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第34話 安いのには、ちゃんと理由がある

 午前中、ギルドの解体場を借りた。大型の魔物を広げても問題ない、石畳の広い一角だ。


 インベントリからバロウワームの死体を取り出す。


 全長三、四メートル。改めて日の下で見ると、昨日戦った時よりもずっと大きく感じた。土の中で戦っていたせいで、実際の大きさを摑みきれていなかったのかもしれない。


 解体場に持ち込まれた瞬間、通りがかった職員が二度見していった。無理もない。俺だって、これが自分のインベントリから出てくると分かっていても、目の前に横たわる巨体には少し気圧される。


「……改めて見ると、でかいですね」


「だから全部持って帰った」


「ミグレナさん、嬉しそうですね」


「珍しいからな」


 ミグレナは淡々と言うが、死体を覗き込む目つきはいつもより少し明るい気がする。とはいえ、専門家というわけではないらしい。


「詳しくは分からない。地中性の魔物自体、実物を見るのは初めてだ」


 昨日も同じことを言っていた。興味はあるが、知らないこともあるのだろう。


 三人で死体に触れながら、順番に観察していく。


 外皮は戦闘中に感じた通り硬い。短槍の刃がなかなか入らなかったのも頷ける手触りだった。爪で弾いても、かすかな音しか返ってこない。


 だが、身体の節と節の間、それから腹側の薄い皮膜の一部には、少し違う感触があった。


「ここ、伸びますね」


 引っ張ると伸び、放すと戻ろうとする。外皮ほど硬くなく、それでいて簡単には千切れない。何度か指先で引き比べてみて、そのしなやかさに驚いた。


(これ、昨日買った伸縮紐より使えるんじゃないか?)


 道具屋で買った荷留め紐と引き比べてみる。戻る力は、むしろこちらの方が強いくらいだった。


「ネリオラさん、これって魔力的に何か変な素材だったりします?」


「うーん……特には。ただの頑丈な生体組織、って感じですねぇ」


 特殊な力があるわけではなく、単純に丈夫で伸縮性がある。


 節間の皮膜と、腹側の薄い皮を必要な分だけ切り出す。硬い外皮部分は別に分けておいた。


(これで、パチンコの紐だけ交換すればいいか)


 そう思いながら、インベントリから【パチンコ(簡易)】を取り出す。改めて見ると、粗が目につく。


 Y字の枠は枝を削って形を整えただけで、威力を出そうと強く引けば、簡単に折れてしまうだろう。弾受けも布を括りつけただけだ。


(……紐だけ替えて終わりでいいのか? せっかく素材があるなら、全部作り直すか)


 どうせ手を入れるなら、中途半端にはしたくなかった。


 枠に使えそうな金属部品がないか、解体場の職員に聞いてみる。修繕用の金具の中に、Y字に近い丈夫な鉄製部材があり、使い古した革の端材と合わせて300リルで譲ってもらえた。


 本格的な鍛冶はできない。不要な部分をヤスリで削り、握りやすく整え、持ち手に布を巻く程度だ。皮膜を固定する位置も、何度か当てながら調整していく。


 弾受けは、譲ってもらった厚めの革で作り直す。石弾が収まるよう、縁を少し立たせた。


 左右の皮膜を同じ長さに切ったつもりだったが、張ってみると片方だけ強い。


「右の方が、少し張りが強くないか?」


 ミグレナに言われ、左右を交互に引いてみる。確かに右側の方が戻る力が強い。取り付け位置をずらし、皮膜の幅を少し切り揃える。もう一度引き比べる。


 今度は、左右ともほぼ同じだった。最後に結び目を締め、弾受けの位置を確認する。


 《新しいレシピを登録しました》


【パチンコ】


 表示を見て、少し遅れて気付く。


(……「簡易」が消えてる)


 完成したパチンコを持って、三人で訓練場へ移動する。


 石弾を一つ乗せ、訓練場の木板へ向けて放つ。石弾は勢いよく飛び、狙った位置の少し横へ当たった。


「今の、昨日より飛び方が安定してません?」


「そう見えるな」


 とはいえ、劇的に威力が上がったわけじゃない。命中精度が自動で良くなるわけでもない。狙いも、引く強さも、放すタイミングも、結局は俺自身の腕にかかっている。


(強い武器になった、ってほどじゃないな)


