26 叔父と甥
王宮にきて、様々なことに目処がついてきた。
ラルトリア王の病気は流石にまだ全快にはならないものの、命の危機は脱した。
マーガレット王妃は何か思うところがあったのか、積極的に息子と話すようにしているようだ。それに対して、慣例破りとイヤな顔をする輩もいないではない。が、そういう輩はほぼ間違いなくベンの暗殺に一枚噛んでいたりする。なので、マーガレット王妃がにんまりと笑いながら「そういえば、先日戻ってきたベンジャミン殿が~」と話をふると、そそくさとその場から逃げるので問題ない。
そんな感じで、王宮内に新しい風が吹きつつある。
きっと、自分が生きている間は安泰だろう、と思えるような良い流れだ。そして、その流れを維持するために、ベンはアレク王子とお茶をしていた。
既にラルトリア王やマーガレット王妃にこってり絞られたのだろう。アレク王子はベンと会っても不遜な態度をすることはなく、それどころか借りてきた猫のように大人しかった。
「俺が生きててどう思う?」
あえて言葉を選ばず直球で訪ねてみる。
ここで誤魔化すようなら、そういうタイプなのだ。ただ、そんなベンの思いは杞憂だったらしく、アレクは少し考えて言葉を探した後、きちんとベンの目を見て返事をした。
「叔父さんのことは…死んでしまったら悲しいけど、仕方がないって思ってた」
アレク王子はここで一呼吸置いて、言葉を続けた。
「でもそれは間違いだった。僕は噂を信じて、叔父さんは能力が低いって思い込んでた。
叔父さんとお父さんと仕事をしてみて初めて知ったんだ。
叔父さんは優秀だ。…お父さんよりも」
「優秀じゃないさ。決定権がないから早く見えただけだ」
「そういう面もあるかもしれない。
でも、一番の問題はそこじゃない。
僕が叔父さんよりも相当仕事が遅かった。ううん、できていなかった」
「そりゃあ子供と比べられたらおじさんも困っちまうわな」
「でも、僕が王位を継承するっていうのはそういうことだ。
父が亡くなったら、僕が王様の仕事をするってこと。父親が亡くなったということを悲しむ暇もなく仕事をしなきゃいけない。
なのに僕は、決定するまでの選択肢すら絞り込むことができなかった。言われていることの半分も理解できていなかった。これじゃ王様になんかなれっこない」
「まあ今の状態で王様やっちゃいけないわな。それがわかってるなら上等だ」
少なくとも、己の力量を見極められない愚か者ではない。それだけでも今は十分だ。
世の中には己の地位を己の力量と勘違いしている人間はゴマンといる。己の高い地位に溺れる者、逆に地位がないからと己は無力なのだと勘違いする者。
生まれ持って地位が高い者の悲劇は、地位を低くすることが困難であるということだ。もし、自分に力がないからと地位を下げるにしても、責任からは逃れられない。貴族である以上与えられた領地に対する責任があり、それをどうにかしないと最悪殺されてしまう。
やる気と能力を兼ね備えた者に円満に責任を譲渡する制度が出来ないものかとベンは常々考えていたりする。
「僕はもう王様やる自信がないです」
「そりゃあの仕事ぶりで「王様できます」なんて自信満々だったら困る。逆だ。きちんとお前は現実を見据えた。理想の姿である、王の姿も見た。病床だろうが関係なく、責任を果たす父親を見た上で、お前はその責任を放り出すっていうのか?」
「っっ……」
地位ある者は、簡単に責任を放棄できない。と、ベンが言ってしまうとなんだか説得力がないが。これでもベンは最低限の責任だけは果たしてきたつもりである。それで甥がこうなってるんだろと言われたらグゥの音も出ないが。
王族なんてのは本当に不自由だ。
それでも、ここに生まれてきてしまったのだからしょうがない。
「少なくとも、お前がそう思える奴だからこそ、未来の王になってほしいと俺は思っている」
「できる…でしょうか…」
「お前さん次第だな、そこは」
安易に出来るなんてことは言えない。
