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『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
グランディ帝国編

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第21話 咎人たちの夜

それは、エドが目を覚ます少し前のこと。

夜の(とばり)が下りた監獄は、死のような静寂に包まれていた。

湿った石壁に、松明(たいまつ)の炎がゆらりと影を落としている。


その長い回廊(かいろう)を、一つの足音が支配していた。


カツン、カツン、カツン。


規則正しく、迷いなく、そして重い響き。

セリーヌは奥へ奥へと歩を進める。

その手には、一冊の蒼い革表紙の日記帳が握られていた。


途中、入り口近くの独房に視線を投げる。

粗末なベッドの上、少年は泥のように眠っていた。

安らかな寝息。


だが、彼女の足は止まらない。

さらに奥、重罪人が収容される最深部へ。


ギィィ。


重い鉄扉が開く。

そこに、彼女はいた。


グランディ帝国の元女王、ベレーラ。


簡素な木の椅子に、静かに腰を下ろしている。

王冠はない。豪奢(ごうしゃ)なドレスもない。

だが、その背筋は凛と伸び、瞳の光だけは失われていない。


ただそこに座っているだけで、彼女は「王」だった。


「……おや」


ベレーラが僅かに目を見開いた。


「魔族の総帥閣下が、こんな夜更けに何用かしら」


セリーヌは静かに足を踏み入れ、石壁を一瞥した。


「ケインには、王宮で過ごせるよう手配させたはずだ。なぜ、あえてここを選んだ?」


ベレーラは薄く微笑んだ。


「あそこは……もう私の居場所ではないもの」

「……そうか」


セリーヌは向かいの椅子に腰を下ろした。

ケインが心得たように扉を閉める。


前置きはなかった。

二人の会話は淡々と始まり、そして長く続いた。


      ◇


廊下。

ケインは門番のように直立し、腕の装置に目を落とす。


(……もう五十分か)


驚きを禁じ得ない。

あの総帥が、捕虜相手にこれほど長時間を割くなど、前例がない。

分厚い扉の向こうは、不気味なほど静まり返っている。


ガチャリ。


ようやく、鉄扉が開いた。

セリーヌが出てくる。

その肩から、いつもの張り詰めた緊張が僅かに抜けているように見えた。


手に持っていたはずの日記帳は、もうない。


「行くぞ」


セリーヌは多くを語らない。

ただ一瞬だけ、複雑な色を帯びた瞳で背後の扉を振り返り、歩き出した。


独房の中。

ベレーラはベッドの端に座り込んでいた。

膝の上には、あの日記帳。

震える指先が、革の表紙を愛おしげに撫でている。


一ページ目を、開く。


そこには、稚拙(ちせつ)だが懸命に書かれた筆跡があった。

そして、ページに挟まれていた何かが滑り落ちた。


風鈴草(カンパニュラ)で編まれた、花のブレスレット。


切れている。

汚れが、乾いたまま残っている。


「っ……」


ベレーラの指先が震えた。

触れれば崩れてしまいそうな、脆い花弁に触れる。


音もなく溢れた涙が、稚拙な文字の上に染みを作った。


      ◇


来た道を引き返す。


セリーヌは、入り口近くの独房に明かりが灯っていることに気付いた。

中では、エドが壁に向かって座り込み、何やら書き付けている。


彼女は足を止めた。

鉄格子の隙間から覗く。

壁一面を埋め尽くす、歪んだ文字の羅列。


セリーヌは、その小さく痩せた背中を無言で見つめた。

しばらくして、口を開く。


「……いつからだ、この準備をしていた」


エドは振り返らない。


「四年」


短い返答。

セリーヌの瞳に、痛ましい色が浮かんだ。


「後悔はないのか」

「後悔?」

「我々に任せればよかったものを」


セリーヌは静かに言った。


「あの貴族どもは、いずれ我々が裁いた。軍法会議にかけ、相応の報いを受けさせたはずだ。お前が手を汚す必要はなかった」

「あいつらがどう死ぬかは、どうでもいい」


エドの声は静かだった。


「俺の手で殺す。それだけが、俺にとって意味があった」


間が空いた。


「……明日の審問(しんもん)。覚悟はできているな」

「いいえ」


予想外の答えに、セリーヌが眉を上げた。


エドがゆっくりと振り返る。

その瞳には、(すが)るような光が宿っていた。


「覚悟を決める前に、一つだけ確認させてください」

「何だ」

「あの桃色の髪の魔女……」


エドの声が震えた。


「あいつは、あらゆる物を『治す』力を持っているように見えました」

「だから……俺の故郷の、無惨に殺されたみんなも、もしかしたら……」


セリーヌは少年の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

静かに瞼を閉じる。


「確定した死は、覆らない」

「たとえスレイアの力であろうと、理には逆らえん」

「死者は、(かえ)らないのだ」


独房に、重い沈黙が落ちた。


「……そうですか」


エドは俯いた。

再び背を向け、名前で埋め尽くされた壁を見上げる。

深く、長く、息を吐き出した。


「分かりました。なら、覚悟はできました」


セリーヌは少年の背中を見つめた。

細い。あまりにも薄い。

こんな子供が、一人で地獄を背負ってきたのか。


彼女はもう、何も言わなかった。

軍靴の音を響かせ、その場を立ち去る。


足音が遠ざかっていく。

エドは鉄格子に歩み寄り、冷たい棒を握りしめた。

去りゆく背中を、静かに見送る。


「……ごめん」


その時だった。

セリーヌが曲がり角へ消える寸前。

その背後に、もう一つの影が掠めた。


ほんの一瞬。

視界の端に映っただけの残像。

だがそれは、エドの心臓を鷲掴みにするには十分すぎた。


ドクンッ。


呼吸が止まる。


(……バカな)

(あり得ない)


エドは鉄格子に顔を押し付け、誰もいなくなった曲がり角を凝視した。

眼球が乾くのも忘れ、見開かれる。

息が荒い。


身体を反転させる。

壁を見る。

一番高い場所に刻んだ、その名前を。


『タリア・カリス』


その文字を目に焼き付けることで、暴れ狂う心臓を無理やり落ち着かせる。


(あり得ない……そんなはずがない)

(見間違いだ……ただの幻覚だ……)

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