23 兄弟の秘密の会話
「いやぁ…アレク大丈夫かね?」
「大丈夫になってもらわんと困るな」
「今まで甘かったくせに…。
いきなり厳しくすりゃいいってモンでもないでしょ」
先ほど、朝と同じメンツで昼食を終えたのだが、そのときのアレクは目に見えてしょんぼりしていた。しょんぼりというよりも、思い詰めているといった方が正しいかもしれない。
「本当なら最初から言い聞かせて育ててやるべきだったんだろうがな。
しかし、王族として今回の騒動の責任をとらんわけにはいかん。俺も、アレクもな」
「まぁそれが道理ってやつか…めんどくせ」
今回一番割を食ったのはベンと、ベンの直轄地だ。ベンは理不尽に命を狙われたし、そのせい王都から逃げ出さざるをえなかった。そうなると公務は滞り、ベンの直轄地は多少なりとも不都合が起きただろう。優秀な腹心がそれを感じさせるようなことはしなかっただろうけども。
ただ、その他にも王の不調で様々な方面の公務が滞った。何より、代替わりの可能性もあり、あちこちに緊張が走っただろう。
王はと言えば、今までとっていなかった栄養をたっぷり取らされたことで、復調はしてきているらしい。病の原因に気付けなかった医者がとてもショックを受けていたが、これはまぁ仕方がない。
「でだ、何か話があるんだろう?」
「おうとも。だから人払いまでしてもらったんだ」
「良い、話せ。おおかた、あのノアという少女のことだろうが」
「話が早くて助かるぜ」
ベンはノアのことを隠さず説明する。異常な強さ、異様な成長力、豊富な知識。
次元を裂いて現れたこと。何もかもをだ。
その上で、お願いする。
「利用すればこの国の発展においてこの上なく役に立つだろう。
技術や魔法の発展、戦争の道具にすらなる。
だが、そういったことに彼女を使わないでほしい」
「この国のためを思うなら、利用できるものは利用するべきでは?」
「わかって言ってんだろ。
彼女は利用なんざできない。何せ、抑えられる存在がいないんだ」
ノアは世界を壊してきた、と言っている。そしてそれを裏付け出来るような能力も、隠すことなく見せている。
たまたま、友好的な出会いが出来ただけだ。
もし、ホーンドボアがノアに友好的な態度を見せていたら、彼女は魔物と意思疎通しあちら側についていた可能性すらあった。
「制御できない上にいつ敵に回るかわからんとは…めんどくさいものを」
「そのめんどくさいのがいたから、今のアンタはあるんだぜ。
メイドに聞いたよ。今まで起き上がって仕事をするどころじゃなかったんだって?」
「むぅ…」
動くたびに傷口が開く気がして、動くことすら怖かったのだろう。ほとんど歩くことなく、書類を読み上げさせてなんとか決裁していたらしい。そんな様子だから、仕事が溜まっていくのは当然だ。
「頼む、一国の主の命を救った功績に免じて、ノアを自由にさせてやってくれ。
もちろんノアが望むなら王子妃でもなんでも構わないけどさ」
「いや、それだけはないだろ。こっぴどくフラれてる」
「うん、まぁ…それはないと俺も思う」
アレク王子の瞬殺劇はいっそのこと清々しいくらいだった。あそこまでこてんぱんに言われて、それでも再チャレンジする根性がアレク王子にあるとは思えない。そもそも、今彼は突き付けられた現実と戦うのに忙しいだろう。淡い恋心など吹っ飛ぶくらいには。
「はぁ…よかろう。
そもそも制御できない武器など、ない方がマシだからな」
「あ、でもノアがくれた情報は思いっきり活用するぜ?
