27 ノアと庶民派ランチ
「よぉ、ノア。息抜きに城下でランチ食べないか?」
王宮にダイナミックお邪魔しますをしてから一ヶ月たった頃、ノアはベンからこんな誘いを受けた。
一応、王宮料理食べ放題に釣られボディガードとして雇われた身のノアは、意外と自由に活動していた。そもそも、ラルトリア王の仕事の手伝いということで、ほぼ一日中王と一緒にいる。そんな中で暗殺など出来やしないのだ。そんなわけで、仕事をただ見ていても暇だろうから、とベンは王宮内で自由に散策できる場所を提示してくれた。ノアのお気に入りは厨房と図書館だ。図書館で様々な知識を吸収し、厨房ではたまに料理もさせてもらう。ちなみに材料費はベン持ちにしてくれたのでいつでも作り放題だ。とはいえ、食べきれない量を作る気は毛頭ない。たまにベンや王妃に差し入れすると大層喜んでくれるので、作りがいがあった。
と、こんな感じで暫くボディガードであることを忘れそうな日々を送っていた折りにランチの誘いだ。もしかしたら、食事以外の用事もあるかもしれない、と予測しながら頷いた。
連れてこられたのは、王都の中では割りとリーズナブルといってもいい大衆食堂だった。
「王宮料理にも飽きてきた頃かな、と思ってな」
「ん…それはちょっとあった」
王の命の恩人ということで、ノアはかなり丁重にもてなされていた。それこそ、王族待遇と言ってもいい。他ならぬ王が「丁重に扱うように」と言ったのだから当然かもしれない。一部では「隠し子か?」と囁かれていたりするが、そういうのは全て無視している。
ともあれ、そういった事情もあって毎日が豪華な料理であるのだが、贅沢なことに少し飽きてしまった。ハレの日のごちそうはたまにだからより美味しく感じられるのだ、ということを身をもって実感したのである。
「悪いな気づかなくて。
兄貴にも料理長にもそろそろ普段通りでいいだろって言っといたから。
あと、誤解してほしくないんだが、アレほんともてなし料理で俺らも毎日ああいうの食べてるわけじゃないからな?」
「うん、それはわかる。明らかにカロリーオーバー」
「カロリー…?」
「んー…栄養過多。多すぎると太る原因になる」
「なるほど。だよなぁ。量少なくして調節してくれてはいるけど…。俺も内政ばっかやって動いてないから腹に肉ついてきたぜ…。
やれやれ。この歳になると落とすのも楽じゃねーってのに」
そんな会話をしながら、雑多な食堂で注文した品を待つ。
ベンとの二人旅の期間はそう長くはなく、しかも野営することの方が多かったためノアにとってこういう場所はとても新鮮だった。
「ここは結構若い頃からきててな。味は保証するぜ」
「それは嬉しい。でも、旅でその土地のものを食べるのもいいなぁ」
「そういや、なんか旅行記だの地理の本だの熱心に読んでたな」
「うん。この世界のことは知らないことばかり。
できる限りインプットはしたけれど、実際に見るとまた違うと思う」
普段は何事にも無関心に見える目をしているくせに、こういうときのノアの目はキラキラと輝く。好奇心旺盛なのだろうとベンは思う。だからこそ、ボディガードという立場で縛り付けておくのは少し心苦しかった。
「っと、きたきた」
ノアが注文したのは、この店の看板メニューの日替わり定食だ。その日何を仕入れたかで決まる限定メニューはごく稀に外れることもあるが、そういうギャンブル性も人気の秘密らしい。対してベンはあっさりした焼き魚メインのセットを頼んでいた。お腹についてきた肉を落とすために色々苦労している。
「わぁ…」
目の前におかれたプレートにノアは感嘆の声をあげる。
「今日はねーあんまり大きなものの仕入れがなかったから、いっそ余り物も含めて色々乗っけちゃおうってコンセプトらしいわよ」
料理を運んできてくれたウェイトレスがそういった説明を付け加えてくれた。
大きな皿の上には、一口サイズで焼いた肉や魚、形状からは判断しづらいものなどがところ狭しと乗っていた。どれも美味しそうなびっくり箱のようなプレートだ。
「すごい、楽しい」
「そりゃよかった」
「美味しい! これはなんだったんだろう? 食感的には魚…」
一つ食べては美味しいと繰り返すノアを微笑ましく見つめるベン。心ゆくまで食事を堪能して貰いつつ、食後のお茶タイムに入る。店内はランチをとってまた仕事に戻る人も多くそこまでの混雑は見られない。適度なざわめきの中でベンは本題に入った。
「さて、美味しいランチも終わったところでノアにはちょーっと着いてきて欲しいところがあるんだよな」
「やっぱりランチだけじゃなかった」
「はっはっは。何、ちょっとした挨拶回りだよ、お貴族様へのな」
「絶対めんどいやつだ」
追加で注文したお茶を二人で飲む。王宮で飲むものよりもだいぶ薄いが、悪くはなかった。
「ちょっとな、甥っ子に色々吹き込んでくれた輩に俺が直々にご挨拶しようと思って」
「…ばか?」
「失礼だなぁ。優秀なボディガードがいるから俺が死ぬなんてあり得ない。そうだろ?」
ノアの腕を信頼しきった目で見るベン。
実際ノアもベンを裏切る気は毛頭ない。確かにノアを利用するときもあるが、そのほとんどが自分のためでなく国のためだからだ。
ハッキリ言ってしまえば「折角助けてやった命なのにコロッと死にそうなので目を離せない厄介な存在」である。しかも嫌いになれない、むしろ好感が持てるので厄介さに輪がかかる。
「好き勝手言ってくれる…。
向かってきた場合手加減は?」
「雇われてる奴だと可哀想だから再起可能な程度で。
逆に豪華なおべべ着てる奴ならいい感じに痛い目見せてやって」
「…挑発するつもり?」
「さてはて…相手さんの出方次第だなぁ。
最近ね、兄貴が調子いいし、甥っ子も俺の十分の一程度なら仕事出来ないこともなくなってきたからさ。結構自由に動けそうなのよ」
「…なるほど、人手不足にはならない、と」
「そゆことだ。挑発しなくても俺が伝えるだけで逆上してくれそうなんだよなぁ」
やれやれ、とベンはため息を吐く。
この感じだとベンもやりたくはないらしい。ただ、国を思うのであればどちらが合理的であるかを判断し今の行動に移したのだろう。
「めんどう」
「なー苦労するぜ。
この直接訪問先触れナシで今から5件だぜ」
「……のんびりしてていいの?」
「そろそろ行かないとだなぁ…。
いくら今用事で王都に呼び寄せてるとは言え、本来なら領地経営にも戻らにゃならん。…割と戻らんやつら多いけど。
ま、領地の方はもう解体手配済みだから大丈夫だけど」
「大それたことを計画したんだから、解体くらいは妥当。
…未遂だったからこそ、命を永らえることもできるということ?」
「そうなるな。
どんな大馬鹿者でもうちの国民なんだわ。俺としては無駄にあがいて命を散らさずに、国に奉仕してほしいんだがねぇ。特に、本人はともかくそれに付き従う一族の皆さんが心配だよ俺は」
「…話を長引かせたところで仕事は終わらない。
だらだらするなら終わってからでも出来る」
「ううう…優秀なボディガードさんの言うとおりだ…いくかぁ」
言い出しっぺのはずなのに、ベンはノアに引きずられてトボトボと貴族のお宅訪問に行くのだった。
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