21 玉砕物語
「おい、お前!
俺の嫁になれ」
小さな背を精いっぱいふんぞり返らせて、ノアにそう言い放つアレク王子。ベン自身は叔父という気楽な立場なのでいっそのこと微笑ましくも見えるが、他の人間はそうもいかない。
配膳をしてくれた侍女達を含め、大人全員が等しく「あちゃー」という顔をする。それには親である王と王妃も含まれた。
そして当事者であるノアはというと。
「イヤ」
間髪入れずに断っていた。
どうしたものかと考えている暇もない。
国民であればほぼ絶対である王子の命令だが、ノアは国民ではない。
(あ…これはノア珍しく怒ってんな…。
まぁいいか。このままアレクの心を一度ベキベキに折った方がいいだろ)
「な、な…」
二の句が継げない王子を見て、軽蔑した視線を向けるノア。
そりゃあそうだ。ノアにとって王子という肩書きは何一つプラスの方向に作用しない。頭ごなしに理不尽な命令をされればイヤな気持ちになるのも当然だろう。
「あなたみたいな人の嫁になるくらいならベンの方が5京倍マシ。
ううん、マシとか比較する時点でベンに失礼」
万とか億ではなく、京ときた。果たしてアレクはその数字を理解できるだろうかとか意味のない心配をしてしまう。
ノアは、アレク王子から離れてベンの元まで来て、再度言葉を続ける。
「そもそもワタシはあなたに名乗られてすらいない。名乗りもしない無礼者に好意を抱くと思う?
その上あなたがワタシにかけた言葉は侮辱する言葉と心が伴ってない形だけの謝罪。その次にかけた言葉が嫁になれ? 頭わいてる? 花畑でもつまってるの?
そもそもあなたは生まれが単によかっただけの人間で何者でもない。生まれに奢ってなんの努力もしていない。今の短い間の食事ですらマナー違反が何度か見られた。折角恵まれた生まれのくせに学ぶことも怠る馬鹿はワタシ嫌い。
しかもきらびやかな服で隠しているけど体もだらしない。親が偏食で馬鹿な病気をするなら子も節制できないの? しかも食生活だけじゃなく、自主的に鍛えてもいないでしょう?
ベンは弱いけど鍛えることに関して手を抜いてるわけではなかった」
「おい、暴露するな恥ずかしい」
そりゃ出会ってから今まで一緒に過ごしてきたのだからこちらの体つきのことも知ってるだろうさ。でも何もここで暴露することはないだろう。
あとアレクと比較して持ち上げられてもちょっと複雑だ。相手は子供なのだ。
…子供といってもただの子供ではないのが難点ではあるが。
ちなみに盛大に巻き込まれた王はしゅんとなっている。他国なら不敬罪とか言われるんだろうなぁ、などと現実逃避するしかない。
「ベンは甘ちゃんかもしれないけれど、少なくともあなたよりきちんと王族としての責務を考え実行している。王族としての責任をわかっていて、必死で生きようと頑張って、時にはプライドだって捨てた。こんな小娘に何度も頭を下げた。
そのベンを暗殺しようとしておいて、よくこの場に顔が出せる。先に謝罪するのがスジではないの?」
「な、それは、俺のせいじゃ…」
この一言で、アレク王子が暗殺を命じたわけではないことがわかる。
アレク王子はまだまだ子供故に言葉に裏を持たすことができない。しかも今は人生初めての挫折の真っただ中。真実を隠すことなどできないだろう。
それだけでもベンは安堵するが、その態度が余計にノアの気に食わなかったようだ。
「部下に責任を押し付けている時点で無能。
上に立つ能力もない上に責任逃れもするようじゃ下の下もいいところ。はやく退いた方がいい」
「あ、それは俺が困る」
流石にこれで王位継承権捨てるとか言われたら自分が困るので、ベンは一応口をはさんでおく。
「この馬鹿王子が国を継いだら国民全員が困る」
バッサリ切られる。
ご立腹のようでベンにも容赦がない。
ちなみに、どうしたものかと様子を見ているし、周りの侍女や執事たちは顔面を青くしている。
「人としても男としても王族としても魅力が欠片もないどころかマイナスな男に上から目線で『嫁になれ』と言われても不愉快。虫唾が走る。なんでも思い通りになると思うな勘違い野郎」
アレク王子はぎゅうと手を強く握りしめて唇を噛んでいる。
ここで「不敬罪だ」と言い出さないだけ、権力を勘違いしている王子としてはマシかとは思うのだが。まぁあとは勝手に立ち直ってもらうしかないだろう。ショック療法にでもなってくれればいいのだが。
ぷんすか怒っているノアに手を引かれてベンは食堂を後にした。