国のためだからな。今もノアにお願いして王妃に新しいデザート考案してもらってる」
「…抜かりないなお前」
呆れ交じりに言われてハハハと軽く笑って見せる。
ベンが手柄を自分のものにしようとしないから、アレクのように「王弟は無能だ」と誤解するものが増えるのだ。ただ、それが国家のためと思ってやっているが故に止めることもできない。
笑うベンを横目にラルトリア王はため息をつく。
「本当はお前が王になれれば良かったのだがな…。
王位継承権だのなんだの…本当に国を思うのであれば優秀なものが王になるのが道理だろうに」
「よせよ、変な事考えるの。
俺はこういう気楽な立場だからこそ色々動けるタイプなんだって。
責任でがんじがらめになっちまったらおっかなくって動けねぇっての」
「ああ言えばこう言う…昔からお前に口喧嘩で勝てた試しがなかったな、そういえば」
「んなことないだろ」
「いやある。
いつの間にか花を持たされ、それでもお前の希望はちゃんと通ってる、みたいなことが何回もあった」
本当に、昔から口がうまい。
相手をいい気分にさせて、それでさりげなく自分の要求を通すことがうまいのだ。外交なんかにその口八丁を生かしてほしいと何度も頼んだが、のらりくらりと交わされている。
「俺はさ、兄貴と違って本当に小心者なんだよ。
責任を負えない。負うのが怖い」
「…そういえば、お前算術できるのに答えられない問題多かったものな」
とある長さの棒から、必要な分だけを切り取るといった簡単な問題だ。
けれど、ベンは答えられなかった。それで当時の家庭教師からサボるなと酷く叱責されたのを覚えている。その後にポツリとベンが言った言葉が印象的だった。
「切り取られた側はどうなるんだ…か」
「昔のこと持ち出すなよな。今は、一応切り取れるよ」
幼い頃のベンは切り取られたあとのことを考えていた。家庭教師が出した問題は棒だった。でもそれが人口だったら? 都市だったら? そう考えると切り取ったあとの答えを出すのが怖かったのだと言っていた。
「いや、あれで俺は思ったんだよ。お前が王ならな…ってな。
そういう見方ができる方がいいんじゃないか、とな」
「いちいちそれで決裁停滞させてる王のが厄介だよ。
国の動きはどうしてもトロくなる。せめてトップの決断だけでも早くしないと隅々まで行き渡らせるのにすごいタイムラグになるだろ」
どんなに迅速に動こうとも、決まりごとが国を縛る。決まりごとがなければ、国は乱れる。どうしようもないのだ。これでも王政だからまだ早い。遠くにある民主国家の道を選んだ国は、何か一つ法を通すにしても採決に時間がかかるそうだ。
「だから、ある意味冷血であるのは王にとって必須のスキルだ。
純粋な損得で決められる。ただし、その損得は数だけじゃなく、民意なんかも含んで考えられなきゃだけどな。
そういう意味じゃ、アレクが俺の暗殺支持してたらそれはそれで王の器かなって思ったんだけどなぁ…」
「多角的に考えられずに命じていればただの阿呆だろうが」
「多角的に考えた上で俺の暗殺って手段を選んでたら…って話だよ。
現実には、アレクはそもそも暗殺の噂しか知らなかったんだから」
その点だけでも、今のアレク王子は及第点にも程遠い。
王は人ではないことが求められる。民衆は「自分と違う」からこそ国を任せられると考えがちだ。そこに一個人として感情があるとは微塵も思っていない。文字通り、雲の上の人と思っているのだ。
だから王は、そうあらねばならない。
「それはそれでダメだろう…。全く、前途多難だな」
「現王が長生きすりゃそんだけ猶予が伸びるさ」
「簡単に言ってくれる」
「好き嫌いをせず、毎日清潔に過ごして、適度に運動してりゃ大丈夫だってよ。
あ、これ孤児院なんかの基本理念にできないかねぇ」
「良さそうだな。まず、お前が後ろ盾になってるところで試してみてくれ」
「はいよ。ってそれに取り掛かるにはこの書類の山を何とかせんとなぁ…」
「内緒話も終わったことだし、部下たちにも手伝わせよう」
ノアに関する話はこれで終わりにしていいらしい。
自分も大概甘ちゃんだとは思うが、現王も割と甘い。だからこそ、出来るかぎり支えようと思えるのだが。
「こういうとこ、アレクは受け継いでくれてるといいねぇ」
ため息交じりの独り言は、幸いにも誰にも聞かれていなかった。
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