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第33話 見えないなら、出てきてもらえばいい

 土塊と草の根がまとめて吹き飛んだ。


 反射的に後ろへ跳ぶ。視界の端で、ワイルドホーンの一頭が地面へ引きずり込まれる。悲鳴が短く途切れた。


 地中から現れたのは、太さが人の胴ほどもある巨大な虫のような身体だった。全長は三、四メートル。硬そうな頭部と、開いた大きな口。土と摩擦してきたであろう外皮は、鈍く汚れた色をしている。心臓が一気に跳ね上がるのが分かった。


「でっかいミミズ!?」


「恐らくバロウワームだ!詳しくはわからないが、普段は地中に潜っているはずだ!」


 ミグレナの声から、緊張が伝わってくる。


「今どこに?」


「分からない」


 バロウワームは獲物をくわえたまま、再び地中へ潜っていった。土が波打つように動いたかと思うと、次の瞬間にはもう静かになっている。


 姿が完全に消えた。周囲には、掘り返された土の跡だけが残っていた。


(こういう時こそ、地面に赤いマーカーでも出てくれよ)


 やっぱりこの世界は、どこまでも現実だ。




「下にいるのは分かりますけど……位置までは、ちょっと曖昧ですねぇ」


 ネリオラが目を閉じ、指先をわずかに動かす。けれど、すぐには何かを掴めた様子はない。


「土の中って、いろんな反応が混ざるんですよぉ。位置まではちょっと……」


「それだけでも助かります」


 完璧な索敵じゃないが、何もないよりはずっとましだった。


 再び地面が盛り上がったのは、その直後だった。今度はこちらへ向かってくる。


 短槍を構え、突き込む。手応えはあった。だが、浅い。外皮が想像以上に硬く、刃先が深く入っていかない。


(当たっても、これじゃ足りない)


 バロウワームは短く身をよじると、そのまま潜っていった。


「私が」


 次の出現に合わせ、ミグレナが剣を振るう。俺より深く、確かに傷が入る。だが、バロウワームが地上へ出ている時間は驚くほど短い。頭部から胴の一部だけを出して、すぐに潜ってしまう。決定打には遠かった。


「くそ、また潜った」


「時間が短すぎる」


 攻撃力が足りないわけじゃない。当てられる時間と部位が限られているだけだった。




「どこから出るか分からない。出ても、すぐ倒せない」


 息を整えながら、頭の中で問題を整理する。二つ。位置と、時間。


 そこでふと、ワイルドホーンたちの様子を思い出した。誰もこちらを見ていなかった。何かを警戒していた。


「見てるんじゃなくて……振動?」


「動く獲物を追ってるんだろうな」


 ミグレナの相槌が、仮説を後押しする。獣が逃げる時の足音、地面を蹴る感触。そういうものへ反応しているのなら、辻褄が合う。


(下手に走って逃げれば、自分から居場所を教えることになる)


 試しに、インベントリから石を取り出して地面へ投げる。一度。反応はない。もう一度、強く。わずかに土が動いた気がしたが、確信は持てなかった。


「単発じゃ、弱いのか」


 なら、連続で。石をいくつか続けて叩きつける。


 土の盛り上がりが、まっすぐそちらへ進み始めた。


「今のうちに離れられません?」


「やってみるか」


 三人で足音を抑えながら後退する。


 だが数歩進んだところで、地中の盛り上がりがこちらへ向きを変えた。


「……駄目だ」


 止まると、向こうもまた動きを鈍らせる。


(三人で移動すれば、石よりこっちの振動を拾うのか)




 バロウワームが獲物を食う瞬間を思い出す。あの大きく開いた口の奥は、外皮とは明らかに違う色をしていた。柔らかく、湿った赤みが見えた気がする。


 近づいて突くのは、危険すぎる。食われるリスクの方が大きい。ネリオラの小さく精密な魔法なら、口の中を狙うこと自体はできるかもしれない。


 だが、あの程度の威力では決定打にはならない。威力を上げるには準備の時間が要る。その間に、バロウワームはとっくに地中へ戻っているだろう。


(離れたところから、口の中へ素早く攻撃できれば……)


 パチンコ。ただの石弾じゃ、口の中へ入っても大したダメージにならない。


 その時、脳裏に昨日の光景がよぎった。


(……中で爆発したら?)


