24 お茶会準備
「まぁ…あんな簡単な材料でこんなに不思議なお菓子が作れるなんて…」
「材料は簡単だけど、冷やすのが難しいとベンが言っていた」
王宮内の、王妃お気に入りの日当たりの良い中庭にて。
ノアはベンの頼みで王妃にアイスクリームを試食させていた。材料をあちらに用意して貰ったとしてもやはりどうしても毒味は必要とかで、全て溶けてしまわないかちょっとヒヤヒヤしたのは内緒の話である。特にここは多彩な植物を育てているため、とても日当たりがいい。温かな日光はみるみるうちにアイスクリームを溶かしてしまった。まだ固形のうちに王妃の口に入ったのはノアがこっそり周囲の温度を下げたからだったりする。
そんなハプニングがあったものの、アイスクリームはマーガレット王妃には大好評だったようだ。
早速メイドたちが詳細な作り方を聞いてくる。
「別に、作るのは難しくない。
難しいのは氷魔法と、材料…?」
「材料に関しては一応腐っても王宮ですからね、心配はいりませんよ」
「うん…。なら、材料を変えるとアレンジもできる」
「まぁ、そうなの!?
今試せるものはあるかしら…」
「果実を混ぜたり…お茶やコーヒーの香りをつけたりする」
「お茶を香り付けに? そんな贅沢な方法もあるのね」
この世界では、お茶やコーヒーの類いは嗜好品という扱いだ。別に摂取しなくても生きることに支障はない。そのため、金に余裕がある人間の見栄のための品という見方もできる。勿論、味や香りを本当に楽しんでいる人もいるが。
(王妃として流行の最先端を見せる一品にふさわしいかもしれないわねぇ。
変なところで王妃に勝った負けたとかマウントとろうとしてくる輩が多いんだもの…)
王の婚約者になったときから覚悟していたことではあるが、貴族特有の見栄というものは本当にめんどくさい。そういう考え方自体が王妃どころか貴族らしくないという自覚がマーガレットにはある。だからこそ、王妃としてふさわしいと先代が考えたのだから仕方がない。
先代の願いは「この国の閉鎖的な気質に風穴を開けて欲しい」というもの。このままでは、見栄が肥大して国が危うくなるかもしれないと先代は思ったのだ。そしてその思いは既に杞憂ではなくなっている。母親として不徳の致すところだが、まさか自分の息子があんな風な成長を遂げているとは思ってもいなかったのだ。
やはり、周囲の反対を押し切ってでも自分の手で育てるべきだったと痛感している。
「あなたには不愉快な思いをさせてしまったわね」
アイスクリームの話が粗方終わった頃、王妃がポツリとそんなことを呟いた。
「不愉快…?」
そんな王妃の心情がわからず、ノアは首をかしげて同じ言葉を返す。
ノアからすれば、お茶会の準備として様々な王宮の甘味を教えて貰えただけでかなり満足な一日だった。朝食時のアレは既に記憶の彼方だったりする。
「朝の、アレクのことよ」
「アレク…あぁ…。
ああいう勘違いはよくある」
「勘違い?」
コクリ、と一つ頷いてからノアは話を続ける。
「未来の王という立場から誰も異を唱えない環境、人に叱られた経験がなく精神が惰弱な方向に成長するのはよくあること。
こどもはやってはいけないことを何度も注意されて、その境界線を覚える。彼は様々な境界線を教えて貰えなかった。ああなるのは必然。
何一つ自分で手に入れたことがない癖に尊大。それは、自分は肩書きだけが先行していると気付いてないから。
ワタシにあんなことをいったのも、今まで見たことのないおもちゃを欲しがったのと同じ。
勘違いを真に受けて感情が動くことはない」
大変手厳しい評価だが、庇えるような部分が一切なくて苦笑してしまう。
「勘違い…ね。それでも、親として息子のしたことは謝罪すべきだと思うの」
「…その謝罪は無意味。王妃がするべきことではない。
その謝罪はあなたが楽になりたいだけ」
このやりとりを聞いてメイドたちは表面にこそ出さないものの、内心では冷や汗を垂れ流している。王妃の人柄を信頼してはいるものの、あまりにも歯に衣着せない言い方に万が一を想定してしまう。
