第36話 合ってるのに、入らない
ギルドの受付で受注手続きを終え、先行調査を担当していた二人の職員と合流する。
「人工壁面が見つかった場所までは、こちらで案内します。その先の設備には触れていません」
崩落区画の安全確認と瓦礫の撤去までは済んでいるらしい。だが、人工区画そのものは何が起こるか分からないため、発見者である俺たちと、魔力を見られるネリオラを待っていたそうだ。
「前は落ちただけでしたけど、今回は自分から行くんですね」
「落ちるなよ」
「それ、俺に言います?」
「二回目なら慣れてるんじゃないですか~?」
「慣れたくないです」
俺たちは二人の職員と一緒に、ハルム東ダンジョンへ向かった。以前あの場所を見つけたのは俺とミグレナだし、ネリオラも持ち帰った物の鑑定に関わっている。少なくとも、何も知らない場所へ向かうわけではない。
「今日は臭い玉、使わなくて済むといいな……」
「閉所では使うな」
「分かってますって。前回のことは反省してるんです」
浅層は、俺とミグレナにはもう見慣れた道だった。光ゴケが淡く緑に光る通路、湿った石の匂い、時折こちらの気配を察して逃げていく小さな魔物。
初めて来た時は、曲がり角や物音のたびに足を止めていた。今回は、前回と変わったところだけ確かめながら先へ進む。
「あそこ、前は小さいコウモリの群れがいたよな」
「今日はいませんね」
「駆除されたんだろう」
ミグレナの言う通り、床には乾いた痕跡だけが残っている。前に来た時より道具は増えたし、今はネリオラもいる。何が待っているか分からなかった前回とは、同じ通路でもずいぶん気分が違った。
崩落口には、簡易な縄梯子と足場が組まれていた。要所には危険を示す赤い布まで結んである。
「……あれだけ苦労して登ったのに」
「安全になったな」
「嬉しいんですけど、なんか悔しいです」
「贅沢な悩みだな」
ミグレナに切り捨てられて、素直に縄梯子を下りる。足場も梯子も、前回落ちた時に想像していたよりずっとしっかりした造りだった。
先行調査班が手を入れたのは、崩落箇所の補強と通路の確保までだ。
人工区画では余計な設備には触れず、瓦礫を取り除いた際に見つかった壁面だけを確認して引き返したらしい。
「なんで先に来た人たちは、ここまでは調べなかったんでしょうねぇ?」
「安全確認が目的だったんだろう。未知の設備まで勝手に触るわけにはいかない」
「だから、私たちに回ってきたんですねぇ」
「前にここへ入った俺とミグレナさん、それに魔力を見られるネリオラさん。まあ、そういうことなんでしょうね」
「……責任重大ですねぇ」
そんな話をしながら、先に職員二人が下り、その後を俺たち三人が続く。足元ばかり見ていたネリオラが、人工区画が近づくにつれて何度も周囲へ視線を向け始めた。
「私、実物を見るのは初めてなんですよねぇ」
床や壁に細い溝が走っていること、光が線をなぞるように走ること、台座らしきものがあったこと――話でならもう何度も伝えている。
「聞くのと見るのは、違いますねぇ」
人工区画に足を踏み入れた瞬間、ネリオラの声が変わった。丸眼鏡の奥の目が、忙しく壁を追っている。床の溝を指でなぞり、天井の高さを見上げ、また床へ戻る。子供が新しい玩具を渡された時のような目だった。
「分からないことが増えました」
「減るんじゃないんだ……」
「増えちゃいましたよ~。話で聞いていた時は、もう少し単純な構造だと思ってたんですけど」
魔力に詳しいネリオラが見ても分からないことが増えるなら、少なくとも単純な仕組みではなさそうだ。
以前の守護機構があった場所、キューブが置かれていた台座。ネリオラは一つ一つに顔を近づけ、時折指先で溝をなぞる。正体が分かった様子はない。
「前はここまでだったな」
ミグレナが、奥へ向けて顎を上げた。前回は崩落と守護機構の再起動で、それ以上進む余裕がなかった場所だ。
「こちらです」
先を歩いていた職員が、一角を示した。
「瓦礫を撤去した際に露出したのが、この壁面です。確認したのはここまでです」
言われて近づいてみる。
「……これ、普通の壁じゃなくないですか?」
立ち止まって、じっと見る。色や材質は一見同じだが、表面の質感や傷の付き方が周囲とわずかに違う気がした。
案内を終えた職員二人は、崩落口の方へ戻っていった。ここから先は、俺たちの仕事だ。
「見た目は壁だが」
ミグレナが手のひらで軽く叩く。硬い音が返ってくるだけだった。
