第39話 ポリンの警告
浮遊車が、白い塔のような建物の前で止まった。
ルーシーはエドを背負い、足早に入口を抜ける。感応式の扉が音もなく開き、大理石のように白く磨き上げられた空間が広がった。明るい。匂いがない。空気そのものが濾過されているような感覚。
白衣の一団が、足早に歩み寄ってくる。
先頭の男は体格がよく、端整な顔立ちだが、近づくにつれて頬が紅潮し、動きが妙にぎこちなくなった。
「ル、ルーシー様……やはり、L.U.N.Aのルーシー様ですよね!? あの、初めまして、ドゥガと申します、大ファンです!」
早口で頭を下げる。何度も下げる。
「ありがとう、ドゥガさん。見ての通り今ちょっと手が塞がってるから、サインは後でね」
「あっ、す、すみません……!」
ドゥガが慌てて姿勢を正した。
「受付の手続きは済ませてあります。ポリンが病室までご案内しますので」
灰白色の球体が数機、音もなく浮いてきた。核の中央から緑の光がエドの身体をなぞる。
『患者、バイタル正常。意識不明の原因は心的外傷と推定。精密検査を推奨します』
球体が寄り集まり、青い光の膜が開いた。転送門だ。
ルーシーは一瞬足を止め、ドゥガを見た。
「大丈夫です。中でポリンが準備を整えてお待ちしていますので」
ルーシーは頷き、エドを抱え直して光の中に踏み込んだ。
白。
壁も床も天井も、境目がない。まるで色のない空間に放り出されたようだった。
足元で何かが動く。中央に台座が浮き上がり、球体のポリンが嵌まった。
青い光の線が部屋中を走る。
光が通った場所に、ベッドの輪郭が浮かんだ。計器が空中に形を成し、アームが伸びてくる。光が、そのまま物質に変わっていく。数秒前まで何もなかった空間に、完全な医療室が出現していた。
ルーシーは足を止めたまま、息を呑んだ。
(……これが、モネイアラ様の技術)
(連邦を離れていた数年で、ここまで……)
『初めまして。本件を担当する医療看護ユニット、コードネーム"アルファ"です。患者をベッドへお願いします』
ルーシーはエドをそっとベッドに横たえた。
計器が起動する。細いアームがエドの胸元、こめかみ、手首に触れ、データが画面を流れていく。
室内に電子音だけが響いていた。
ルーシーは椅子に座り、両手を膝の上で握り締めている。機械の音より、自分の心臓の音の方が大きく聞こえた。
エドの寝顔を見つめる。穏やかな表情。こうして眠っている分には、ただの少年だ。
(お願い……目を覚まして)
(もし覚めたら……)
指先が、無意識にエドの手に触れた。
(また、私を見て怯えるのかな)
『検査完了』
ルーシーの肩が跳ねた。
『生命徴候は正常。ただし、脳内に異常な信号パターンを検出。安定化を試みます』
(脳……?)
ルーシーの目が見開いた。
記憶が走る。
初めてエドに会った日。牢の中で、彼はずっと頭を押さえていた。苦しそうに顔を歪めて、何かに耐えるように。
妖狼族の兵士を吹き飛ばした直後——奪った短剣を、自分のこめかみに向けて突き立てようとした。
あの時は取り乱しただけだと思っていた。
だが、もし——。
ピィィィィ——!
警報が室内を切り裂いた。
アルファの画面が赤く明滅する。
『警告。不明信号源を検出。ポリンシステムへの侵入を確認』
「アルファ? 何が——」
『不明——不明——解析、不能……』
計器の数値が暴れ始めた。エドの身体が微かに痙攣する。
「エド! しっかりして! エド!!」
ルーシーがエドの手を掴んだ。冷たい。
(お願い——目を覚まして——!)
『エド——!!!』
◇
背筋に、冷たいものが走った。
(……何だ、今の声——)
考える暇はなかった。
背後から、鋭い風切り音。
エドは振り返りざま、手にした鉈で受けた。
ガギィンッ!
火花が散る。腕に痺れが走った。
弾き返し、距離を取る。
目の前に立っていたのは——長剣を片手に、穏やかに笑う男だった。
「……やるじゃねぇか。まさか受けるとはな」
聞き慣れた声。見慣れた顔。
さっき、この腕の中で息を引き取ったはずの——。
エドの顔が歪んだ。
鉈の切っ先が、真っ直ぐに向けられる。
「この……クソ野郎がッ……!!」
目の前の『ミューザ』は、笑みを崩さなかった。
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