黒い電弧が線を走り、スカロディアの全身を貫いた。

 ビリビリと、焼ける音がする。

 スカロディアは——声を上げなかった。

 歯を食いしばり、顎を引き、ただ耐えている。

 目は閉じない。黄金の瞳が、人形を見上げ続けている。


 電弧が走る。二度。三度。

 線が締まる。骨が軋む音がする。

 声は、出ない。

 一度も。


『…………』


 人形の首が、傾いだ。

 仮面の奥で——困惑が生まれている。


(なぜ、叫ばない)


 四度目の電弧。

 スカロディアの唇から血が滲んだ。

 だが——その口元が、微かに弧を描いた。

 笑っている。


「——やはり。そこまで愚かではないようね」


 声は、スカロディアの口からではなかった。

 この黒白の次元の、さらに上。

 線すら届かない、高みから。


『——汝は、いつ——』


 人形が見上げた。

 乱線の天蓋が裂けている。

 その裂け目の向こうに——星空があった。

 星空の中、錫杖が横に浮いている。

 その上に、スカロディアが腰掛けていた。

 脚を組み、頬杖をつき、見下ろしている。


 背後に、ターゲルが佇んでいた。

 星光の幻影が、静かに輝いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