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『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~宴と誓いの章~

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第48話 酸っぱい一切れ

「う、嘘ぉ……ッ!?」


中庭の真ん中で、エドは両耳を押さえて立ち尽くしていた。


「これっ、L.U.N.A公都ライブの……特別席のチケット、だよね!?」


第三班の少女たちが、淡い金色の小さな札を取り囲み、目を輝かせている。


「エド、これ本物!?」

「偽物じゃないよね……!?」

「こんな席、普通は手に入らないよぉ……!」

「本物だよ……。ルーシー姉さんが、昨日は皆が頑張ってくれたから、ご褒美にって」


ほんの一瞬、中庭が静まった。

次の刹那、先ほどの倍はあろうかという悲鳴が、空を突き抜ける。


「ル、ルーシー様直々に!?」

「ご褒美……ッ、私たちに!?」

「特別席って、間近でお姿が拝めるって事だよね!?」

「エド、あんた最っ高に役立つわね!」

「やっぱり第三班の男の子は違うってこと!」

「手伝った甲斐があったってもんよ!」

「ちょ……っ、息、できな……」


数人に抱き枕のように挟み込まれ、エドの手足が硬直した。


「ネ、ネフリ先輩……たすけ、て……」


ネフリは、ちらりとエドを見た。

それきり、何事もなかったように身を翻し、淡々と庭の掃除を続ける。


(……バカ)


口元が、ほんの少しだけ(ほころ)びかけたのを、きつく引き結んだ。





朝食のあと、第三班は学舎へ戻った。

エドは自分の席につき、机を見下ろして、ふっと息を吐く。


「……また、教室か」


呟いた直後、始業の鐘が鳴った。

ばん、と勢いよく扉が開く。ミランダ先生が、眼鏡を押し上げながら入ってきた。


「抜き打ちテストよ。不合格者は、外を三十周」


教室全体が、凍りついた。

がたん。

後方で、椅子の倒れる音がした。


「どうしたの、エド・ウォーカー」

「な、なんでもないです」


エドは慌てて立ち上がり、倒れた自分の椅子を直した。

ほどなく、淡い青の文字で組まれた試験紙が、一人一人の机の上に魔法で浮かび上がる。


(……まずい。最近、全然復習してない)


しかも、見覚えのない単語がいくつも紛れ込んでいる。

無意識に、隣の席へ視線が滑った――瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

手首にはめられた腕輪が、カンニング防止の微かな金光を放っている。


「……」


エドは、素直に視線を戻した。

ペンが、こつん、と机を叩く。やがて深い溜息をひとつ落とし、ようやくペンを動かし始めた。





昼休み。

エドは机に突っ伏していた。


(午前の三限、すべてテスト……。三科目とも落ちたら、一体何周走らされるのか……)


ぽん、と肩を叩かれた。


「ねえ、坊や。クラブ、もう決めた?」

「クラブ……?」


顔を上げると、第三班の少女たちが机を囲んでいた。


「まだ、決めてない……」

「なら、ちょうどいいわ」


レーナが腕を組む。


「うちの製菓部に来なさい」

「お菓子の……製菓部?」

「あんた、料理上手いんでしょ?」

「昨日のあれ、本っ当に凄かったよ。絶対楽しいって」

「それにねぇ」


レーナの口角が、にやりと持ち上がった。


「うちの部、ネフリもいるんだから」


少し離れた席で、ネフリの耳の先がぴくりと動く。


「レーナ」

「正規の従者の間じゃさ、男連中の何人かが、ネフリの初めての手作り菓子をずぅっと――」


背後から伸びたネフリの手が、レーナの口を物理的に塞いだ。


「余計な事は、言わなくていい」


レーナが、もごもごと抗議の声を上げる。


(……ネフリ先輩、まだ誰にも、お菓子を贈った事ないんだ)


贈り物。

その一言が、ふいに、エドの思考の奥を引っ掻いた。


街道に散らばった、いくつもの破片。

踏み砕かれた、ガーネット。

折れ曲がった、銀の翼。


「……どうしたの」


レーナを放したネフリが、少し声を落として尋ねた。


「なんでも、ない」


エドは首を振り、誤魔化すように小さく笑ってみせた。





午後は、講義がなかった。

結局エドは、第三班の勢いに押し切られる形で、製菓部の部屋へ連れ込まれていた。


部室には、甘いクリームと、焼ける生地の匂いが薄く立ちこめている。

そしてネフリは、なぜか極めて自然な流れで、エドの真横の調理台に立たされていた。


(……何なの、あの子たちは)


ネフリは内心で息を吐き、手元の材料に、ことさら集中するふりをした。

隣では、エドが生地をこねている。その手つきは、確かに手慣れたものだった。


「……まだ、あの日の事を考えてるの」


エドの指が、ぴたりと止まる。

ややあって、こくり、と頷いた。


「うん」


生地を見つめたまま、言葉を続ける。


「侯爵家のお嬢様と、僕は面識すらないんだ。なのに、どうしてあそこまでするのか――やっぱり、分からなくて」


ネフリは、しばらく黙った。


「あの女がああいう真似をしたのは……今回が初めてじゃ、ないらしい」

「え?」

「龍威がガラディオン学院を出たのも――あの女絡みだって、聞いた」

「赤毛のトカゲが? ……なんで?」

「分からない。でも、皆、不思議がってる。あの家柄と実力で、見習い従者になんて、なる必要ないはずだから」


学生会長まで務めた、あの男が。


エドは、生地を見つめて考え込んだ。

あの鋭い棍術。底の知れない気導の御技。学科の試験で、毎度のように頂点を取る背中。

確かに、他の従者とは、何もかもが違う。


(どうして、セリーヌ様の城に……? しかも、エレナ絡みで?)


考え込むうちに、エドの手の動きが半拍遅れた。


「気を散らさない。ちゃんと、こねる」

「あっ、はい」


エドは慌てて、指先に意識を戻した。


それでも、出来上がった菓子はそれなりの仕上がりになった。

ふんわり焼けた生地を小さく切り分け、泡立てたクリームを乗せ、色鮮やかな果実を添える。


「ネフリ先輩、食べてみて」


差し出された一つを、ネフリはためらいなく口に含んだ。


「……」

「どう?」

「少し、酸っぱい」

「酸っぱい……?」


エドも、小皿の一片を口に運ぶ。眉を寄せ、味を確かめた。


「ネフリ先輩、もしかして……酸っぱいの、苦手?」

「うん」


エドは、残った生地に目をやった。


「分かった。じゃあ、もう一回作るね」


ネフリの手が、止まる。


「……そこまで、しなくていい」

「平気だよ」


エドはもう、道具を握り直していた。

卵を割り、また一から、生地を丁寧に混ぜ始める。


その横顔を、ネフリは静かに見ていた。

手元に落とすべき視線が、つい、何度も彼の方へと戻ってしまう。


それを、少し離れた場所から、レーナたちが見守っていた。

誰も、何も言わない。

ただ、その目には、揃って同じ言葉が浮かんでいた。


(さっさと付き合っちゃえよ、このバカ二人!)

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