第5話 この能力、かなりゲームっぽい
扉の向こうに広がっていたのは、思っていた通りの光景だった。
鎧姿の男たちが酒場のような一角で盛り上がり、壁際の掲示板には紙が何枚も貼られている。腰に剣を差した女、フードを被った小柄な影、木箱を運ぶ作業員らしき男。埃っぽい空気と、革と鉄の匂い。
(ついにきた……!)
平静を装おうとするが、目は勝手に掲示板の方へ吸い寄せられる。落ち着け、俺。ただの職業安定所だと思え。
それでも、掲示板の依頼票を横目でちらりと確認してしまう。「魔物討伐」「護衛」「採取」――よく見た単語が、紙一枚の実物として目の前にある。それだけのことに、柄にもなく胸が高鳴った。
(文字まで普通に読めるのか。……これはありがたいぞ)
受付らしきカウンターへ向かうと、書類仕事をしていた女性職員が顔を上げた。特に愛想がいいわけでも悪いわけでもない、淡々とした対応だった。それが逆に、この世界の日常を感じさせた。
「登録ですか?」
「あ、はい。……お願いします」
「では、こちらに名前を」
差し出された紙切れは、拍子抜けするほど普通だった。
「……それだけですか?」
「それだけですけど」
「その、能力を測る水晶とか、適性試験とか」
「……ふざけてるんですか?」
名前を尋ねられ、「尚木」と名乗る。
受付の女性が何かを書き込む。現地の文字のはずなのに、俺にはそこに『ナオキ』と書かれているように読めた。
「登録料は?」
「登録は無料です」
なるほど、無一文でも始められるようになっているらしい。
受付は続けて、革紐を通した小さな金属板を差し出した。
「こちらが冒険者登録証です。名前と登録番号、それから現在のランクが刻まれています。身分証としても使えますので、なくさないようにしてください」
それは、指二本分ほどの大きさの金属板だった。革紐で首に掛けられるようになっており、裏にはギルドの紋章が刻まれている。これがこの世界での俺の身分証ということになる。大事に首から下げておく。
「今日から仕事を受けられます。新人は全員Fランクからです」
「あの、ランクって全部でいくつあるんですか?」
「上から下まで色々ありますけど、新人さんは全員一番下からなので、今は気にしなくて大丈夫ですよ」
あっさりとかわされる。想像していた「特殊な才能を見抜かれて特別ルートへ」のような展開は、当然のように存在しなかった。分かっていたつもりだったが、少しだけ気恥ずかしい。
示された依頼のほとんどは、討伐ではなく採取だった。
「新人向けなら薬草や木の実の採取ですね。あとは少し距離がありますが、川辺の砂鉄拾いなんかもあります」
カウンターに並べられた依頼票を眺める。討伐系の依頼も一応あるが、明らかに新人向けではなさそうな内容ばかりだった。
「これで」
「薬草十本ですね。頑張ってください」
選んだのは、街道脇に自生する薬草を十本集めるだけの、地味な仕事だった。見分けさえつけば難しくはなさそうだが、依頼票には「傷みの少ないものに限る」と注意書きがある。討伐でないことに多少の物足りなさはあったが、無一文の身で危険を冒す理由もない。それに――内心では、別の期待もあった。
街を出て少し歩くと、草原が広がっていた。魔物の姿もなく、平和な場所。あの夜の森とは大違いだ、と場違いな感慨が浮かぶ。
(採取依頼なら、ついでに検証もできるぞ)
依頼書に描かれた薬草の絵と、周囲の植物を見比べながら歩く。
ふと気になって、インベントリを開いてみる。
【石】
【木の実】
【石】
【枝】
【見知らぬ草】
……
石や木の実、枝。入れた時のまま、一覧に残っている。
「……ちゃんと残ってるな」
画面を閉じ、俺は改めて薬草を探し始めた。
依頼対象とは違う、艶のある小さな実が茂みの根元にいくつか転がっているのに気づいた。触れると、指先にわずかな脂っぽさが残る。
いくつか拾い上げて、インベントリへ入れてみる。すっと収納された。
続けて、依頼対象の薬草と、道端に落ちていた枯れ枝もいくつか収納してみる。だが、何を入れてもクラフト欄に変化はなかった。
「……分からん。分からんが、面白いな」
何を集めれば、何が起きるのか。正解が見えないこと自体に、妙な楽しさがあった。ゲームの攻略サイトを開かずに手探りで進める、あの感覚に近い。
薬草を五本ほど集めたところで、インベントリを開いた。
【薬草】
【薬草】
【薬草】
【薬草】
【薬草】
【クラフト】
【登録レシピ:0】
【???】
薬草まで一本ずつ並んでいる。同じ薬草のはずなのに、まとめてはくれないらしい。
「薬草も一本ずつ並ぶのか……」
クラフトの欄を覗いてみても、やはり何も表示されない。
「数が足りないのか? それとも、組み合わせの問題か……」
考えても分かるはずがない。とりあえず、こっちも試してみるかと、俺は視線を移した。
最初に拾った、あの脂っぽい実に向く。ただ収納しただけで放置していたが、これも何かの役に立つのだろうか。インベントリから取り出し、指先で割ってみる。外側は思ったより硬く、殻のように二つに分かれた。
中身は思っていたよりねっとりとした油分で、割るとほんのり獣脂に似た匂いが漂った。もう一つの実も同じように割り、掌に二回分ほどの量を溜める。
そのままインベントリへ収納しようとして――手が止まった。油が、消えない。石や薬草のようにすっと吸い込まれる感触がなかった。
「液体だけじゃ、駄目なのか……?」
