第43話 光の隙間
「はい、あーん」
「いいって、姉さん。もうこんなに大きいんだから自分で——あーん」
「ほら、素直じゃないんだから」
肉団子を噛む。柔らかくて、温かい。
エドは不満そうな顔をしていたが、口の端がどうしても上がってしまう。
(……幸せだな)
食事を終え、タリアに言われるまま布団に潜り込んだ。
「大人になっても、タリア姉さんにこうしてもらえたらいいな……」
布団を引き上げ、顔を埋める。淡い花の匂いがする。
甘い想像を抱えたまま、目を閉じた。
闇。
いつもの闇だ。音もない。温度もない。
だが——今回は少し違った。
視線の先に、細い光の線が走っている。壁に入った亀裂のような、頼りない光。
(……光?)
意識が、吸い寄せられるように近づいていく。
近づくほどに、声が聞こえ始めた。途切れ途切れの、くぐもった声。
『この子は……背負い……すぎて……』
『……諦め……ない……で……』
『やらせて……セリーヌ……』
(セリーヌ……?)
脳裏に姿が浮かんだ。白い軍装の背中。跪いている。横顔が見える。厳しい目。だがその奥に、悔いの色。
『お前の覚悟を、見抜けなかった』
(ごめん……?)
(なんで、俺に謝ってるんだ……?)
分からない。だが胸の奥が締め付けられた。
意識が、白い光に向かって手を伸ばす——。
◇
テレサの端末が鳴ったのは、兵たちが海岸で休息を取っていた時だった。
「ポリンシステムに不明な侵入……? 病室で爆発?」
表示を見た瞬間、テレサの顔色が変わった。
「……っ」
「どうした、テレサ」
背後からの声に、テレサは一瞬だけ言葉を選んだ。
「医療中枢……ポリンシステムに異常侵入の報告です」
短く言って、視線を落とす。
「原因は不明。記録にも痕跡がありません」
沈黙。
セリーヌは都市の方へ目を向けたまま、静かに言った。
「……なるほど」
そして、テレサへ視線を戻す。
「心配するな。お前は間違っていない」
テレサがわずかに息を止める。
「この件は、私がモネイアラに説明する」
その一言で、空気が変わった。
「……だが、まずは状況を確認しに行くぞ」
「……はい!」
浮遊車が呼び寄せられ、二人はすぐに乗り込んだ、都市へ向かう。
◇
医療室は半壊していた。
壁に亀裂が走り、計器の残骸が床に散乱している。焦げた匂いが漂う。
その中で、ルーシーはエドの傍に座っていた。
ベッドの縁に腰掛け、片手でエドの手を握っている。もう片方の手は膝の上。指先が細かく震えていた。
服は煤と埃にまみれ、腕には切り傷が幾筋も走っている。だが、治療を受けた形跡はなかった。
「ルーシー! 何があったの——」
スレイアが駆け寄りかけ、足を止めた。
ルーシーの手を見た。
エドの手を握っている方の手。爪が割れ、皮膚が裂けている。瓦礫を素手で掻き分けた跡だった。
「……ルーシー。話して」
セリーヌが隣に立ち、静かに言った。
ルーシーは顔を上げた。目が赤い。
「検査中に……アルファが異常を起こしました。脳内に不明な信号があると。それを安定させようとした途端——」
声が詰まった。
「——システムが、自爆を」
「自爆? ポリンに自爆機能は搭載されていません」
テレサが即座に否定した。
「でも、起きたんです」
ルーシーの声が、少しだけ硬くなった。
「爆発の直前に……アルファの画面に、顔が出ました。笑っていたんです。『渡さない』って」
沈黙が落ちた。
セリーヌが目配せをした。スレイアがルーシーの側頭部に指を当てる。記憶が映像として浮かび上がった。テレサが端末で記録する。
テレサが端末を操作している。眉が寄った。
「ポリンの録画と、ルーシー様の記憶映像——歪み方が違います。機械と人の目に、別のものが映っている」
「認識そのものを弄れる……?」
スレイアの目が細くなった。
セリーヌはベッドの傍に立ち、エドの顔を見下ろした。穏やかな寝顔。何も知らない顔。
「この子は、何に取り憑かれているんだ……」
しばらく、誰も口を開かなかった。
「セリーヌ」
スレイアが一歩前に出た。
「やらせて」
「……何をする気だ」
「この子の中に入る。直接見れば、何がいるか分かる」
セリーヌが振り返った。眉間に皺が寄っている。
「相手の正体が分からない。精神に干渉すれば、お前まで巻き込まれる可能性がある」
「分かってる」
「お前の身体は万全じゃない。戒律の杖の傷が——」
「分かってるわよ、そんなこと!」
スレイアの声が跳ねた。
部屋が静まった。
スレイアは息を吐き、声を落とした。
「……この子はね、セリーヌ。あの村で私たちがやるべきだったことを、一人でやったの」
ルーシーがスレイアを見上げた。
「手を汚すのは私たちの役目だった。なのに、この子が全部背負った。十二歳の子供が」
「だから——今度は、私たちが動く番でしょう」
セリーヌはスレイアの目を見つめていた。長い沈黙。
やがて、息をついた。
「……精神防壁は私が張る。少しでも異変を感じたら、強制的に切断する」
「いいわ」
「無茶はするな」
「するに決まってるじゃない」
スレイアが笑った。セリーヌは笑わなかった。
スレイアがベッドの傍に膝をついた。指先が宙を舞い、唇が詠唱を紡ぐ。
エドの身体が、柔らかな桃色の光に包まれた。
光の粒子が浮き上がり、形を変えていく。
蝶だった。
淡く光る蝶が、少年の周りをゆっくりと舞い始めた。
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