第35話 作るのは頼りきりで、壊すのは一人でできる
翌朝、三人でギルドの掲示板の前に集まった。
昨日の内見のことが、まだ頭から抜けていない。ぼろい。何度思い返してもぼろい。それなのに、「やめておこう」という気には、まだなれなかった。
紹介所には、主要な構造の状態を確認するため、専門家との日程を調整してもらっている。連絡が来るまで数日。何もせずに待つには長く、まとまった依頼を受けるには微妙に短い。
「その数日で、やっておきたいことがあるんです」
「嫌な予感がする」
ミグレナが即答した。
「縁起でもないこと言わないでくださいよ」
「否定しないのか」
「今回は魔力の練習ですから」
ネリオラが、丸眼鏡の奥で目を輝かせている。
「何をするんですか~?」
「魔力の練習です。俺の」
二人が、揃って俺を見た。
先日、【規格魔力結晶】をクラフトし直そうとして、ネリオラの魔力が要ると分かった。作れるかどうかが、彼女の都合で決まる。仲間として頼るのはいい。ただ、作れる条件が一人に寄りすぎているのは、仕組みとして少し心許ない。
作る条件そのものは変えられなくても、俺自身にできることが増えれば、使い方は広がるかもしれない。
それより前に、根本的なことに気づいてしまった。
「そういえば俺、自分で魔力を出そうとしたこと、一度もないんですよね」
「……一度も?」
ミグレナが珍しく、はっきりと眉を寄せた。
「今までですか~?」
「はい」
「よくそれで今まで気にしませんでしたねぇ」
「魔法には縁がないものだと、勝手に決めていました。ネリオラさんを見てたら、なおさら」
「私のせいですか~」
「褒めてるんです」
ネリオラが嬉しそうに首を傾げたところで、受付へ足を向けた。
「自分で魔力を出せるか試したいんです。何が起こるか分からないので、人や物に被害が出にくい場所を借りたいんですが」
書類へ走らせていた受付の女性のペンが、止まった。
「……先日の訓練場のことは、覚えていらっしゃいますよね」
「すみません……だから今回は、先に申告に来ました」
「順序としては、進歩ですね」
褒められてはいないようだ。
結局、町外れの廃石切り場を紹介された。ギルドが管理を任されている場所で、使われなくなって久しく、これ以上崩れても困る人はいないらしい。
「終わったら、戻ったことだけ知らせてください。やりすぎないでくださいね」
「善処します」
「気を付けてくださいよ……?」
廃石切り場は、ハルムから歩いて小一時間、街道を外れた先にあった。
着いてみると、廃石切り場は思っていたより広かった。山肌が階段状に削られ、切り出した石の残りが崩れたまま積まれている。中央は窪地になっていて、風が抜けていく。
「何をするつもりなんだ?」
「クラフトした魔力結晶に、自分で魔力を込める練習をしたいんです」
窪地の縁に、人の背丈より大きな岩が転がっていた。
「なら、あの岩を使う。何かあったら、すぐそこへ隠れろ」
台にする平らな石は、その岩から十歩ほど離れた窪地の中央に据えた。まずは何も使わず、自分の魔力を出せるか試すことにする。
魔力を出す。……出す、とは、どうすればいいんだ。
手のひらへ意識を集め、ぐっと力を込める。
何も起きない。
「ぐぬぬぬ」
「力んでも出ませんよぉ」
「息が止まっているぞ」
二人から同時に指摘された。息を吐いてもう一度試すが、やはり何も起きなかった。
ネリオラが隣にしゃがみ込み、俺の手の甲へそっと指先を添えた。淡い光の粒が一つ、袖のあたりでふわりと回る。
「……ありますねぇ。ちゃんと」
「本当ですか?」
「ありますよぉ。細くて、ムラがあって、偏ってますけど。使い慣れていないだけで、流れはあります」
褒め言葉なのかは怪しいが、「ない」と言われるよりずっといい。流れはある。なら、出し方の問題だ。
「どうすれば出るんでしょう。ネリオラさんは、いつもどうしてるんですか?」
