20 アレク王子
陛下の寝室襲撃事件から一夜明け、ベンとノアは同室で目を覚ました。
一応、それぞれ専用の部屋を用意されたのだが、ノアが「自分はボディガードだから」と断ったからだ。実際問題、王宮内だからといって相手が暗殺を諦めるとは限らない。むしろ、近くにいるので積極的にしようとするかもしれないのだ。ノアからそういう提案をしてくれたのはとてもありがたい、ということで何度目かの同室の朝を迎える。
昨夜は、ノアが初めてのフカフカベッドにえらく感激してベッドに寝転がるところまでは見た。本当に寝たかは定かではないが、贅沢なフカフカベッドは気に入ってくれたらしく、声をかけるまではベッドの中にいたようだ。
ベンはと言えば、久々の柔らかい寝床でそれはもうぐっすりと安眠できた。
生命を限界まで削った後にノアが用意してくれた木の寝床も、ノアのアナザーホーム内での就寝もダメではなかったが、やはりこのフカフカベッドには代えがたい。今後旅をすることがあるならば、アイテムボックスにこれを入れていきたいくらいだ。
とはいえ、日が昇ったのだから、いつまでも布団にかじりついているわけにはいかない。
「ベン、起きてるよね?
さっきから扉の前に熱源反応あり。ウロウロしてる」
「あー…もしかして、起こしていいか迷ってんのかもな。
しゃあねぇ起きるかー」
ノアは衝立の向こうにいる。
メイドたちからの最低限の配慮、と言ったところだろう。確かに独身の王弟が、幼い少女と同衾した、なんて噂が流れたら面倒だ。
ここに来るまでは普通に同じ部屋で寝ていたのだがそれはそれこれはこれ。
「何度か気配を感じた。廊下もそうだけど屋根裏からも」
「廊下は普通に警備の人間かもしれんが屋根裏はなぁ…」
「うん、じーーーーっと見てあげたら逃げた。
流石に顔はわからないけど気配は記録済み」
「記録できる気配って、どんなだそれは…。
まぁいい、起きるか」
王族の身支度は基本的に侍女がしてくれる。
が、そんなめんどくさいことはしたくない。なので、扉の前に居る人間に声をかけて、身支度の道具や着替えなんかを持ってきてもらう。
すぐさま湯や着替えが用意されたが、お手伝いは丁重にお断りした。
「旅で自分で着替える気楽さを覚えてしまった…」
「正直、それが普通だと思っていた」
「貴族のステータスみたいなもんなんだが…身軽さを考えるとなぁ。
まぁ、やってもらう方が見えないとこまできっちりしてもらえるんだろうけど」
「ワタシはあんまり本体いじられたくない」
「そこはプロだから気にしない気もするが…なんて説明するか考えるの面倒もんな」
そんな会話をしながら、それぞれ自分の身支度を整える。ベンは今まで着ていた身軽な軽装ではなく、王弟らしいちょっと着飾った格好に。ノアは侍女が用意してくれたらしい可愛いドレスがあったのだが、鋼の翼が隠れないデザインだったため、今までと同じローブ姿だ。
支度が出来たので、外にいる侍女に声をかける。
向かう先はどうやら王族の食堂らしい。
「王宮ごはん…」
「ノアは朝からがっつりいける方だよな?」
「うん」
「国外とかあと普通の食堂とか見て回って気付いたんだが、うちの王宮飯は結構がっつり系みたいなんだよなぁ。
昔から残してもいいって言われてたしな。
まぁ…心配ないならいいか」
「特に美味しいってある?」
「さぁ…?