 それでも――昨日、急ごしらえで作った試作品より、道具として一段完成した。そのことが、素直に嬉しかった。


 冒険に出て、魔物を倒して、素材を持ち帰って、それを加工して、今ある装備を良くしていく。そんな当たり前の繰り返しが、ようやく形になり始めている気がした。


「残りは拠点が決まったら、そこで試すか」


「解体、続きはいつでも付き合うぞ」


「私も~。観察は嫌いじゃないですし」


 硬い外皮や、使わなかった皮膜、その他の部位はインベントリへ戻す。売却するにしても、加工するにしても、また改めて考えればいい。




 昼を挟んで、午後は紹介所の担当者と合流した。


「本日はよろしくお願いします。二軒とも、ご案内できます」


 先日絞った候補は二つ。町外れの元倉庫と、条件は良いが家賃の高い元工房。どちらも賃貸物件だ。


 まずは元倉庫の方へ向かう。


「こちらは月80,000リルです。契約時は、保証金と初月分を合わせて160,000リルになります」


(金額だけなら、十分候補に入るな)


 広さも申し分ない。荷物を広げる、素材を置く、加工する。多少汚しても問題ないという話だった。ただ、実際に中を歩いてみると、別の問題が見えてきた。


「……水場、これだけですか?」


「はい。元々は保管用の倉庫でしたので」


 隅に小さな水場が一つあるだけで、排水設備もない。床も解体後に水を流して洗えるような造りではなかった。


 ミグレナが床を見ながら首を振る。


「魔物を広げるにはいいが、解体には向かないな」


「血とか流したら、後が大変そうですね……」


「そうですねぇ。実験より先に、掃除で一日終わりそうです」


 広さと値段は悪くない。だが、必要な水場や排水まで新しく作るとなれば話は変わる。町外れという立地も含めると、安さだけで決めるほど魅力的ではなかった。


 一軒目はそう分かった程度で切り上げ、二軒目の元工房へ移った。


 こちらは町の中心に近く、作業設備もしっかりしている。棚も作業台も新しく、水回りも問題ない。三人の希望にかなり近い造りだった。


「設備は文句なしだな」


「立地もいいですねぇ」


 だが、家賃を聞いて三人とも黙った。


「月120,000リルです。契約時には保証金と初月分を合わせて、240,000リルになります」


「……240,000」


 払えない額ではない。三人で分ければなおさらだ。けれど、毎月120,000が消えていく。装備や生活費、実験材料まで考えれば、継続して借りるには重すぎる。


「条件はいいが……毎月120,000は重いな」


 結局、決め手に欠けるまま、二軒とも見終えてしまった。


 紹介所へ戻る道すがら、担当者が少し言いにくそうに切り出す。


「あの……貸し物件ではないんですが」


「はい?」


「最初は候補から外していた物件なんですが。かなり修繕が必要な現状渡しでして、普通はこういう条件のお客様にはご紹介していないんです。ただ、皆様の物件を見ている時のお話を聞いていると、もしかするとこちらの方が合うのではないかと……」




 町の中心から少し外れた、旧工房兼住居。


 外から見た第一印象は、正直かなり悪かった。


 長く使われていないのが一目で分かる。壁も扉も傷んでいて、窓は一部割れている。屋根にも補修が要りそうだった。庭も荒れ放題で、全体に埃っぽい。


「……これは」


「ひどいな」


「思ったよりボロいですねぇ」


 三人の第一声が、見事に揃った。


 それでも紹介所の担当者に案内されるまま、中へ入る。


 入ってすぐ、作業スペースらしき土間が広がっていた。固定式の作業台がそのまま残っている。工具を並べる棚もある。埃を被ってはいるが、木材そのものは思ったより傷んでいない。作業台の表面には、無数の傷や焦げ跡が残っていた。前の持ち主も、ここで何かを作っていたのだろう。


(これ、クラフトにも加工にも使えるじゃないか)


