第32話 こいつら、私たちを見ていない
紹介所を出たあと、三人で昼食を済ませ、そのままギルドへ戻った。内見の日程は、案内できる日が決まり次第、ギルドへ伝言を入れてもらうことになっている。
「候補が絞れただけでも収穫でしたね」
「あとは向こうの連絡待ちか」
「楽しみですねぇ」
内見の連絡が来るまで、こちらから動けることはない。まだ日は高いし、このまま宿へ戻るには早すぎる。
そこで午後は、依頼を受けずにギルドの訓練場の隅を借りることにした。ちょうど、前から引っかかっていたことがあった。
クイックスロットから【投擲石(簡易)】をひとつ取り出す。同じ形、同じ重さに整えた石。何度も使ってきた、見慣れた石だ。
(……というか、俺、いつまでこれを手で投げるんだ?)
石の形も重さも揃えた。けど、俺はプロ野球選手でもなんでもない。毎回同じ力で、同じところへ投げられるわけがない。
(だったら、飛ばす方も揃えられないか)
頭に浮かんだのは、元の世界のあの小さな道具だった。Y字の枠に伸び縮みする紐を渡し、真ん中に弾受けをつける。あれなら、毎回同じ動作に近づけられるはずだ。
「何をぶつぶつ言ってる」
ミグレナが訝しげに覗き込んでくる。
「ちょっと、飛ばせる道具を作れないかと思って」
「投擲石があるだろう」
「だから、腕じゃなくて、道具の方で毎回なるべく同じように飛ばせないかなって」
インベントリに入れていた枝を何本か取り出し、その中からY字に分かれた一本を選ぶ。余分な部分を削り、両端に手持ちの紐を結んで引いてみた。
だが、ほとんど伸びない。無理に引けば枝の方がしなるだけで、石を飛ばす力にならない。
(そういえば、この世界にゴムなんてあるのか……?)
「ミグレナさん、引っ張ると伸びて、放すと戻るような紐ってありません?」
「荷留め用ならある。大型草食魔獣の腱を撚った荷留め紐だ。道具屋で売っているぞ」
「それです」
近くの道具屋で、荷留め用の伸縮紐を200リルで買い、Y字の枠に張り直す。今度はちゃんと伸び、放せば勢いよく元へ戻った。
(あとは弾を受けるところか)
インベントリに残っていた布の切れ端を二重にし、紐の中央へ括りつける。左右の紐の長さを揃え、引いた時の張りに差がないことを確かめて、結び目をきつく締めた。
《新しいレシピを登録しました》
【パチンコ(簡易)】
「お、パチンコできた」
「……パチンコ?」
「俺のいたところにあった道具です。こうやって石を――」
いつもの【投擲石(簡易)】を載せようとして、手が止まった。
「……弾がでかいな」
「今さら気づいたのか」
「そんな目で見ないでください……」
手で投げるにはいい大きさでも、小さな弾受けに乗せて引くには大きすぎる。
(だったら、弾の方も合わせればいいか)
手にしていた投擲石を一つ、おおまかに十個へ割る。大きすぎる欠片を削り、尖った角を落としながら、弾受けに収まる大きさを探っていく。
何度か試し、多少ばらつきはあるものの、十発分の弾ができた。
《新しいレシピを登録しました》
【石弾(簡易)】
「こっちの方がそれっぽいな」
試しに【投擲石(簡易)】を一つ素材にしてクラフトする。数秒後、投擲石が一つ消え、代わりに同じ大きさ、重さ、形の石弾が十個増えた。十個は一つの項目にまとまっている。
(一個を十発分に加工するところまでが一つのレシピか。悪くない)
石弾を載せ、訓練場の木板へ向けて撃ってみる。
石弾は勢いよく飛んだ――が、狙った場所からは少し外れた。
(道具を揃えても、撃つのは俺だもんな)
何度か試してみる。手投げより勢いがあり、同じ弾と道具なら外れ方も比べやすい。とはいえ、狙うのも、どこまで引くのかも、放すタイミングも俺自身だ。作っただけで急に当たるようにはならない。
「悪くないじゃないか」
ミグレナの評価は短いが、素直に嬉しい。
「武器として完成、ってほどじゃないですけど……これなら、練習する価値はありそうです」
道具作りを切り上げたあと、三人で訓練場のさらに端へ場所を移した。紹介所を出た時から話していた、魔力結晶の実験の続きをするためだ。
「前みたいに割れる可能性もありますよね」
「そうですねぇ」
「やるなら、離れてやれ」
ミグレナだけは、最初から警戒を隠そうともしていなかった。
使うのは、これまで加工を続けてきた魔力結晶の欠片だ。
ネリオラが魔力を細く絞り、俺がヤスリを当てる。向きを変えながら同じ工程を繰り返し、少しずつ形を整えていく。
やがて、最後の面を削り終え、狙っていた大きさと形に整った。
「……形、整いましたねぇ」
「ですね」
《新しいレシピを登録しました》
