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『人類を裏切った少年、魔族の総帥に拾われる』 ~国を毒殺して処刑されるはずが、深淵の力で魔界の英雄(?)に成り上がるようです~  作者: M—mao
公都・剣閣編 ~宴と誓いの章~

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第47話 言葉なき密議

「……そんな、お母さま……!」


マヤの顔から、血の気が引いていく。

よろめきかけた身体が、次の瞬間、弾かれたように祭壇へと駆け出した。


「マヤ!」


聖女たちが慌てて前に出る。ソルメロスも咄嗟に手を伸ばした。


「いや……っ、お母さまを返して……! 放して、放してくださいっ、ソルメロス様……!」


マヤは祭壇の縁にしがみつき、白布の端を握り締めた。

ソルメロスが背後から、その震える肩を抱き留める。


「気持ちは、分かる。……だが、私とて、オフィーリアをこのまま無駄には死なせない。だから――落ち着きなさい、マヤ。マヤ……?」


マヤの呼吸が、次第に浅く、途切れ途切れになり――やがて糸が切れたように、ソルメロスの腕の中へ崩れ落ちた。


「マヤ? しっかり……!」


額に当てられたソルメロスの掌から、淡い金光が滲み出る。

張り詰めていた少女の肩から、ごく僅かに力が抜けた。


「……休ませてあげて。一人にしないように」

「はい」


マヤを抱え上げた聖女たちが、足早に祭壇を後にする。

セリーヌは、その後ろ姿を黙って見送った。





聖殿の広間。

セリーヌたちが戻ると、奥から月怜とソラフィアも姿を見せたところだった。


「……如何でした」


縋るような老婦人の声に、セリーヌは一拍、短く息を吐いた。


「オフィーリアの魂は、応えなかったわ。まるで――最初から、何処にも無いように」


錫杖の聖環が、かすかに鳴る。

ソラフィアの身体が、ゆらりと大きく傾いだ。


「猊下――!」


月怜が咄嗟にその腕を支える。ソルメロスも歩み寄り、老婦人の手首に触れた。淡い金色の光が、静かに流れ込んでいく。


「……気分は」

「……ありがとう、ございます。メロス様」


やがて息を整えたソラフィアが、震える手でセリーヌとソルメロスの手を取った。


「セリーヌ閣下……ソルメロス様。どうか、あの者を見つけてくださいませ。たとえ、あの子の魂が――もう、戻らずとも」


老婦人の唇が、血が滲むほど強く引き結ばれる。


「あの子に、大司教としての……最後の尊厳だけは」


セリーヌは、その老いた手を確かに握り返した。


「お約束するわ」





聖殿ラティス。その外縁。


「……この件、しばらくは伏せましょう」

「ええ」


セリーヌが、ソルメロスを見る。ソルメロスも、静かに頷き返した。

それ以上、言葉を交わす必要はなかった。


頭上から降りた淡紫の光柱が、セリーヌと月怜の身体を包み込む。

次の瞬間、二人の姿は雲海の中へと溶け消えた。





アストサルドの船内。

操縦室の前で、テレサが振り返った。


「シルウィード公爵閣下。この後は、モネイアラ様のもとへ? それとも、公都アクリスタへ?」

「アクリスタへ戻して。……二人で話せる部屋はある?」

「ございます」


テレサが恭しく頭を下げる。

ほどなく案内された客室で、扉が音もなく閉じる。外の足音が完全に遠ざかってから、セリーヌはようやくソファに腰を下ろした。


「現場は」

「予想と、少し違いました」


向かいに座った月怜の声が、いつもより冷えている。


「秘典の書庫には、守衛が立っていました。オフィーリア大司教は――ご自身の足で、書庫へ向かわれたそうです」

「……一人で?」

「『確認したい事がある』と。それきり、出てこられなかった」

「発見は」

「三日後です。守衛が異変を察して立ち入り、書庫の奥で倒れているのを」


セリーヌが、しばし黙考する。


「内部の様子は」

「乱れていません。争った跡も、破壊された跡もない。書架の位置すら、ほとんど動いていない」


セリーヌの指が、肘掛けをこつん、と叩いた。


「……オフィーリアの実力は、フィリスにも劣らないはずよ」

「ええ。抵抗の痕跡が、何一つない。それで一撃で命を奪われるなど――考えにくいかと」


短い沈黙が落ちる。


「あの数日、書庫に出入りした者は」

「記録上、オフィーリア大司教お一人だけです」


セリーヌは、答えなかった。


密室。無抵抗の死。破壊された頭部。奪われた秘典。そして――消えた魂。

パズルのピースは揃っている。だが、どれだけ思考を回しても、致命的な違和感が形を結ばない。


「……セリーヌ様?」




「月怜。連邦の中で、痕跡も残さず、私たちに察知すらさせず――魂を抜き取れる者がいるとしたら、誰が思い浮かぶ?」


月怜の眉が、寄った。


「連邦内、ということでしたら……」


しばし、考え込む。


「スレイア様。そして、王騎の中であれば――辺境守備のディスブローニ。ノーストン城主の御言みこと……」


そこで、声が止まった。

口を薄く開いたまま、月怜は次の一言を出さない。


セリーヌは何も言わなかった。ただ、氷のように静かな視線で、月怜を見据えている。

月怜が、深く目を伏せた。


「……承知いたしました」





アクリスタ。シルウィード城、東塔の発着場。

アナスは発着場の縁に立ち、空を見上げている。

やがて、銀白の光が音もなく夜空を裂いた。

流線型の機影が塔の上空に静止した瞬間、アナスの目が見開かれる。


「これは……」


淡紫の光柱が、発着場の中央に降りた。

光の粒子が寄り集まり、セリーヌと月怜の姿が現れる。

次の瞬間、アストサルドの機体表面に魔導紋様が一閃し――銀色の流星となって、夜空の彼方へ消えていった。


「これが……モネイアラ様の、最新の作品ですか」


その軌跡を見送りながら、アナスが呟いた。


「鉱山三つで、十機と向こう数年の整備権。悪い取引でもないでしょう」

「……モネイアラ様も、つくづく食えないお方で」


月怜の口元に、苦笑が滲んだ。


「……では、私はこれで」

「ええ。アナス、途中まで送ってあげて」

「はい」





「……随分と、落ち着いたのね」


アナスが、少しだけ目を見開く。


「お師匠様に、そう言っていただけるとは」


しばらく、二人の足音だけが夜の回廊に響いた。


「それでも、私は……お師匠様の絶技を、最後まで継げませんでした」

「……あれは、あなたのせいじゃないわ」

「分かっています」


アナスが、薄く微笑んだ。


「ただ、時々。少しだけ、惜しいと思うのです」


夜風が、回廊を渡っていく。

月怜の、袖に隠れた手が、ほんの少しだけ握り込まれた。


「……ですが。もしかしたら、継げる方が、いるかもしれません」


月怜の足が、止まった。

ほんの、一瞬。


「……本当に?」

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