 試しに作業台へ手をついてみる。ぐらつきはなかった。脚の一本一本まで、しっかり固定されている。


 奥へ進むと、石を敷いた広い一角があった。中央には排水用の溝も切ってある。


「ここなら、汚れても掃除しやすいな」


 ミグレナが床を軽く踏みながら呟く。魔物素材を広げたり、簡単な解体をしたりするにも向いていそうだった。血や体液が出ても、水を流せばいい。


「バロウワームの続き、ここでやりたいですね」


「同感だ。ここなら心置きなく解体できる」


 さらに裏手には、母屋から少し離れた小屋のような一角がある。


「ここなら……多少、派手に魔力を使っても、周りに迷惑を掛けにくそうですねぇ」


 ネリオラが小屋の中を見回しながら言う。石造りの壁は分厚く、器具や結晶を固定して実験できそうな作りだった。天井も高く、煙や熱がこもりにくそうな造りになっている。昨日の爆発を思い出すと、なおさらありがたい環境に思える。


「……また爆発させる気ですか」


「可能性の話ですよぉ」


 住居部分も一応あった。台所、共同の部屋、それに分かれた個室がいくつか。今すぐ三人でここへ住むという話ではないが、将来的にそういう使い方もできる構造だった。


 住居部分に近い一角には、小さな井戸もあった。水を汲み上げてみると、濁りもなく、思ったより綺麗な水が出てくる。


「見た限り、濁りはなさそうだな」


「使える水かは、ちゃんと見てもらった方がよさそうですね」


「井戸が生きてるなら、水回りの話もだいぶ変わってきますねぇ」


 三人それぞれ、同じボロい建物を見ながら、少しずつ評価が変わっていくのが分かった。


 俺自身も、最初のひどい印象から、少しずつ見方が変わっていく。


(何が壊れているのか。直せる部分はどこなのか)


 壁や屋根の傷み方を、順番に確かめていく。柱や梁そのものは、案外しっかりしているように見えた。表面が傷んでいるだけで、芯まで腐っているわけではなさそうだ。


「長らく借り手も買い手もつかなかった物件でして」


 担当者が、申し訳なさそうに説明を始める。


「普通のご家庭には、この工房部分が使いにくいんです。かといって住むにはそのまま使えず、修繕が必要で。貸すために所有者側で直すと、採算が合わないもので……」


「それで、現状渡しなら安くなる、と」


「現状渡しで、550,000リルです」


「……550,000?」


 さっき見た元工房は、借りるだけで月120,000だった。


 五か月も借りれば、それだけで600,000になる。


(安い。……いや、安すぎるだろ)


 もちろん、安いのにはちゃんと理由がある。


 ただ、その理由が、俺たちにとってはむしろ都合がいい。


 主要な構造が本当に無事なのか。雨漏りはあるのか。水回りの状態は使えるのか。必要な修繕材料の見積もり。購入価格と、今の手持ち。


 頭の中で、今日までの出費と手元の資金を数える。確かめなければならないことは、まだいくつも残っている。


「悪くはなさそうだが、まだ決めるには早い」


「同感です。もう少し詳しく見せてもらえますか」


「私も、こういう構造は嫌いじゃないですねぇ」


 声には出さないが、頭の中では既に、作業台の配置や小屋の使い道まで考え始めていた。決めるのはまだ早いと分かっていても、気持ちの方が少し先を歩いている。


 三人とも、それでいて――前向きに見ていることは、隠しようもなかった。


「次に来る時は、屋根と柱をもっとちゃんと見せてもらえますか」


「もちろんです。修繕の専門家に同行してもらうことも可能ですので」


 担当者に礼を言い、詳しい調査の日程を後日改めて相談することにして、紹介所を後にする。


 外に出ると、日はもうだいぶ傾いていた。荒れた庭先を振り返りながら、ミグレナがぽつりと言う。


「悪くない一日だったな」


「素材も道具も物件も、全部前に進んだ気がしますねぇ」


 二人の言葉に、素直に頷けた。


(ぼろい。どう見てもぼろい。でも――直せるなら、話は別だ)

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