「私は、細く揃えて、向きを決めて……」
言いかけて、彼女は少し考える顔をした。
「ナオキさんには、それはまだ早いですね。今は形を整えようとしなくていいです。ただ、押し出す感じで」
「押し出す……」
形を作るんじゃない。内側にあるものを、ただ外へ押し出す。
手のひらへ意識を集め、その感覚のまま力を込めた。
指先が、ふっと温かくなった。
手のひらの上に、糸のように細い光が一筋、灯る。すぐに消えて、また灯った。
「出た……?」
「出てますよぉ。ほんの少し、ですけど」
ネリオラがしばらく光を見つめてから、うなずいた。
(……出せるのか、俺)
もう一度押す。今度は少し太く出たが、途中で途切れた。
「安定しませんねぇ」
「量も、出方も、毎回違う」
ミグレナの言葉は容赦がなかったが、否定できなかった。細く揃えて狙った一点へ送るなんて、逆立ちしても無理だ。ただ出す。それだけ。
「ネリオラさんの真似は、できそうにないですね」
外へ出せるとなれば、次は結晶へ流せるかを試したい。インベントリから【規格魔力結晶】を一つ取り出す。角の揃った、淡く透ける結晶だ。手持ちは二つ。
結晶の前に膝をつき、さっきと同じ感覚で押し出す。
結晶の内側に、うっすらと光が灯った。
「入りましたねぇ」
「思ったよりあっさりだな」
流し込むだけなら、それほど難しくない。ただ、狙って強さを絞るような細かい真似は、やはりできそうになかった。
結晶を見つめているうちに、ふと、この前の爆発のことを思い出した。
ネリオラは結晶片へ魔力を注ぎ続けて、光が不安定になり、止めても収まらず、数秒後に爆ぜた。あの時、彼女がやっていたのは、精密な制御だっただろうか。
違う。あれは、ただ限界を超えるまで注いだだけだ。
「ネリオラさん。前の爆発、あの時って精密さは要りました?」
「いえ、全然。入れすぎただけですよ~」
「じゃあ、俺でもできますよね」
沈黙が落ちた。
「……おい。なにを考えている?」
「怪しいですねぇ」
「まだ何もしてないですよ!」
「これからするんだろう」
否定できなかった。
ネリオラは少し考えてから、真面目な顔に戻った。
「危ないのは、止めても収まらないところです。私が結晶を見ておきます。揺れ始めたら合図しますから、そうしたら、すぐ止めてください」
「なら、止めたらすぐ走れ。あの岩の陰だ」
「了解です」
台の前へ戻り、膝をつく。手を置き、さっきと同じ量から押し始めた。
光が灯る。変化はない。
一段、量を増やす。光が大きくなった。まだ安定している。
「まだ大丈夫です~。もう少しいけそうですよぉ」
もう一段。もう一段。
光は静かに脈打つだけで、何も起きなかった。
(足りないのか? それとも、限界がまだ遠いのか)
思い切って、押し込む量を一気に増やした。
光が、揺らいだ。
滑らかに脈打っていた光が、水面のように波立つ。結晶がかすかに震え出し、カタカタと台の石を鳴らした。
「そこです! 止めてください~!」
ネリオラの声に、反射で手を離した。
魔力を止める。それでも、揺れは止まらない。震えは、むしろ強くなって見えた。
「走れ!」
(待て。これ、インベントリに入れれば――)
ミグレナの声より、思いつきの方が早かった。もう一度結晶へ手を伸ばし、触れて、収納を意識する。
入らない。
結晶は、台の上で震え続けている。いつもなら、すっと消えるはずなのに。
「駄目だ!」
即座に踵を返した。
「何をしている!」
ミグレナに襟を掴まれ、引きずられるようにして、岩の陰へ転がり込んだ。三人で岩に背中を預け、息を殺す。
……静かだった。
「数えます。一、二、三……」
ネリオラが、小声で数え始める。前回は、数秒だった。
「六、七、八……九、十……」
来ない。
様子を窺おうとした俺の襟を、ミグレナがもう一度掴んだ。
「十三、十四……」
