第三百十一話 傭兵の流儀、勇者の使命
「直接お会いしたことはありませんが、シンザさんは知謀に優れた方だとお聞きしております。危険を最小限に、利益を最大限に考えるはず。そのような方が、災厄などという、国の行末を左右しかねない劇物に手を出そうとしている。きっと、並々ならぬ覚悟での行動のはず」
シンザの行動は所謂『勝てば官軍』だ。
勝てば総取りであり、負ければ全てを失う。当人も相応の覚悟を背負って決起したのであれば、俺たちがどう出ようが死に物狂いで『勝ち目』を狙いに行くだろう。そんなの相手に、こちらも手心を加えている余裕なんて有るはずない。
「決死の覚悟で事へ臨む相手に、手心を加えていればこちらに被害が及びます。ですので、私をユキナさんの判断を否定する選択はありません」
「勇者様には酷な言い方になるけども、仮に次男ちゃんを将軍家に引き渡しても、全てが丸く収まるわけでもないしね」
アイナに続き、キュネイが道理を説くと、勇者たちも二の句が告げなくなる。
俺たちが触れるまでは、災厄はエガワ将軍家にとって、口に出すのも憚れる禁忌中の禁忌。こいつを利用しようと画策した時点で言い逃れは出来ない。たとえ将軍家の直縁であろうとも重罪は免れないだろう。
「サンモトの民として、シンザ様へのお気遣いは嬉しく思います。ですが、あの方とて全てを承知の上での事。ここに至れば手心は無用に存じます」
ミカゲも冷たく言い放つと、レリクスは唇を噛み締める。頭では俺たちの言っている事を理解できる。ただ勇者としては素直に受け入れ難いという本心が丸わかりであった。
これではまるで俺たちが悪役ではないか。
「おい、何を勝手に不貞腐れてやがる」
「うぇ!?」
俺は俯く勇者の胸元を、人差し指で強目に押す。ちょっと力が入りすぎて後ずさってしまうが、その辺りはご愛嬌だ。
「ここで素直に諦めてどうすんだ。お前は『勇者』なんだろ」
「──ッ!?」
まるで、今の今まですっかり忘れてしまったかのような驚きっぷりだ。まさか本当に意識の外にあったのではないだろうか。
勇者は困難に立ち向かい不可能を可能にしていく埒外。常識では計り知れない魔王様を倒そうというのだ。俺たちが「無理」と断じた程度で萎縮されてしまってはそれこそ困ってしまう。
「俺たちは俺たちの仕事を全うする。ならお前らはお前らの使命を遂行すりゃぁいい」
傭兵は交わした契約の元、状況を顧みて現実的な判断をし、切り捨てるべきを切り捨て最大の利益を狙う。仕事を完遂した上できっちり生還し、報酬を得るのが目的だ。
俺たちは自身の下した判断に準じるが、それを誰かに──ましてや勇者様に押し付ける気なんて毛頭ない。
「勇者としてどうするべきか。でもってお前がどうしたいのか。その辺りを忘れんじゃねぇぞ」
最後に拳でもう一度、気合を込める意味も含めて軽く勇者の胸を小突くと、俺は勇者一行からに背を向けた。……小突いたにしてはちょっと音が大きめだったしレリクスが衝撃で咳き込んでしまったのもやはりご愛嬌だ。
「まったく、ダーリンはお優しんだから」
「うるせぇな。俺たちも準備があるんだからさっさといくぞ」
リードがからかってくるが、俺はムッとしながら返す。
「それで、勇者くんを焚き付けたのはどう言うつもり?」
「別に。大事な戦力がやる気出してくれねぇと困るだろ」
キュネイへの返答だって間違ってはいない。
本命であるシンザとその周囲を固めている魔族。まともに対抗できるのは、ランガを除けば俺とレリクスたちだ。その片方が腑抜けていては勝てる戦だって勝てなくなる。
何より、本当は俺よりずっと凄いやつがこの程度で俯かれては困るのだ。
「「──(にやにや)」」
「揃って生温い笑みを向けてくるのはやめてくんねぇかな」
両脇から絶妙に腹が立つ視線を向けられながら、俺たちはこの場を後にした。
ユキナの背中を半ば呆然と見送るレリクスたち。
「──と、言うわけです。私たちもあなた方の邪魔をするつもりはありません」
「立場は違えど、今は共に轡を並べる者同士。互いの健闘を祈りましょう」
アイナとミカゲ。一つ前の冷たい言葉とは打って変わった明るい笑みを残すと、ユキナの後に続いて行った。
残されたレリクスは、ユキナに小突かれた胸元に手を当てて立ち尽くしていた。
「えっと……あの人なりに、レリクス様を元気付けようとした……という認識でよろしいのでしょうか?」
男同士ゆえの絶妙な距離感に、マユリは首を傾げながらも納得しようとする。
「なるほどねぇ。あの堅物だった銀閃が惚れ込んだってのも、何となく理解できる」
「レリクスさんが嫉妬を覚えてしまうと言うのも、納得ですね」
ガーベルトとシオンは、ユキナという男を初めて見定めた気がした。
自信の有る無しではない。揺るがぬ意志を持って、己を貫くその姿。あれは女性だけではなく男性だって惚れてしまうであろう。現に、ああも全幅の信頼感を見せつけらては堪らない。
これまでユキナという男がチラつくたびに、レリクスが複雑な心境を抱いていたのは察していたが、あんなのが昔から間近にいれば妬みの一つも抱くのは当然だ。
「で、だ。言われっぱなしでいいのか、勇者さんよ」
レリクスは、ユキナに叩かれた胸元に手を当てる。
シオンのいう通り、やはり嫉妬があるのは間違いない。
ただ、それでも。
「ああまで言われて俯いたままじゃ、勇者云々の前に男が廃る」
どうしてああも当然とばかりに自身を貫けるのか。羨む気持ちは消えはしない。
でも、ユキナは、紛れもなく己を信じている。
なら、いつまでも俯いてなんていられない。
実際のところ、どのような結末が『最高』と呼べるのかもよくわかっていない。
ならば──。
「最後の最後──その瞬間まで、考え抜くさ」
レリクスは思い至る。
もしかしたらそれこそが自身の目指す『勇者』の在り方なのかもしれない、と。
ユキナは、自分にできることは限られてるから、そんなかでの最善を定めてます。でもって、レリクスは本当に凄いやつなので自分のことなんか気にせずもっと貪欲に最高の結果を目指してほしいと思っています。
レリクスは、常に自身の行動が受け身である事に気がつき始めています。一方でユキナが現実的で最善の選択肢を突き進んでいることで常に己の前を走っているように感じて忸怩たる感情を抱いてます。
英雄と勇者は身近な男の子同士であるがゆえに、割と互いに面倒臭い感情を抱いています。




