第三百十話 交わすべき契約
「あえて話を避けてたんだろうが、傭兵として事前の契約を疎かにするのは、あっちゃならねぇことなんでな」
普段の粗暴で乱雑さからは打って変わって、リードからはひりつくような空気を纏っている。が、俺は彼女の言葉を遮るような事はせず、そのまま続けさせた。
「……封印が解けるのは時間の問題だったとして、今そいつを解こうとしてるのは将軍家の次男坊だぜ。そこは無視できねぇ」
シンザの周りを固めているという妙な手勢はおそらく魔族が絡んでる。十中八九、ルナティスで刻限の要を奪った者たちだろう。となれば、次男の手中に鍵があるのはほぼ確実だ。
「ロウザ様が次期将軍として確実視されている現状。ここに至れば、シンザ様は逆転の目として、封印されし災厄を手に入れようとしているのは、誰が見ても明らか。おそらくは我々が知り得ない災厄についての『何か』があるのでしょう」
伝承を受け継いでいる将軍とて『サンモトを危機に追いやる厄災』としてしか知らないのだ。そいつを利用しようと目論んでいるのであれば、将軍も知らない災厄にまつわる情報がシンザの元にあると見て間違いない。
その出元が果たして何なのかが気になるが……。
「銀閃の言う通りだ。さらに言っちまえば次男坊の周りを固めてるってのは十中八九魔族の連中だ。行けば確実に戦闘になるだろうよ」
レリクスから聞いた限りでは、奇しくも俺がこれまでやり合った魔族たちであろう。うちの一人は城で邪竜を呼び出した男だ。どうやらきっちり新しい竜を手懐けたらしい。他についてもユーバレストで戦った、とてつもない強敵だ。
「単刀直入に言っちまうが、次男坊の命の保証は出来ねぇ。手前の身内との二択って時になった時は、迷わず身内を取る。俺らの方針はこれでかまわねぇな、ユキナ」
「何でそこまで先に言っちまうかな……」
本来なら俺から切り出すべきであったのに。やはりリードの方が傭兵としては色々な意味で先輩なのであると思い知らされる。
俺は仲間たちに目配せする。特にサンモトの人間であるミカゲには強く。そして、返ってきたのは覚悟を決めた頷きだ。であれば、俺も同じく腹を決める。
レリクスが息を呑むが、構わずに将軍に向けて告げた。
「ソウザ将軍、ロウザに手を貸して災厄をどうにかするって点についちゃ、俺たちも異論はない。けどシンザの身の安全についちゃ諦めてもらう。これが条件だ」
レリクスたちが勇者の流儀を行くのであれば、俺は傭兵としての流儀を行くまでだ。
「……で、あろうな。こればかりは仕方あるまい。いかに将軍家の者とはいえ、あやつは許されざる一線を越えたのだ。己が目的のために、民を危機に晒すという、君主が最も越えてはならぬ一線を」
ソウザ将軍は努めて冷静な声で告げる。
「よかろう、シンザが如何なる結末を迎えようとも、それを理由に貴殿らに咎を向けんと、将軍として誓おう。ロウザも良いな」
「──致し方ない。いかに身内とはいえ、許される領域を超えているからな」
ロウザも悔しげでありつつも同意を示した。
「じゃぁ、話がこれで終わりなら準備があるから先に失礼するぜ」
「うむ。コウゴの領内であればどこにいようとも即座に報せを出す。他に必要な物があればこちらも可能な限り対応しよう」
「儂は親父殿ともう少し詳細を詰めた後、ランガ兄上と合流する」
「そうか。じゃぁ後でな」
ロウザにも軽く手振りで告げてから俺たちは広間を後にした。
「ま、待ってくれユキナ!」
廊下を進む俺たちを呼び止めるのはレリクスたちだった。こちらが出て行った後にすぐにあちらも話を切り上げたようだ。大した距離でも無いのに息を切らせているのは余程に慌てて来たのだろう。
足を止める俺たちにレリクスが詰め寄る。
「本気なのか……君たちはロウザさんのお兄さんを」
「勘違いするなよ。別に何が何でもあの頭でっかちな次男を潰したいってわけじゃねぇ」
個人的には好かないが、そもそも一度会ったきりでまともに会話もしていない相手だ。俺も別に選り好みで動いているわけでは無い。
「リードの言った限りでそれ以上でもそれ以下でもねぇよ。身内がヤバくなったら容赦無く切り捨てるが、そうで無い限りはなるべく生かす方で動くって」
「……つまり、いざとなったら殺すのか」
「そこに話の焦点を当てちまったらどうしようもないだろ」
俺たちだって、何が何でも次男を潰したいわけではない。可能であれば生け取りにして将軍家に引き渡したいのが本音だ。しかしながら、状況がそれを許すかはまた別問題だ。
「……アイナ様もユキナと同意見なのですか」
かつては婚約者候補ということもあり、あるいは俺の次に繋がりのあるアイナに問いかけるレリクス。確かに、彼女は俺たちの中では穏健とも呼べるであろう。説得のきっかけとするのであれば悪くない選択だ。
だが──。
「申し訳ありませんが、私もユキナさんと同様の意見です」
これにはレリクスのみならず、マユリも目を見開いた。どうやら王宮時代からアイナとマユリには交流があったとも聞いている。王女の人となりを知るマユリからしても、アイナの冷徹な判断には驚きを隠せなかった。