少なくとも、この油はそのままだと入らないらしい。だったら、と割れた殻の片方へ油を移し、殻ごとインベントリへ向けてみる。
すっと収納された。
「……殻に入れた状態なら、入るのか」
【木の実の殻(油入り)】
インベントリに、そんな項目が増えていた。空いた殻もいくつか残ったので、ついでに収納しておく。
「あと少し、何か工夫が必要とか?」
油を手に入れただけでは駄目らしい。だったら、と俺は手元の素材を見比べる。薬草と、油の入った殻。
「薬草を潰して、この油で練り込めば……傷薬っぽいものにならないか?」
思いついたら、やってみるしかない。薬草を五本と、殻の油、それに空の殻を一つ取り出し、薬草を手のひらですり潰す。青臭い匂いが辺りに広がった。潰した薬草を、油でよく練り合わせる。軟膏状になったそれを、空いていた殻の一つへ詰める。
不格好だが、小さな容器に収まった傷薬らしきものができた。
《新しいレシピを登録しました》
「……え?」
目の前に突然現れた表示を見て、手元の軟膏へ視線を戻す。
「……できた、のか?」
【薬草の軟膏(簡易)】
「おお!」
声が震えた。
効き目があるかは分からない。だが少なくとも、システム上は一つの製作品として認識されたらしい。
拳を握りしめる。38年生きてきて、こんな小さな軟膏一つにここまで感動する日が来るとは思わなかった。手のひらに載せた簡素な軟膏が、やけに存在感を放っている。
ひとしきり喜んでから、改めて表示へ目を戻す。
【必要素材】
薬草×5
木の実油・必要量
木の実の殻×1
「量まで数字で出ないんだな」
作ってから、システムが追いかけてくる。順番が逆だ。だが、悪い気はしなかった。誰かに教えてもらったんじゃない。自分で見つけた。
「……もしかして、一回自分で作るのが条件なのか?」
素材を持っているだけでは何も出なかった。だが、自分の手で一つ完成させた瞬間に表示が出た。だとすれば――そういうことなんだろうか。断言はできないが、たぶん、そういう仕組みらしい。
「……これだよ。こういうのがやりたかったんだ」
最強の武器でも、便利な魔法でもない。自分で条件を探して、試して、ようやく一つ作れた。その事実そのものが、たまらなく嬉しかった。作った軟膏も、ひとまずインベントリへしまっておく。
勢いのまま、クラフトの欄に目をやる。確かに【薬草の軟膏(簡易)】が、正式な項目として並んでいた。
「これ、実際に選んだらどうなるんだ……?」
試したい。だが、インベントリを確認すると、薬草はちょうど使い切ってゼロだった。依頼分の十本には、まだ十本丸ごと足りない。
「いや待て。仕事が先だ」
自分でツッコミを入れて、俺は薬草を探しに戻った。目に見えた範囲の三十本ほど摘んでおく。これなら依頼分とクラフト分を使っても余る。何かに使うかもしれないし、持って帰ればいい。
十分な薬草を確保したところで、俺はさっき油を入れた木の実の殻を取り出す。まだ中には油が残っている。空いた殻も、まだインベントリに残っていた。
「よし、やってみるか」
クラフトの欄から【薬草の軟膏(簡易)】を選択する。
【薬草の軟膏(簡易)を製作しますか?】
表示された確認に、迷わず頷く。
インベントリに入っていた薬草と、空の殻が、すっと消える感覚があった。同時に、手元に持っていた殻に残っていた油も、ほんの少しだけ減っている。
「ほう……手元からも使えるのか」
インベントリの中にある物だけが対象だと思っていたが、少なくとも手元に出してある素材も使えるらしい。
二、三秒ほど。
それだけで、インベントリに新しい項目が増えていた。
【薬草の軟膏(簡易)】
「……マジか」
さっき俺がやった作業――薬草を潰して、油と練り合わせて、軟膏にするまでの手間が、たった数秒で終わっている。
「さっき俺がやった作業、数秒?」
自分の手で作ったものと見比べる。見た目はほとんど同じだ。だが、かかった時間はまるで違う。
残った油入りの殻も、インベントリへ戻しておく。
「これ、かなりゲームっぽいぞ……」
石や脂っぽい実なども拾いつつ、ギルドへ戻る頃には、日が傾き始めていた。
「確認しました。報酬です」
「4,500リルです。銀貨四枚と、大銅貨一枚ですね」
硬貨の表面には、それぞれ「1,000」「500」と数字が刻まれていた。銀貨が1,000リル、大銅貨が500リル。――そうか、この国の通貨は「リル」って言うのか。この世界で4,500リルがどれくらいの価値なのかは、まだ分からない。それでも、確かに俺自身の手で稼いだ金だと思うと、なぜか妙な達成感があった。
受け取った硬貨をそのままインベントリへしまう。確認してみると、いつもの素材一覧とは別に、見慣れない項目が増えていた。
【所持金】4,500リル
通貨だと分かったから、表示まで変わったんだろうか。中身は実物の硬貨のままなのだろうが、いちいち枚数を数えなくて済むのはありがたかった。
「……これで、飯くらい食えればいいんだけどな」
ギルドを出ながら、俺はインベントリを開く。
さっきから拾った石や枝や草に、今日の薬草、それに軟膏が二つ。雑多な一覧は、もうそれなりの量になっていた。
「次は、何を試してみるかな……?」
飯より先にクラフトのことを考えている時点で、たぶん俺はもう手遅れだった。
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