「ネリオラさん」


「はい?」


「昨日の――あの爆発したやつ、もう一回できます?」


「……あれですかぁ?」


「何をする」


 ミグレナの声に、俺は短く答える。


「飲ませます」




「さすがに、危険すぎませんか~?」


「正直、昨日一回しか試してないから使いたくないです。でも、やらないと、俺たちが食われます」


 もたもたしている時間はない。インベントリからおとりに使う石をいくつか取り出し、ミグレナへ渡す。


 俺は手元に残っていた別の小さな魔力結晶の欠片を、パチンコの弾受けへ載せた。


「来ます~!」


 三人とも足を止める。ミグレナが少し離れた一点へ、石を続けざまに投げつけた。


 土の盛り上がりが向きを変える。石を落とした場所へ、まっすぐ進んでいく。


「誘導できた!」


 ネリオラが欠片へ魔力を集中させる。淡い光が強まり、不安定に揺らぎ始めたところで魔力を切る。それでも欠片の震えは収まらない。昨日と同じだ。


 だが、地面を割る直前、土の盛り上がりがわずかに逸れた。


「まずい! ずれた!」


 土が盛り上がった瞬間、ネリオラが頭部の横へ短く精密な風を当てた。巨体を吹き飛ばすほどの力じゃない。完全に止めたわけでもない。ただ、開いた口の向きが、ほんのわずかにずれただけだった。


 だが、それで十分だった。開いた口が、俺から見て狙いやすい角度を向く。


「ネリオラさん、ナイス!」


「今だ!」


 ミグレナの声と同時に、紐を引き絞る。昨日何度も試した引き方、放すタイミング。口が狙える角度になった瞬間に、放つ。




 欠片は歯の縁をかすめ、そのまま口の奥へ飛び込んだ。


(入った!)


 バロウワームが口を閉じ、そのまま潜っていく。


(まだか)


 何も起きない数秒が、やけに長く感じられた。心臓の音がやたら大きく聞こえる。三人とも、動けずにその場を見つめていた。


 ドン――!


 そして、鈍い爆発音が地中から響いた。


 地面が大きく盛り上がり、衝撃でバロウワームの頭部と胴の一部が地上へ露出する。巨体が大きく痙攣してから、動かなくなった。


 すぐには近づかない。ミグレナが慎重に近づき、露出した部分へ確実に止めを刺す。ネリオラも魔力の反応が消えたことを確認した。土煙がゆっくり収まっていく中、誰も口を開かなかった。


「……終わった」


 息を大きく吐く。全身から力が抜けていくのが分かった。手が震えている。


「怖すぎる……」


 手元で暴発すれば、自分たちがどうなっていたか分からない。今回うまくいったのは、経験と仲間と偶然があったからだ。どれか一つ欠けていても、成立しなかった。


「今のままじゃ、危険すぎますねぇ」


「同感です……」


「だが、使い方は覚えておけ」


 ミグレナの言葉に頷く。危険なのは間違いない。けれど、安全に扱える方法が見つかれば、遠距離から大きな威力を出せる手段にはなる。


「待て」


 立ち去ろうとした俺を、ミグレナが止める。


「まだバロウワームの死体が残っているぞ」


「……掘るんですか?」


「当たり前だ。地中性の魔物なんて珍しい。絶対に持って帰る」


 ……さっきまで殺されかけていた相手なのに、少し楽しそうなのは気のせいだろうか。


 三人で土を掘り返す。全長三、四メートルの巨体が、少しずつ地面から姿を現していく。


 掘り出したバロウワームの死体に、俺は直接触れた。丸ごとインベントリへ収まる。


「素材として使える部分もあるかもしれん」


 ミグレナがそう言って、土のついた手を払った。


 急なバロウワームの出現で目的を忘れかけてしまったが、依頼はあと一頭残っている。


 残っていたワイルドホーンは散り散りに逃げていった。少し休んでから改めて探し、どうにか一頭を仕留めた。




 町へ向かう道すがら、先ほどの戦闘を思い返す。


(……遠距離から撃ち込める手段、か)


