22 王弟の仕事ぶり
13時更新のはずが…5時間ほど遅刻しました!!
「いやぁ…もうめんどくさいからお前が決裁していいって」
「やだよ、決裁した俺に責任降りかかるだろ」
治療方針は固まったとは言え、ラルトリア王はまだまだ全快には程遠い。なので、ベッドの上でも仕事ができるようにと、仕事道具が寝室に運び込まれた。本来の寝室は窓をボロボロにしてしまったので、急遽用意された部屋で仕事をしている。
そんな部屋での一コマの中に、アレク王子がいた。
アレク王子自身に渡された仕事はとても簡単なものだ。しかしながら、アレク王子は漠然としか学んでいなかったため、何をやっていいかすらよくわかっていない。したがって、王の腹心の中でも気の長い人物がつきっきりでわからないところを丁寧に潰している。
アレクが1つの書類を理解して、どう判断すればいいかというのを学んでいる間に、王は100の書類を王弟はその倍の書類を捌いているような状況だ。
「叔父上は…すごく仕事が早いのですね」
「んなこたねぇよ。
決裁はオウサマに任せてるから早いだけだって」
「だから! お前が決裁すれば手間が省けるだろうが!」
「やーだね。てか一国の王が仕事放棄してんじゃねーよ」
確かにベンの言うことも正しいのだ。
ベンの仕事に決裁は含まれていない。長ったらしい書類の要点を抜き出して、判断基準をわかりやすく整理して王に回す。判断基準が曖昧と判断したものは突き返す。その繰り返しだ。
だから早い。
けれど、それだけではないような気がしてアレク王子はモヤモヤしてしまう。
「物事には表があれば裏もあります。そして側面もあるものです」
「…どういう意味?」
今アレク王子についている側近は、以前逃げ回った家庭教師の一人でもある。逃げ回るせいで公務に支障ありと判断され、すぐに外された人間だ。当時のアレク王子はしつこくなくてホッしたが、今ならわかる。アレク王子はこの側近に出来の悪い王子として見放されたのだ。
もしかしたら、挽回するチャンスかもしれない。そう思って、学べることは学ぼうと質問をしている。
「王子は素直すぎます。
そして、考えずにすぐ質問をする。それではいけません」
「……」
わからないことわからないと聞くのはいけないのか。
やはりこの男との相性は悪いんじゃないか、と思ってしまう。
正直言って逃げ出したい。今までの家庭教師たちと同じように、逃げてしまいたい。
それでも、逃げ出さなかったのアレク王子の人生で初めて罵倒してきた少女を見返すためだった。
もちろん、物理的逃げ出すことが叶わないというのもあるが。今部屋には尊敬する父もいる、それに警備のものも何人もいる。こんなに人がいる中で逃げ切れるほどアレク王子は能力があるわけではないのだ。
「俺から見えるのは、一番大事な部分を父上に押し付ける叔父様、という図なのだけれど。他の人から見ると別の風景に見えるということ?」
少し考えてから自分の意見を述べて、もう一度聞く。
その姿勢は正解だったようで、小さく頷かれた。
「王弟が決裁をすると、どうなると思いますか?」
「えっ…と。
書類が、直接叔父様にいく?」
間違っていて馬鹿にされるのは怖い。プライドが傷つく。
けれど、もう既にズタズタだ。
ノアという少女にこてんぱんになるまでに言われた。あの時の泣きわめきたいような、今すぐこの場から消えてしまいたいような気持ちに比べれば、最初から見放されている男に馬鹿にされるくらいマシ。そう思い込むことで、なんとか言葉を口に出す。
幸いにも正解したようで、また一つ頷かれた。
「そうです。王を通さない政治になる。
では、そうなった場合、王がいる意味は?」
「あぁ、そうか。王が飾りにならないために、叔父様は決裁をしないのか。王弟が決裁したという事実を残さないために。
だから父上も口では文句を言うけれど、決裁書類は自分で目を通す」
「そういうことです。
それから、王が決裁をするということは失敗も成功も王のものです」
「…えーと。
あ、そうか。手柄も父上のものなのか」
「はい」
「叔父様は、そうやって国を守ってきたのか」
己の手柄を手にすることなく、ただ国民が安らかに過ごせるように、と。
昼行燈という見方もあれば、そういう見方もある。
事実、暗殺しようとした一派は王弟ベンジャミンの実務能力の高さを知っていたからこそ、そういった行動にでたのだ。
そうやって、叔父のこと以外にも自分の考えを伝え、時には訂正されながら仕事は進んでいく。遅々とした歩みで国王の仕事を手伝えたとは恥ずかしくて口に出せないような成果。
王弟と国王が山積みにされた書類を全て終えた頃、アレク王子がこなした書類は両の手指をわずかに超えた程度だった。
「…こんなんじゃ、王様になんてなれっこないね」
昼食までの短い政務の間に、アレク王子は今のままではいけないことを身をもって理解した。
目の前で同じような書類を次々に捌く父親と叔父を見ていたのだ。
口さがない者の言う昼行燈という言葉を信じて、いつの間にか下に見ていた叔父が、尊敬する父親よりも優秀だった。そして自分は足元にも及ばないという現実も見た。
何せ、回された書類は勉強から逃げ回っていなければわかるようなことが多かった。
とある地方の特産品や、治水の状況。考えられる公害への対策や、資料としてのグラフの見方、持って回った言い回しや、公的書類特有の書き方など。どれもこれも、見覚えはある。ただ、全く身についていなかった。
「そうですね。今のままでは無理でしょう」
キッパリと言い切られる。
変に気を使われるよりはマシだが、それでもプライドは傷つくものだ。
自分は王になるのだと、どうして思っていられたのだろう。
「ですが、王位継承に拒否権は基本ありません」
「えっ…でも、王位継承を放棄すれば」
「放棄すれば、国はどうなるか。あなたはどうなるか。考えましたか?
歴史を遡ってみてください」
王位継承権を放棄した前例はあまりない。確か病気によるものばかりで、実際放棄したあとに亡くなった者ばかりのはずだ。
逆に放棄させられた例ならいくらでもある。そのどれもが大掛かりな不正を働いたなどの失脚だ。そして失脚したものはもう歴史の表舞台から出てこない。死か、幽閉か。
「国は…個人の意思での王位継承権放棄を認めるって前例を作ってはならない。
そして、俺が無理やり放棄しようとしたら…死ぬことになる?」
「未来のことはどうなるかわかりませんが、その可能性が高いでしょう」
淡々と述べる声が恐ろしかった。
この男は、アレク王子になんの価値も見出していない。ただ、国王に、いや国に忠実な僕なのだろう。だから、事実を述べる。王子に対して忖度する気は微塵もないし、そもそも忖度する価値がないのだと暗に告げているのだ。
「…努力すれば、変わるか?」
「結果が伴わない努力は無駄です」
ほんの少しの希望をもって紡いだ言葉もバッサリと斬られる。
「あなたには王になるしか道はない。
王という生き物は、民のために最善を尽くす道しかない。
自分のせいでなくても、失策があれば首を斬られます」
「そう…だな」
目の前が真っ暗になるとはこういうことだろうか。何をしても、死ぬしかない未来。
アレク王子は初めて、王子と言う生まれを呪った。
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