第23話 断罪の空
王都ルカドナの朝は、晴れていた。
雲ひとつない青空。
だが、中央広場には重い沈黙が澱んでいた。
民衆は誰も口を開かない。
怯えた目が、処刑台を見つめている。
高台の上、セリーヌとスレイアが視線を交わした。
(……おかしい)
敵意なら慣れている。だが、これは違う。
ブォン。
低い駆動音。
処刑台の中央で、『広域投影水晶』が起動した。
光の粒子が収束し、巨大な幻影が浮かび上がる。
淡い水色の長髪。純白の礼装。
その美貌は神聖でありながら、同時に氷山のような冷徹さを湛えていた。
『グランディの民よ』
広場が静まり返った。
『私はアルタナス連邦統制官、スカロディア』
『本日は裁きを見届ける立場にある。恐れずにいてほしい』
セリーヌが一歩前へ出た。
「本日の審理は、グランディ帝国法に基づき執行します」
「我々は侵略者ではありません。それだけは理解していただきたい」
言葉は整っていた。
だが、広場の空気は変わらない。
人垣から、囁きが漏れた。
「……毒を撒いたのは、お前らだろ」
「昨日の空……子供が泣き止まない」
小さな声。だが、波紋のように広がっていく。
「信用できるか、こんな連中」
「結局、俺たちを実験台にしたんだ」
「頭がおかしくなりそうだった……あれは拷問だ!」
囁きが、やがて怒号に変わった。
「魔族なんか信用できるか!」
「昨日のアレ、どう説明するんだ!」
『シルヴィード卿。説明を』
スカロディアの声が響いた。
セリーヌは膝をついた。
「毒を撒いたのは、我が軍の協力者です。私の監督不行き届きでした」
『その者は?』
「本日の処刑リストに含まれております」
スカロディアの視線が、スレイアへ移った。
『クラウエル卿。昨日の現象は事実か』
スレイアがセリーヌの隣に跪いた。
「……はい」
『事情は分かった。だが、我々への疑念を招いた事実は重い』
「あの赤い空は何だったんだ!」
「お前らのせいで、うちの婆さんは寝込んだままだぞ!」
「謝って済む問題か!」
罵声が激しさを増す。
セリーヌが唇を噛んだ。
その時。
スレイアが立ち上がった。
「民衆よ、聞きなさい」
広場が静まった。
「昨日の現象は、私の独断です」
セリーヌが息を呑んだ。
「典獄長の虐殺を暴く意図でした。ですが、配慮が足りず、皆様に苦痛を与えました」
「責は私にあります。連邦軍の総意ではありません」
「なんだと……お前があの地獄を見せたのか!」
「ふざけるな! 死んで詫びろ!」
「魔女め! 処刑しろ!」
怒号が爆発した。
「陛下!」
セリーヌが叫んだ。
「クラウエル卿は確かに軽率でした。ですが、監獄の惨状を見れば……」
「彼女はその後、不眠不休で治療に尽力しました。どうか……」
副官たちも一斉に頭を下げた。
スカロディアは目を閉じた。
沈黙。
『……功は功、罪は罪だ』
セリーヌの背筋が凍った。
『民を恐怖で支配することは、我が連邦の理念に反する』
『連邦軍律に基づき、戒律の杖、五十回。直ちに執行せよ』
「陛下、それは——」
「謹んでお受けします」
スレイアの声だった。
肩が震えている。だが、顔は上がっていた。
「スレイア……」
スレイアはセリーヌにだけ見える角度で、小さく笑った。
『大丈夫』
口の動きだけで、そう言った。
彼女は処刑台の中央へ歩き出した。
その背中は小さい。
けれど、誰よりも真っ直ぐだった。
処刑台の中央。
スレイアは跪き、両手を前についた。
背中を晒す。
執行官が歩み出た。
手には、淡い魔力光を帯びた『戒律の杖』。
表情はない。命令を遂行する機械のような冷徹さ。
ヒュッ——
一撃目。
バシィッ!!
鈍い音が広場に響いた。
「っ……!」
スレイアの肩が跳ねた。
だが、声は出さない。歯を食いしばり、顔を伏せたまま。
民衆がざわめいた。
「本当に……やるのか」
「魔族が、魔族を罰してる……」
「嘘だろ……」
二撃目。三撃目。
バシィッ! バシィッ!
スレイアの背中が揺れる。
拳が、石畳を掻いた。爪が割れる音がした。
それでも、声は出さない。
十撃目を超えた頃。
蒼月魔導師団の団員たちの間から、すすり泣きが漏れ始めた。
「団長……」
「もう、やめて……」
ガレットが歯を軋ませた。
アリシアが目を逸らし、拳を握りしめている。
シンシアは両手で口を押さえ、涙を堪えていた。
そして、ルーシー。
彼女はスカロディアの幻影に向かって、一歩踏み出した。
「陛下、どうか——」
「退がれ」
氷のような声が、彼女を止めた。
セリーヌだった。
「総帥……!」
「これ以上の嘆願は、軍の規律を乱す」
「ですが——!」
「退がれと言っている」
セリーヌの声には、一切の感情がなかった。
副官たちは言葉を失った。
だが、ルーシーだけは気づいた。
セリーヌの右手。
剣の柄を握りしめている。
その指が、白くなるほど力が入っていた。
唇も、血の気を失っている。
(総帥……)
ルーシーは俯いた。
何も言えなかった。
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