「でも、継ぎ目があるな」
言われて見ると、確かに周囲の石壁とは違う細い線が縦に一本走っている。
「でも、魔力が流れてますねぇ」
ネリオラが指先を近づけると、壁の一部にごくうっすらと反応があった。線が続いている。継ぎ目がある。周囲の人工構造から、この一角へ向けて何かが繋がっている。
「壁じゃなくて、扉、ってことですか」
「まだ分からない。でも、可能性はある」
一つの手がかりだけなら偶然かもしれない。だが、表面のわずかな違いと、継ぎ目と、内部へ続く魔力の流れ。三つ重なれば、さすがに偶然とは思えなかった。
三人で表面を辿っていくと、腰の高さあたりに不自然な窪みがあった。
縦長の雫を思わせる輪郭。その片側だけが、三日月に切り取られたように大きく内側へえぐれている。見方によっては、何かを包み込むために空けられた形にも見えた。
何かを入れるための形なのか、それともただの意匠なのか。用途は分からない。ただ、偶然できた凹みではないことだけは、はっきりしていた。
「この窪み、扉を開けるための鍵穴ですかね?」
「そのように見えるが」
「ただ木を削ってはめ込んでも、さすがに開きませんよね」
「形そのものは浅いですけど……魔力の流れが、さらに奥まで続いてますねぇ」
ネリオラが窪みへ細く魔力を流す。しばらく黙って、目を細めた。
「流れてはいきますけど……それだけですねぇ」
「なにか魔力を帯びたものでないと開かないとか?」
「そこまでは分かりませんねぇ」
「魔力を流すだけじゃ駄目か」
窪みを見ながら考える。
ふと、以前ここにいた守護機構のことを思い出した。あいつから回収したものの中に、魔力結晶があった。
(……待てよ)
同じ人工区画で使われていたものなら、こっちにも関係している可能性はあるんじゃないか。
「ネリオラさん。前にここにいたやつから、魔力結晶が出ましたよね」
「ありましたねぇ」
「だったら、この設備も魔力結晶を使う可能性ってありません?」
ネリオラが窪みを見て、それから俺を見る。
「……試してみる価値はありそうですねぇ」
「ですよね」
インベントリから【規格魔力結晶】を一つ取り出した。
結晶を窪みへゆっくり近づける。
結晶の角が窪みの縁に触れた瞬間、壁の溝が淡く発光した。
「……反応した」
ミグレナが低く呟く。窪みの奥から、壁面の継ぎ目に沿って光の線が一瞬だけ走った。三人で顔を見合わせる。
「やっぱり、扉なんですね」
「扉かどうかはまだ分かりませんが、一応反応はしましたね」
窪みへ結晶を合わせてみるが、欠片から作った【規格魔力結晶】ではサイズも形も合わない。
「大きいやつ、削ります~?」
ネリオラが目を輝かせたまま言う。悪気はないのが余計に怖い。
【規格魔力結晶】をインベントリへ戻す。魔力結晶なら、まだ残してある。加工実験に使った小片だけじゃない。窪みより一回り大きそうなものを選んで取り出した。
「なら、この形に近づけたものを作って、反応を見ればいい」
ミグレナが、俺の手の中の結晶を見る。
「ここでか?」
「ここでです」
細工用のヤスリも固定具もインベントリに入っている。窪みは目の前にあるし、魔力の状態を見られるネリオラもいる。
「ネリオラさん。これを加工する時、前みたいに魔力を入れてもらえます?」
「もちろんですよ~」
返事が食い気味だ。
「嬉しそうですね」
「こういうの、好きなので~」
「知ってます」
もう一度、壁の窪みを見る。
縦長の雫。その片側だけが、三日月みたいに大きく欠けた形。
規格魔力結晶は反応した。魔力を直接流しただけでは何も起きなかった。なら、試す価値はある。
俺は未加工の魔力結晶を窪みの横へ並べた。
「先に測りましょう」
「測る?」
「形が合えば開くとは限りません。でも、少なくとも今のままじゃ入らない。削った結晶は元に戻せないですから」
窪みの縦横、深さ、三日月状に欠けた部分。一つずつ確認してからの方がいい。
「まず寸法を取ります。それから、この形に近づけてみます」
「慎重だな」
「一発勝負にする理由が、ないですからね」
インベントリから道具を取り出す。ネリオラが俺の横にしゃがみ込み、ミグレナは周囲を確認してから壁際へ戻ってきた。
「じゃあ――やってみますか」
縦の長さ。横幅。深さ。そして、片側を三日月状にえぐる曲線。
素材の方向は、たぶん合っている。
合っていないのは、形。
なら――次に確かめることは決まった。




