19 感動の再会とはいかない
あの窓ガラスが粉々になった王の寝室で話を続けるわけにもいかず、ベンたちは場所を移した。
足りない栄養を無理矢理食わせたとはいえ、兄王はまだまだ病人。空いてるベッドがある部屋を探して…と結構時間がかかってしまうのは仕方のないことだ。その間にティーセットを用意してもらった。
おかげさまで部屋の中にはベンお手製の、先ほど兄王に食わせた果実を乾燥させたお茶の香りが漂っている。
もちろん毒見が必要なので、ベンとノアがお先に一口ずついただいた。こちらも酸味があるが面白い味だ。うまく流行ってくれれば先ほど壊した窓代くらいになってくれるかもしれない。
そうして、皆にお茶がいきわたり、一息ついたところでベンは詫びを入れた。
「さて、夜のぶしつけな訪問を改めてお詫びしますよっと。
特に義姉上は巻き込んでしまって申し訳ない」
これは公的なものではない。
いわば、家族会議のようなものだ。なので、近衛兵や侍女たちは部屋の外で待機してもらっている。家族といいつつ、ノアはちゃっかり居座っているが。居座る代わりといってはなんだが、ノアは現在話しやすいようにと室内を光魔法で煌々と照らしてくれている。どうやっているかは知らないが、部屋の外の待機組のところも明るくしてくれているらしい。どんだけ器用だとも思うが、今更だ。
そして今現在のノアはと言えば、侍女にお願いして用意してもらった焼き菓子に夢中である。ちょうど近々ある茶会の準備のために試作していたものがあったらしい。おかげさまで彼女はご機嫌だ。ベンお手製のお茶と一緒に楽しんでいる。
「まぁ…突然の訪問には驚いてしまったけれど…。
貴方の場合そうせざるを得なかったものね…馬鹿息子のせいで本当にごめんなさい」
義理の姉であるマーガレット王妃は、昔からの付き合いでもあるため気安い仲だ。
どえらい迫力美人であり、中身も王妃に相応しくなかなか豪胆な人物だ。それでも、現在の制度では彼女が表立って政治をすることはできない。惜しい人材だと思う。
というか、制度がめんどくさすぎるんだよな色々。
兄も食生活はバカの極だが愚王ではないはずだし、義姉は兄を尻にしく女傑だ。それでも、息子がちょっとアホな方向に育ってしまった。それは家族で過ごす時間が短く、他人の手が入りすぎるからじゃないかと思う。あと、王族なのに一人っ子なせいか。
「いやぁ…うん、まぁ。
大迷惑だけどお蔭様で俺生きてるし、あと兄上の治療方法も見つけたから結果オーライ?」
「治療、というのはもしかしてあのとんでもなく酸っぱいやつか!?」
兄が過敏に反応する。
先ほどから、ベンが手ずから淹れてやった茶も一口飲むだけでやめてしまった。
「そうそう、あの実とか、あと酸っぱいもの食ってりゃ治るぜ。その茶も全部飲み干せよ?」
ベンが意地の悪い笑顔を浮かべる。
その表情をチラリと横目で見たノアは「そんな顔も出来るのか」と少し感心した。へたれな甘ちゃんなだけではないのだな、という気持ちが沸いたが、そんなことより目の前の焼き菓子である。
材料も製法も吟味されつくした王宮のお菓子。試作品とはいえ、ノアを楽しませるには十分な質と量だった。
大人たちの話を他所にノアはどれから食べようかと目を輝かせていた。
そんなノアを放置して、大人たちの話は進む。
「イヤとは言わせねぇよ兄さん。
アンタが病に倒れたせいで俺がどんだけ迷惑こうむったかわかるか?