残されたのは言いたい放題された王子と、その両親だ。
「な、なんなんですかあの女は!」
「ベンのボディガードだなぁ…」
のんびりと返す父親に、アレク王子は恨みがましい目を向ける。だが、王も王妃も苦笑いをうかべるだけでフォローすらしてくれない。
「でも、彼女の言うことは全部間違っていなくてよ。
アレクはわたくしの可愛い息子ではありますけど、自分の旦那様や娘の婿としては絶対に避けたい相手ですもの」
「そ、そんな母上まで! あの女の肩を持つのですか!?」
「肩を持つって言われても…。
ちょっと厳しい家庭教師からは逃げ回って、自分に甘い言葉しか言わない者だけを侍らせて…。
ダンスや剣の稽古も嫌いで、あの子の言う通りきらびやかな服の下はダルダル。権力を笠に着てやりたい放題。しかもプライドが高くて謝ることすらできない…。
これのどこに伴侶としての魅力を感じろ、と言うの?」
「そんな…だって…」
外から見たら自分はそういう風に見られているのだ、ということをアレク王子は今知ったのだろう。愕然としているところにラルトリア王も追い打ちをかける。
「うん、王子としてもアレクは無能なんだよなぁ、今のままだと。
なんのためにベンジャミンが昼行燈してくれてるか全くわかってないだろ?」
「なんのために…?」
アレク王子が生まれた時から、ベンは昼行燈と言われていた。その言葉の真意もわからないまま、なんとなく「叔父上は無能なのだ」と思い込んでいた。
本人も会って話した時に「俺は無能でいいんだよ」と情けなく笑って言っていたこともある。だから、そうなのだと。無能として扱っていいのだと思っていたのだ。
「あいつは正直言えば俺よりも優秀なとこが多い。腕っぷしは俺のが上だが、病気の今はそれも無意味だし内政に腕っぷしは必要ない。
そこでアイツの優秀さが国民に知れ渡ったらどうなると思う?」
自分で気づけるように、ラルトリア王は質問をする。
本来であれば、もう政務に入っていなければいけない時間なのだが、アレク王子に自覚を促すには今しかないと思ったのだ。
仕事の遅れは、それこそベンがいれば取り返せる遅れだ。
「…優秀な方を王に、という声が…?
でも、それは…」
「国民に継承権は関係ない。自分たちの暮らしを楽にしてくれる優秀な人間が王であればいいのだ。
極論、王家の血筋など関係ない」
「そんなっ!!」
「だからあいつは昼行燈になっている。最低限の公務はきちんとこなしつつ、優秀だとは思われないように振る舞っている。
あいつが優秀だと知れ渡ると兄である俺の立場、そして俺の子供であるお前の立場がなくなるからだ。
…生粋のめんどくさがりでサボり体質であるということは否めないが」
幼い頃より聡かった弟の姿を思い出す。
めんどくさくて大体投げ出すくせに、こなさないと後がめんどくさい課題はさらりと完璧にこなす。この場合の完璧、とは「兄の出来よりほんの少し劣るように」という意味だ。
今回もこの国の危機という課題を、兄を立てて自分は影に入る形でこなして見せた。
国民に混乱がないように、できるだけ内密に、だ。
「まず一番最初に教えておくべきだったな。
王族は偉いわけではない。国民は王だから敬意を向けているのではない。
国民が敬意を向けるのは、今まで国を支えてきてくれた過去の王国に対してた。
今現在、俺が悪政を敷けばすぐ国民はそっぽを向く。当然だろう。自分の生活が一番大事だ」
「それは…でもっ…」
なんとか言葉を続けようとするも、二の句が継げない。
それでは、王とはなんなのだろうという気持ちがアレク王子の小さな胸に渦巻く。
「なんというか…そこから教えなければならなかったのね。
きちんと話をしてこなかったわたくしたちも悪かったかもしれないわ」
「だなぁ…。
まぁこれから知っていけばいい。まだお前は若い…
今日は俺の仕事を手伝え。たぶん半分以上もわからんだろうが、ベンジャミンがどう仕事しているのか、きちんと見てみろ」
「そうねぇ…。少なくとも彼を越えないとノアちゃんとの結婚は無理でしょう」
そうでなくても無理だろうが、という言葉を王と王妃は飲み込む。
アレク王子に沸いた淡い恋心を利用して鍛えなおすつもりらしい。
そんな両親の思惑に気付かず、アレク王子は神妙な顔をして頷いた。
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