あぁ、兄が肉料理しか食わない!って言ってもなんとかなるくらい肉料理のレパートリーは豊富かもしれん」
ノアの機嫌がグイと上昇したところで、食堂に到着する。
そこにはパッと見5人分の支度が整えられていた。
(5人…か)
病床の陛下が無理をしてでも起き上がってくるとしても、人数的には1人多い。
となれば、くるのはこの騒動の張本人だろうか。
この王宮では出来立てを食べたいという陛下のワガママのもと、出来るだけ暖かいうちに料理が運ばれてくる。毒見役が「毒より火傷が怖い」と嘆いたとかなんとか。
そのため、まだ食事の準備段階だ。
おとなしく座って待っているとほどなくして兄たちがやってきた。
今まで安静にしてばかりいたせいで、少し足元がおぼつかない兄王を王妃と執事が支えている。そしてその後ろにノアと同じくらいの子供がいた。
彼こそがアレク王子。この国の王位継承権第1位にして、ベンの甥っ子だ。
「おい、なんでこんなガキがここに居るんだ!?」
部屋に入ってのアレクの第一声がそれだった。
どうしよう。思った以上にクソガキに進化している。
「陛下、説明はされてなかったのですか?」
あえて、この場では呆れた声で陛下と言ってみる。自分のガキに説明すらしとらんのかボケ! とは流石に言いづらかったのだ。
ちなみにノアはオール無視することに決めたらしい。
どうでもいい相手よりも、これから並ぶ朝食の方がずっと興味があるのだろう。
「アレク…彼女が北の大国よりきたお忍びの王女だった場合、お前は今の発言の責任がとれるか?」
「えっなっ…だって、全然そんな身なりじゃない!」
「お忍びなら普通だな」
必死に言い訳を考えるがアレクはまだ幼い。
そもそも、いきなり不作法をかましたのが間違いなのだからさっさと謝ればいいのに。
「アレク…お前はもう少し鍛えなおさねばならぬようだ。
俺の体調が戻り次第すぐに、だ。まずはきちんと謝罪をしなさい」
「ぐ、ぐぬ…」
知らない間にどんだけ甘やかされてきたのやら。
頭を下げることすら屈辱だという態度を隠しもしない。うん、これは後継者無理じゃないか?
本当にここから巻き返せるのだろうか、と不安になる。
「悪かったよ」
苦虫を噛み潰したような顔で、なんとかそれだけを絞り出す。
ノアは一瞬だけアレクに目線をよこしたが、すぐに別のものに気をとられてしまった。料理が運ばれてきたのである。
「本当に、このバカ息子は…。
まぁよい。朝食にしよう」
「当然ですが、金輪際あなたの好き嫌いは考慮いたしませんからね」
王妃が陛下に盛大に釘を刺してから食事が始まる。
色とりどりの野菜が盛られたサラダと、牛を煮込んだスープが本日のメイン。スープがメインになっているのは肉好きな兄王のためだろう。焼いた骨付き肉もうまいが、傷口が開きやすい現状では固いものはやめたほうがいい。一口サイズに切られて、とろとろに煮込まれたスープであればその心配もない。
「…美味しい!」
「そりゃよかった」
ノアは食事を大層気に入ってくれたようで口元を緩ませていた。
大分感情が表情に出るようになってきた。しかし、これは王宮料理とは言えそれなりの家であれば普通の朝食なのだが。本当に彼女のいた世界は食に興味がなかったのだなと思う。
(普通の飯でこんだけ喜んで貰えるならそれでいいか。
作る方も好きみたいだし、料理長に厨房入っていいかきいてみるかね。
アイスクリームのこともあるし)
満足そうなノアをから視線を外せば、背後に般若を宿らせている王妃と、王妃には愛想笑いを王子には般若を見せるという王という図。
王子はふてくされつつもチラチラとノアの方に視線を向けている。
(普通にノアは可愛いもんな。
しかし、説教ちゃんと聞けよ)
王と王妃が王家のなんたるかを言って聞かせているにも関わらず、上の空かふてくされるかのどちらかだ。兄弟もいないし、きちんと怒れる大人がいなかったんだろうと思う。そういえばベン自身も注意をしたことはあるが、しつけは兄夫婦がするべきだろうときちんと叱ったことはない。
鉄拳制裁などあるわけもなく、甘やかされた状態でここまで来てしまったというわけだ。
(どうしたもんかね)
ただの甥っ子ならそのうち挫折を経験するだろうが、彼は王子だ。外交の場などで失敗をしてしまえば取り返しがつかなくなる。先に挫折を経験して努力することを覚えてくれればいいのだが。
そんなことを考えていると、朝食が終わる。
ノアは最初から最後まで品良く食べていた。食事の経験が乏しいにも関わらず、略式の朝食とはいえマナーが完璧なのは恐れ入る。後からきくと、周囲を観察しながら王子以外の所作を真似していたとのこと。
「今日は無理しない程度に政務復帰するんだろ?
俺も手伝うよ」
「当然だ、昼行灯。能ある鷹であっても爪を隠しすぎたら意味がないのだぞ」
「素直にお礼を言いなさい、全く」
この後の予定を緩やかに決めていく。ベンは王の政務を手伝うことに、ノアは途中までボディガードを頼むが、お茶の時間に王妃の元にお呼ばれすることになった。お茶会の準備としてお菓子の試作品を食べさせて貰えるようだ。
さて、解散、という流れになったとき、王子がおもむろにノアの前に立った。
子供同士友達になりたいのかと思ったが、王子は斜め上の行動を起こす。
「おい、お前!
俺の嫁になれ」
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