しかもその原因、アンタの偏食のせいなんだぜ?」
「な、なんだと!?」
「船乗りがかかりやすい病気らしい…。
新鮮な野菜が食べられないせいでなっちまう病気を、何が悲しくて国で一番贅沢出来る立場のアンタがなってんだよ!」
とりあえず、その茶は飲み干せと、茶を指さしてベンは熱弁する。
本当に、この事実は情けなくて涙が出そうだ。
だが、聞き捨てならなかったのが兄の嫁さんであるマーガレット義姉上だ。
「…その話、詳しく聞かせていただけるわね?」
室内の温度が急激に冷えた。もしかしたらマーガレット義姉上は氷魔法の使い手だったのかもしれない、なんてボケをかますことができるはずもなく。
病気に関しての詳しい説明はノアへ丸投げした。
お菓子を楽しんでいる最中に呼ばれたため、若干不服そうではあったが、明日からは王宮の飯だぞ、というと機嫌を直してくれた。
義姉上の質問にも丁寧に答えた。半分くらいはちょっとわからない概念が多かったが、結論としては兄の馬鹿みたいな食生活が原因なのは間違いない。
「そう…そうなの。
元を正せばこの人の馬鹿みたいな食生活のせいなのね」
吹き荒れるブリザードの幻覚に震えが止まらない。
思わず、不作法ではあるが魔法でお湯をわかしてお茶のお代わりを作ってしまった。そのお茶も問答無用で兄の器にいれる。
とりあえず、飲め。
「特効薬…とまでは行かないが、治療のために必要な栄養が豊富な果実は持ってきた。
っと、ちゃんと紹介するな。
彼女はノア。俺のボディガードだ」
そして今更になってだが、ノアの紹介をする。
お菓子を頬張っていた彼女は急いで嚥下して、ペコリと一礼した。
「病気の知識も彼女のおかげだし、なにより窓ぶち破ってここまでこさせてくれたのも彼女だ。
今は一年契約でボディガードしてもらってる。報酬は王宮の飯。とりあえずうまいもん食わせてやりたいんだが、いいよな?」
「えぇ、もちろんです。
…いいわね、アナタ」
王が頷くよりも早く、王妃が力強くうなずいた。
その様子に苦笑しつつも、兄王も特に異存はないようだった。
「当然だ。働きには報いねばならん…というか、料理だけでいいのか?
望むのなら豪邸でもなんでも…まぁこの辺りはすぐにとはいかんが…」
「別に…」
「一応、ボディガード契約は一年なんだ。無理強いはできない。
ま、家くらいもらっといても悪くはないとは思うんだがな」
ノアの事情についてはまたあとで詳しく話すとして。今は兄の病気の方だ。
「ま、ノアの事情はとりあえず飯で解決するとして、だ」
「そうね。この人の病気と…アレクね」
アレクとは、兄王と義姉上の子供、ベンにとっては甥っ子にあたる人物だ。要するに、今回の騒動の中心で、この国の王位継承権1位のお子様のことだ。
「んー…アレク本人が俺の暗殺命令したんかねぇ?
そうじゃないなら別にいいんだけど…本人が命令したなら俺もちょーっと怒っちゃう…。
とはいえ、世継ぎアレクしかいねぇからなぁ」
「そうねぇ…。
この病気が治ったら、出来るかしら?」
「そればっかりはわからんが、まーお二人ともがんばれ。
でも何よりアレクの再教育じゃないか?
家庭教師がまずやばそうだけど」
王位継承権1位のくせに、色々な噂に振り回されて第2位の肉親を暗殺しようとするとは相当オツムが足りていない。
これがアレクの本意であるならば、だが。
しかし、そうはなく部下が暴走しただけだとしても、部下を御せないのだから責任はとるべきだ。
「ま、どっちにしろ兄貴が好き嫌いせず長生きすりゃ解決することだ。
あと王家の慣例とかそういうの? アレどうにかした方がいいんじゃねーかな。
死にかけたんだし『生きている間に最大限のことをするのだ』とかなんとか言ってさぁ」
「本当にお前は…昔から面倒なことは俺にやらせおって」
「その代わり、そっちが危なかったら助けてきただろ。今回もそうだし。
おあいこじゃん?」
「兄弟っていいものなのね…。本当に、アレクにもこんな風に気安くしゃべられる間柄の人がいればよかったのかしら…」
義姉上の少し寂しそうなつぶやきとともに、この日は解散した。
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