第7話 折れたら、また作ればいい
翌朝。
朝食は我慢した。残った金を思えば、仕事が終わってから食べればいい。
宿の鍵を返し、冒険者ギルドへ向かう。
「新人でも受けられる仕事、他にありますか?」
「ちょうどいいのがありますよ。建築現場の手伝いで、午前のみで報酬4,000リルです。専門の技術は要りません。人手が足りない時に、職人さん側からギルドへ依頼が来るんですよ」
冒険者ギルドが魔物討伐の斡旋所だけでなく、こういう真っ当な日雇い仕事の窓口にもなっているとは思わなかった。戦えない身としては、願ってもない話だ。
「それでお願いします」
「採取みたいに探し回る必要もありませんし、指示通りに動けば問題ありませんよ」
登録証を見せて受注の手続きを済ませ、教えられた場所へ向かう。
現場は、大きな建物の骨組みが組み上がっている最中だった。木組みの足場が何段にも重なり、積み上げられた木材と石材のそばで、縄があちこちに転がっている。
職人たちの威勢のいい掛け声、金槌が釘を打つ音、鋸が木を挽く音。風に乗って木屑が舞い、資材を担いだ作業員たちが忙しなく行き来していた。
天秤棒を担いだ職人が、足場の上へ石材を運び上げていくのが見える。
(……なんか、テンション上がる光景だな)
ラノベの工事現場なんて意識したこともなかったが、実際に見ると存外に絵になる。埃っぽい空気の中に、木の香りと汗の匂いが混じっていた。
「お前が今日のギルドの手伝いか。じゃあ、まずはあの木材を運んでくれ」
現場責任者らしき男に指示され、俺は他の作業員たちに混じって資材運びを始めた。木材は思ったより重く、二、三往復しただけで肩と腰にじわじわ疲労が溜まってくる。
(……これ、インベントリに入れたら楽なんじゃないか?)
思いついたものの、さすがに現場の資材をいきなりインベントリへ放り込むのは気が引ける。運べとは言われたが、目の前から消していいとは言われていない。
「おい兄ちゃん、これを上まで運んでくれ」
別の職人から声をかけられ、束ねられた木材を手渡される。普通に抱えて歩き出し、資材の山の陰に差し掛かったところで、ふと足を止めた。
(……こっそり試してみるか)
周囲を軽く確認する。誰もこちらを見ていない。人前で荷物が突然消えたら、さすがに説明が面倒だ。便利ではあるが、わざわざ目立つ使い方をする理由もない。
物陰で、インベントリへ収納してみる。
すっと収まった。重さも感じない。
「……お、いけるのか」
身軽になったまま、足場の梯子を登っていく。上でも人目の少ない資材の陰でインベントリを開くと、直前に入れたはずの木材はちゃんと一番下に並んでいた。古い物が上、新しい物が下。順番通りに増えていくなら、どこにあるかの見当くらいはつけやすそうだ。そこで取り出し、あとは普通に運んで指示通りの場所へ置く。
(これ、運搬だけならかなり便利だな……)
素材を拾う以外にも、こんな使い方があったとは。慣れてくると、物陰で数束まとめて収納してから上へ運ぶようになった。往復の回数も目に見えて減っていく。
入れた分だけ重くなることもない。どこまで入るのかは相変わらず分からないが、少なくとも今の量でいっぱいになる気配はなかった。
作業の合間、資材置き場の隅に積まれた端材や木屑の山が目に入った。
「これ、捨てるんですか?」
「ああ? 欲しいのか? そんなもんでよけりゃ好きに持っていけ。むしろ邪魔だから助かるくらいだ」
許可はもらった。なら、遠慮はいらない。
短い木片、細長い端材、比較的まっすぐな棒材、鉋屑、削り屑、薄く剥がれた木の板。使い道なんて今は分からない。それでも、後になって「あの時拾っておけば」となるよりずっといい。片っ端からインベントリへ放り込んでいく。
インベントリを確認すると、
……
【木片】
【木片】
【細い木片】
【鉋屑】
【削り屑】
【棒材】
【木片】
「……また増えたな」
少なくとも、こういう不揃いな物は一つにまとまってくれないらしい。
「後で絶対面倒になる気がする」
そう思いながらも、拾う手は止まらなかった。
昼が近づく頃、縄を扱う職人の手際に目を奪われた。木材を束ね、資材を固定し、時には足場の補強にまで使う。この現場に、縄はいくらあっても足りないらしい。
「その縄って、どうやって作るんですか?」
手が空いた職人に聞いてみると、面倒くさそうにしながらも、繊維を三つに分けて撚り合わせる基本のやり方を見せてくれた。
「こんなもん、慣れりゃ誰でもできる」
言うほど簡単には見えなかったが、興味が勝った。
「あの、その繊維、少しもらえたりします?」
「廃材と一緒に持っていっていいぞ」
廃棄予定の植物繊維を少し分けてもらい、インベントリへしまっておく。試すのは、仕事が終わってからでいい。
「今日はこんなもんでいい。助かったよ。これをギルドに渡してくれ」
正午前、現場責任者からそう言われ、木札を一枚渡された。依頼完了の証らしい。仕事はここで終わりだった。
教えられた通り冒険者ギルドへ戻り、受付に木札を差し出す。