ドン、と腹に響く音がした。
岩の向こうで、石片が雨のように弾け散る。頭上を、何かが唸りを上げて飛び越えていった。
しばらくして、辺りが静かになった。
恐る恐る、岩の陰から顔を出す。
台にした石が、半分ほど欠けていた。窪地の地面には浅い穴が空き、砕けた石片が周囲に散らばっている。結晶は、跡形もなかった。
「ナオキ」
ミグレナの声が低い。
「あの状態で、結晶に触ったな」
「……はい」
「二度とやるな」
「申し訳ございません……」
俺は自然と土下座していた。
「……すみません。ちょっと、焦ってました」
「焦る?」
「俺、ミグレナさんみたいに前で戦えるわけじゃないですし。ネリオラさんみたいに魔法を使えるわけでもない……だから、自分にできることが増えるならって……少し、試したくなりました」
「だからって、爆発寸前の結晶に触るな」
「はい。そこは本当に反省してます」
「ナオキさん、役に立ってないわけじゃないですよ~」
「分かってはいるんですけどね……」
分かっている。
バロウワームを倒せたのだって、俺一人の力じゃない。むしろ三人だったから勝てた。それでも、自分にできることを、もう少し増やしたかった。
「前回より、音は小さかったですねぇ」
「だが、石の破片は前回より遠くまで飛んでいる」
「魔力の込め方によって変わるんですかね?」
「どうでしょうねぇ。入れた量も、入れ方も違いますから」
(一回じゃ、何も断定できない)
爆発までの時間も、威力も。それに、インベントリへ入らなかった理由もだ。
できれば条件を変えて、もう何度か試したい。だが、今の俺では入れる魔力の量すら安定させられない。これでは回数を重ねても、まともな比較にならない。
「作るには、ナオキさんの加工と私の魔力が要りますけど」
ネリオラが、穴を覗き込みながら言った。
「壊すのは、一人でできちゃうんですねぇ」
「作るのは頼りきりで、壊すのは一人でできる、ですか」
「極端だな」
「得意不得意ですよぉ」
(……効果はある。でも、効果を安定させられないなら、気軽には使えない)
時間も威力も、こちらでは決められない。安全な爆弾には、程遠い。
「穴は埋めていけ」
「……やっぱりですか」
「当たり前だ」
三人で、砕けた石を穴へ戻した。
ギルドへ戻る頃には、日が傾き始めていた。
受付へ顔を出すと、朝と同じ女性がこちらを見た。
「おかえりなさい、皆さん。石切り場は無事でしたか?」
「一応。石を一つ壊しましたけど」
「……一つで済んだなら、十分です」
どういう評価なのかは考えないことにした。
「ああ、それより。ナオキさんたちに、お伝えしたいことがあったんです」
受付が、引き出しから一枚の紙を取り出す。
「以前、ダンジョンで崩落に巻き込まれたと報告してくださいましたよね。あの後、調査班が入りまして、崩落後の安全確認が進んだそうです」
「なるほど?」
「その過程で、人工的な壁面の一部が新たに露出しました。発見者のお二人と、鑑定に関わられたネリオラさんにも、同行をお願いしたいという話が来ています」
「新たに露出」のところで、ミグレナの目が、いつもと違う光り方をした。
「……ドラグリザードは」
「現時点では、確認されていません」
少し残念そうに見えたのは、たぶん気のせいじゃない。
「壁面って、どんな形なんですかぁ」
ネリオラが身を乗り出す。
「詳細は、現地でご確認ください。前回は立ち入れなかった崩落区画の先まで、調査できるようになったそうです」
「依頼扱いなんですか?」
「はい。依頼なので報酬が出ます。調査の内容に応じて、上乗せもあります」
報酬が出るならありがたい。紹介所からの日程連絡を待つ間の仕事としては、悪くなさそうだ。
受付から渡された依頼票に、見覚えのある場所の名前が書かれていた。
ハルム東ダンジョン。
崩落区画、再調査。
(……あそこか)