 危険だが、可能性は感じる。ふと、あることを思いついた。


(そういえば、規格魔力結晶ってレシピ登録されたんだから、同じ大きさの弾を用意できるんじゃないか)


 歩きながら、インベントリ内に残っていた加工前の欠片を素材にして、【規格魔力結晶】をクラフトしようとする。


 だが、反応がない。


《クラフト条件を満たしていません》


 材料はある。工具も持っている。レシピも登録されている。なのに、なぜ。


 頭の中で条件を並べ直す。そういえば、最初に登録した時は――ネリオラが魔力操作を担当していた。


 振り返ると、ネリオラは数歩後ろを歩いていた。


 試しに、隣まで近づいてから、もう一度クラフトを選ぶ。


 《クラフト条件を満たしていません》


「……ネリオラさん、ちょっと魔力を出してもらえます?」


「こうですか~?」


 その瞬間、クラフトが反応した。数秒後、インベントリの中に【規格魔力結晶】が現れる。


「……ナオキさん、今のって何です?」


「俺の能力です。……ただ、ネリオラさんの魔力まで条件になるとは、俺も今初めて知りました」


 ここまで話して、少し迷う。これまでなら、適当に濁していたかもしれない。


 けれど、もう二人は臨時の同行者じゃない。それに、これからネリオラの魔力を借りることがあるなら、俺だけが仕組みを隠したまま使うわけにもいかなかった。


「……俺、ちょっと変わった能力を持ってるんです」


 物をしまえる【インベントリ】。一度作った物を再現できる【クラフト】。すぐ取り出したい物を選べる【クイックスロット】。


 簡単に説明すると、そんな能力だ。表示そのものは俺にしか見えない。


「ずいぶんと器用だなと思っていたが、全く同じ形の石を作っていたのも、それか」


「そうです」


 神様の手違いだとか、転生の詳しい経緯だとかまでは話さなかった。


 二人はこれまでにも、俺が物を出し入れしたり、同じ形の物を何度も作ったりするところを見ている。能力そのものの存在には、思ったほど驚かなかった。


「やはり、何かあるとは思っていた」


 ミグレナは淡々と頷く。一方ネリオラは、まったく別のところに食いついた。


「じゃあ、今のもその【クラフト】っていうので?」


「そうです。どうも、ネリオラさんの魔力まで工程に必要みたいで」


「私が魔力を出したら動いた、ってことですかぁ?」


「たぶん。俺も今知りました」


「なるほどぉ。じゃあ、次から必要なら先に言ってくださいね~」


「お願いします」


「でも……どこまで離れたら使えなくなるんでしょうねぇ」


 と、早くも興味の方が勝ち始めている。ミグレナが呆れたように息を吐いた。


「お前ら……」




 ギルドへ戻り、ワイルドホーン討伐の完了と、規定外のバロウワーム出現を報告する。担当者も、地中性の魔物がこの辺りに出たと聞いて驚いていた。


 ワイルドホーン五頭の報酬は9,000リル。三人で分けて、俺の取り分は3,000リル。


 さらにバロウワームの規定外討伐分として6,000リルが追加され、こちらも三人で分けることになった。


【所持金】199,450リル


 素材はまだインベントリの中だ。売却の話は、後日でいいだろう。


「そういえば、紹介所から伝言が入っています。明日、例の物件を案内できるそうですよ」


 受付の言葉に、三人で顔を見合わせる。


「時間は?」


「午後でお願いできますか、とのことでした」


 ちょうどいい。午前中に、バロウワームのことも落ち着いて確認できる。


(魔物の腹の中で爆発させた翌日に、今度は家探しか)


 なんとも忙しい話だ。

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