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『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
始原の使徒編

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第50話 観測者

星のような光が散り、消えた。

 ルーシーがゆっくりと目を開ける。


「……あれ?」


 柔らかな陽光が、窓から差し込んでいた。

 質素だが温かみのある部屋。木の壁。薬草の匂い。

 自分はベッドの脇に座っている。

 隣のベッドで、エドが静かに寝息を立てていた。


「ここ、は——」


 カチャリ。

 扉が開いた。

 顔を上げた瞬間、ルーシーの目が見開かれた。


「へ、陛下……っ!」


 慌てて膝を折ろうとした。

 だが——身体が柔らかな力に支えられ、膝が床に着かない。


「しっ」


 スカロディアが唇に指を当てた。


「ここは療養の場よ。堅苦しいことは不要。——座りなさい」


 穏やかな微笑。

 だが視線はすでにルーシーを離れ、ベッドの上の少年に移っていた。

 セリーヌとスレイアが、扉の脇に控えている。


 スカロディアが静かにベッドの縁に歩み寄った。

 細い指が、エドの額に向かって伸びる。


「陛下——!」


 セリーヌが一歩踏み出した。


「あれは危険です。触れれば——」

「大丈夫よ」


 振り返りもしない。

 指先が、エドの眉間に触れた。


 ジジッ——バチィッ!


 赤黒い電弧が少年の全身から噴き出した。

 空気が焼ける臭い。ルーシーが咄嗟にエドを庇おうとした。


「——鎮まれ」


 低く、静かな一言。

 赤黒い電弧が、水面に落ちた火のように——掻き消えた。


 一瞬で。

 残響すらなく。


 セリーヌとスレイアが、呼吸を忘れていた。

 二人がかりで受け、吹き飛ばされ、重傷を負った力。

 それを、指一本で。


「この子に纏わりついていた『枷』は、砕いたわ」


 スカロディアは指先をエドの眉間に置いたまま、声だけを後ろに向けた。


「これから中を視る。——静かにしていなさい」


 瞼が、閉じた。

 指先に、瑠璃の金色が灯った。



      ◇



 暗い。

 音のない空間。

 スカロディアの意識が、少年の内側に沈んでいく。


 最初に触れたのは、光の欠片だった。

 丘の上。木剣を振る少年と、無精髭の男。風に揺れる草。笑い声。

 冬の夜。紫の髪の女性の腕の中で、猫のように丸まっている子供。

 町の広場。下手な剣舞を披露して、拍手を浴びている少年。耳まで赤い、純粋な笑顔。


 どれも、温かかった。

 だが——深く沈むほど、欠片の間に暗い隙間が増えていく。

 記憶と記憶の間に、不自然な空白が挟まっている。

 一つではない。幾つも。

 まるで、誰かが意図的に切り取ったように。


 スカロディアの意識が、空白の一つに触れた。


 ヴゥン——。


 見えない壁が、押し返してきた。

 力ではない。存在そのものが拒絶している。

 目を開けた。


(……これは、少年自身のものではないわね)


「——ジャカビシュ!」


 空間が軋んだ。

 低く、重い振動が、記憶の虚空に波紋を広げる。

 スカロディアの傍らに、幾何学の幻霊が投影された。

 頭部は扇形の光輪。胴体は、無音で回転する漆黒の球体。

 周囲の空間が、その存在だけで歪んでいる。


 光輪が回転を始めた。

 術式の列が滝のように流れた。

 空白の壁が、内側から解けていく。


 色が戻る。音が戻る。

 映像が、浮かんだ。


 燃えている。

 村が、燃えていた。

 木材が爆ぜる音。煙が空を覆っている。

 その中を、小さな影が這っていた。

 全身が血に塗れている。

 目の前の燃える小屋に向かって、手を伸ばし続けていた。

 何度倒れても。何度煙に肺を灼かれても。

 意識が途切れるまで。


 スカロディアは、目を閉じた。

 一瞬だけ。

 その一瞬で——周囲の記憶空間に、硝子が割れるような細い亀裂が走った。

 すぐに目を開ける。亀裂は消えていた。

 表情は、変わらない。


 視線を、もう一度少年に落とした。

 少年の口が動いている。声にならない声で、何かを叫んでいる。

 拳が地面を打っている。もう何度目かもわからない。


 スカロディアは両手を静かに重ね、目を伏せた。

 その時。


 ヴゥゥゥン——————。


 ジャカビシュの光輪が、不規則に明滅した。

 術式の列が乱れ、球体の回転が減速していく。

 スカロディアが顔を上げた。


「どうした」


 返答はなかった。

 ジャカビシュの輪郭が滲み、光の粒子が剥がれ始めている。

 ——拒まれている。この空間そのものに。


 光輪が最後に一度だけ強く明滅し——消えた。

 粒子が散り、虚空に溶ける。

 後には、静寂だけが残った。


 スカロディアの眉が寄った。

 その瞬間——。


 周囲の記憶が、凍りついた。

 炎が止まった。煙が止まった。空気の粒子一つ一つが、時間を失ったように静止している。

 音が、消えた。

 死の沈黙。


 スカロディアの瞳が、鋭くなった。


(何が——)


 視線が、少年に戻った。

 エドは——動いていた。

 凍りついた世界の中で、彼だけが。


 だが。

 その動きは、人のものではなかった。

 カクン、と首が折れた。

 骨が鳴っている。

 カチ、カチカチカチ——止まらない。


 スカロディアは動かなかった。

 瞳の金色が、深くなった。


 少年の顔から——目が消えた。鼻が、唇が。

 すべてが白い皮膚の下に沈んでいく。

 その面に——横一文字の裂け目が走った。

 耳まで裂け、白い歯が剥き出しになる。


 笑っている。

 凍りついた炎の中で。

 時間の止まった記憶の中で。

 それだけが、動いている。

 裂けた口が開いた。


「お——前——は」

「見——て——い——る——な——?」

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