「…そうね。その通りだわ」
だが、王妃は苦笑するだけで怒り出すことはなかった。
「こんなことをあなたに言うのはおかしいかもしれないけれど、わたくしはどうすれば良かったのかしらね」
「…過去を変えることはワタシは出来ない。
未来を変えることは誰しも平等に出来る」
「そうね…本当にそうだわ」
マーガレット王妃はほんの少し昔を思い出す。マーガレットがノアと同じくらいの頃、彼女はノアと同じように歯に衣着せず(一応時と場合は選んでいたが)意見を述べる人間だった。それは幼さ故の無鉄砲であると同時に、おかしなことに異を唱えられる感性を保っていたということでもある。
それが今は、王宮という魑魅魍魎の巣窟において、敵を作らないように上手く立ち回るためだけに踊る人形のようだ。
「ふふ、そうねぇ。
敵を作ってでも良いことは良い、悪いことは悪いと言わなければ」
「それなら今からでも出来る」
「あなたが本当にアレクのお嫁さんになってくれればいいのに」
「それは無理であり拒否したい」
「拒否はわかるけど…無理?」
「…ベンから何も聞いていない?」
「訳あり、というあたりは察しているけれど、きちんとしたことは何も…。
今頃陛下には教えているのかもしれないけれど」
「確かに。ベンとあなたが個人的に話す時間はなかった。申し訳ない」
ぺこり、と頭を下げる。
そして、ノアは言葉を続けた。
「ワタシは作られた生命体であり、あなた方の感性からすると『異形』だ。
王子の嫁という立場に異形がいるとなれば、国が荒れる。
人に存在を知られない妾ならアリかもしれないが、正妻となる人の立場を考えると気が進まない」
「…異形?」
「普通、10に満たない少女が3階の窓から大の男を抱えて侵入できる?」
「それは…魔法だとばかり思っていたけど…違ったのね」
「現状の魔法において、人体を浮かすことが出来るのは大がかりな風魔法を使ったときだけだと思う。しかしながら、そういった風魔法の運用をすると中庭および、中庭に面した王宮の壁に傷がつく。そういった形跡はなかったでしょう?」
「なるほど…。
え、じゃあどうやって?」
実はマーガレット王妃はあまり魔法には明るくない。
それでも、人間二人分を空中に浮かす程度の風魔法が周囲にどれほどの被害をもたらすかは想像できた。そして、思い返せば昨夜も、そして一夜明けた今朝も中庭に被害は見られなかった。
そうなると、もう手段が思い浮かばない。
「ベンを抱えて跳んだ。純粋な跳躍。
普通の人間には無理でしょう?
…詳しく述べるのはベンに相談してからにする」
「確かに…こんな可愛い女の子じゃなくて、大の男でもただ跳ぶだけでは無理でしょうね。
あなた以外そんなことが出来ないなら侵入ルートとして警戒するには及ばないでしょうけれど…」
「少なくとも現時点でワタシ並みの脚力及び跳躍力がある人は見たことない。
よって、同じルートでの警戒は必要ない」
「そう…でも…異形なんて…」
この国の恩人に対し、なんと差別的な言葉ではないかと思ってしまう。
「言葉を変えてもワタシの存在は変わらない。
…一応ベンのボディガードとして雇われているし、今後もこの国に危害を加える気はない…という意味でもできる限り友好的に接しているつもりなのだけれど。
信用を得る、というのは難しい」
「ちなみに…無理という点を排除できたと仮定して。
アレクとの結婚って考えられる?」
ベンがこの場にいれば「うわぁ、初めて見るレベルのうんざり加減だ」と思うくらいの表情を浮かべるノア。
しかしながら、出会ってまだほとんど時間の経っていないマーガレット王妃には、絶対零度の無表情にしか見えない。
そんな表情でノアはキッパリと告げた。
「絶対にイヤ」
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