アレクの資質が劣るとは思っていないが、今はまだ判断出来る材料が少なすぎる。
「ただ、一つ言えるのはちょいとお前さん不幸だったな」
「不幸?」
不安そうな顔を見せるアレクの頭をぐしゃっと撫でてやる。
「今の次世代の育成制度が間違っているとは言わん。しかし、今回は裏目に出ていると思う」
昔、この国の王政は腐りきっていた時期があった。王が一人の子供だけを溺愛し、その子供に王位継承権も無視して全てを注いだ結果国が荒れたのだ。理由は簡単で、その子供が「自分は特別なのだ」と勘違いしてしまったから。
なんとか国を立て直した頃に、同じ悲劇を繰り返さないようにと当時の大臣たちはおかしな方向に舵を切ってしまったのだ。子との関わりを薄くし、子供と平等に接するようにすればいい、と。
そんな慣習が出来てしまって以来、この国の王子たちは親をあまり知らずに育つ。ベンも親の顔は未だにおぼろげだ。その分兄との交流ができ、仲良くなれたのでベンの代はそれほど悪くはなかった。
けれど、アレクは違う。
「親に教えて貰うことも出来ず、兄弟もいない。これじゃあビジョンが見えづらいよな」
「じゃあ、どうしたら…」
「お前さんさ、友達いるか?」
「……」
「王族ってなー難しいよな、友達作るの。身分とかなんとか、ほんっとめんどくさい。
けどな、お前さんに必要なのはその友達だと、俺は思う」
「友達なんかできっこない」
反応は思った以上に頑なだった。アレクの短い人生の中でも、かなりイヤな思いをしてきたのだろう。それは想像に難くない。
それでも、必要なことだ。アレクのためにも、アレクを王とする未来の国のためにも。
「どうしてそう思う?」
「こっちの顔色を伺う奴ばかりで、誰も僕に興味なんか持ってくれない。
王子にしか用がないんだ」
「それは確かにあるかもしれないな。じゃあ、お前はどう思っているんだ?
他の連中のこと、同年代として紹介された奴ら全てをそんな風に思っていないか?
お前が警戒心を抱いていたら…あるいは、俺は王子だぞっていう風に接していたとしたら…相手もそういう風に扱ってくるだろう」
「でもみんなやっぱり下心があってそれはまぁ当然だそれが王族ってもんだ。
それでもな、お前がちゃんと身分関係なく友達になりたいと素直な気持ちで伝えていたら、ちゃんと受け止めてくれる奴もいるもんだ」
アレク王子はまだ不服そうだが、それでも口を挟まずベンの話に耳を傾けている。
「まあたまにその気持ちを利用しようとする輩もいるから一概には言えないけどな。でも、王様になるんだったら人を疑える資質を持っておくべきだ。疑うのは悪じゃない。
王様なんてのは疑ってかからないとやってられないことばかりだ。疑って、疑って、それでも信じられる誰かを見つけるか…疑ってその相手を利用するか。
最悪の場合はどうするか。そういうことも考えられるようになるべきだろうな。それをお前は友達を作ることを通じて学んでいけばいい」
「彼女は…」
「ああ。ノアか?」
「ノアと言うんですね ノアさんは僕と友達になってくれるでしょうか」
「それは分からないお前第一印象最悪だったからな それでもアタックしてみるならそれは大事なことじゃないかお前がまず友達になってほしいという気持ちを素直に言えるかどうか ただ素直に言ったとしてもノアが断る可能性も高いけどな その時にノアを恨んじゃいけないぜ」
「それは…はい」
「もうしばらくは俺が兄貴のケツをひっぱたきながら王様の仕事を手伝ってやる。
んで、兄貴が全快したら 俺もお役御免だ 俺や兄貴が早いところ引退できるようにお前は頑張って成長してくれまああと10年ぐらいは兄貴も俺も死ぬつもりないからそのぐらいの猶予はあるんだぜ焦らず頑張れよ」
このベンの助言を、アレクがどう捕らえるかはわからない。
ただ、これでベン自身のするべきことは終わった。少なくともベンはそう考えていた。
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