「確認しました。お疲れさまでした。報酬の4,000リルです」
受け取った4,000リルをしまっておく。
【所持金】5,600リル
ギルドを出たところで、腹がぐう、と鳴った。
「……そういや、朝飯食ってなかったな」
本来なら真っ先に飯屋へ向かうべき場面なのだろうが、頭の中は工事現場でもらった植物繊維のことでいっぱいだった。
「飯は……これ試してからでいいか」
足は自然と人通りの少ない方へ向いていた。
人目の少ない路地の端に腰を下ろす。
「さっき教えてもらったやつ、試してみるか」
もらった植物繊維を取り出し、見様見真似で撚ってみる。
一本目、撚りが甘くてすぐにほどける。二本目、太さが揃わずぶかぶかになる。三本目、力を入れすぎて途中で切れた。
「……ゲームなら素材並べて終わりなのに」
単純作業のはずが、思った以上に奥が深い。
何度か繰り返すうち、少しずつコツが掴めてきた。撚る強さを一定に保つこと、指先の角度。慣れりゃ誰でもできる、なんて簡単に言ってのけた職人の手際が、急に尊敬に値するものに思えてくる。四本目か五本目、ようやく実用に足りそうな一本が完成する。
《新しいレシピを登録しました》
【植物繊維ロープ(簡易)】
「……お、できた」
薬草の軟膏の時ほどの感動はなかったが、確かな手応えはあった。
「これで二つ目か。やっぱり、自分で完成させた物が登録される、って考えはかなり当たってそうだな」
断言はまだできないが、今のところの実感としては、そう考えるのが一番しっくりくる。
クラフトの欄を確認すると、そこにちゃんと項目が並んでいる。試しに、残りの繊維でもう一本だけクラフトしてみた。
二、三秒ほどで、インベントリに、さっき苦労して撚ったのとよく似た一本が増えた。
「これ、また便利になったな……」
手で撚ればあれだけ苦労するものが、数秒で再現できる。時間のかかる単純作業ほど、クラフトのありがたみが増す気がした。
インベントリの中の棒材を眺めているうちに、ふと手が止まった。比較的まっすぐな一本が目に留まる。
(……これ、武器にできないか)
まともな武器を買えるほど、今の懐に余裕があるとは思えない。いざという時に、素手しかないのはさすがに不安だった。
木の先端をナイフ代わりの薄い石で削ってみる。最初は形が歪で、重心もおかしい。握る位置を変えてみたら、今度は削りすぎて短くなりすぎた。長すぎても振り回しにくく、短すぎても頼りない。ちょうどいい塩梅を探りながら、また別の棒材で最初からやり直す。
何本目かで、さっき作った植物繊維ロープを必要な長さだけ切り分け、柄に巻き付けてみると、握りが格段に安定した。残ったロープは、またインベントリへしまっておく。
先端を尖らせ、バランスを整え、ようやく一本の槍らしき形になる。
「……これなら、一応使えるか」
《新しいレシピを登録しました》
【木製短槍(簡易)】
表示を見て、口元が緩んだ。
クラフトの欄を覗くと、確かに項目が並んでいる。素材はまだ余っている。もう一本作ってみることにした。
【木製短槍(簡易)を製作しますか?】
心の中で念じると、棒材と、柄巻きに必要な分だけロープが消費される感覚があった。ロープの時より、少し長い。
十数秒ほど待つと、インベントリに木製短槍がもう一本増えた。取り出して、最初に作った一本と並べてみる。
「……俺、一本目作るのにどれだけ削ったと思ってんだよ」
あれだけ試行錯誤した作業が、あっさり再現されていた。
手元に並んだ二本を見比べる。金属の穂先も、上等な柄もない。ただの木の棒だ。硬い相手に力任せに打ち付ければ、あっさり折れるだろう。鉄の武器には遠く及ばない。
それでも――
「予備を何本か作って入れておけば、一本折れてもすぐ次を出せるってことだよな」
全部の木材が使えるかは分からないが、少なくとも今は、使えそうな棒材がインベントリに何本か残っている。材料に困る武器ではなさそうだ。壊れる前提で何本か持っていけるなら、悪くない。とはいえ、これで戦えるようになったと浮かれるほど、自分を過信してはいない。あくまで、素手よりはマシという程度の話だ。
手にしていた二本の短槍を、どちらもインベントリへ戻しておく。
ぐうう、と、さっきより盛大に腹が鳴った。
「……今度こそ飯にするか」
薬草の軟膏、植物繊維ロープ、木製短槍。登録済みのレシピが、いつの間にか三つに増えていた。薬だけじゃなく、道具や武器にまで広がるとは思っていなかった。もっとも、何でも作れるようになったわけじゃない。自分の手で完成させられた物が、三つあるだけだ。
インベントリの中には、木片や棒材、削り屑や鉋屑が並んでいる。
「……これも、そのうち何かに化けるかもな」
雑多な拾い物を眺めながら、俺は少しだけ先の展望に胸を膨らませた。金はまだ心もとない。武器だって、お世辞にも立派とは言えない。それでも、壊れたら終わりじゃない。素手だった昨日とは全然違う。そう思えるだけで、今日の収穫としては十分だった。