【規格魔力結晶】
(……登録された)
思わず表示を見つめる。
「どうしました?」
「いや、これで同じ形に揃える目処が立ったなって」
ようやく一つ、形にできた。
完成した【規格魔力結晶】をインベントリへしまう。
ただ、ここで終わると――少しだけ気になる。
加工の途中で出た小さな欠片を一つ手に取った。
「これ、さらに魔力を入れ続けたらどうなるんでしょう? 危なそうなら、すぐ止めてください」
欠片を大きめの石の上へ置き、ネリオラが慎重に魔力を注ぎ始めた。
淡く光る。光が強くなる。小さな亀裂が走る。
だが、今回はさらに続ける。内部の光が、揺らぐように安定しなくなってきた。まるで、内側で何かがせめぎ合っているようだった。
「……ちょっと、様子が変ですねぇ」
欠片はカタカタと音を立てて小刻みに震え、内部の光が不規則に揺れている。
「止めましょう」
「はい~」
ネリオラが魔力を切る。それでも、欠片の光はすぐには消えなかった。小刻みな震えも残ったままだ。
「……止まってない?」
「魔力はもう流してませんよ~?」
念のため、俺とネリオラは欠片から距離を取る。何も起きないまま、数秒が過ぎた。
その時だった。
次の瞬間、欠片が弾けた。
爆音。土と砂が舞い上がる。台代わりにしていた石の表面が大きく欠けた。キーンという耳鳴りがしばらく残る。
「……爆発した」
距離を取っていてよかった。近くにいたら巻き込まれていた。
(……これ、訓練場でやっていい実験だったのか?)
「魔力を止めたのに、内部の乱れは収まってなかったみたいですねぇ」
「時間差、ってことか」
「毎回同じ時間とは、限らないと思いますけど」
一度だけじゃ何も断定できない。だが、さすがに今すぐもう一度試す気にはなれなかった。
「次やるなら、もっと離れましょうねぇ」
「やる前提なんですね」
「気にならないんですか~?」
「……気になる」
「お前ら……自重しろ」
結局、今日はここまでにした。その後、ギルド職員にしっかり怒られ、訓練場を後にする。
(次は、もっと離れた場所と丈夫な台がいるな)
怒られたばかりなのに、もう次の実験を考えている自分がいた。
翌日、三人でギルドへ向かう。
「ワイルドホーン五頭の討伐です」
受付で手続きを済ませ、三人分の名前が並んだ書類にサインをして、そのままギルドを出た。
森の浅い草地。ワイルドホーンは基本、単独で行動するため、一頭ずつ見つけては仕留めていく。木漏れ日の下、下草を踏み分けながら進む。初めてこの魔物と戦った頃とは、緊張具合がまるで違った。
最初の一頭を見つけたのは、ミグレナだった。
「そこだ」
草の陰。角の向き、踏み込みの癖。ミグレナが小声で説明する。以前なら戦いながら拾う余裕のなかった情報が、今は少しずつ頭に残るようになっていた。
「じゃあ、少しだけ横にずらしますねぇ」
ワイルドホーンが地面を蹴った瞬間、横から短い風がぶつかった。吹き飛ばすほどではないが、宙に浮いた体がわずかに流れ、着地点が半歩ほどずれる。
それだけで、突進の軌道が俺の正面から外れた。
短槍を構え、隙へ踏み込む。突きは浅く逸れることなく、狙った場所へ入った。手応えも、これまでよりはっきりしている。
「悪くない」
ミグレナの一言に、少しだけ胸を張りたくなる。
「やった……少しは成長できましたかね?」
「前より余裕が出てきましたねぇ」
ネリオラが感心したように言い、ミグレナも小さく頷く。二人に認められると、少しくすぐったい。
二頭目では、昨日作った【パチンコ(簡易)】を試すことにした。
インベントリから石弾を一つ取り出し、弾受けに乗せる。逃げようとするワイルドホーンの胴体へ狙いをつけ、引いた紐を放つ。
石弾は狙った場所より少し後ろへずれたものの、脇腹に当たった。ワイルドホーンの体がびくりと揺れ、足が一瞬止まる。
(当たった……けど、狙った一点とはまだ言えないな)
昨日作ったばかりの道具が、実戦でも使えた。命中精度は、まだこれからだ。
その一瞬を、ミグレナは逃さなかった。連携というほど大げさではないが、確かに噛み合っていた。
三頭目、四頭目と、討伐は順調に進んだ。ミグレナが動きを読み、ネリオラが一瞬のズレを作り、俺がその隙を突く。声を掛け合えば、次に誰がどう動くのかも、前より少し早く分かるようになっていた。
「これなら、思ったよりも早く終わりそうですね」
「油断はするな」
ミグレナの声には、いつもの緊張感があった。気が緩みそうになるところを、そのひと言で引き締められる。
依頼で必要な最後の一頭を探していた時、少し開けた草地に出た。西日が差し込み、草の色が少し濃く見える時間帯だった。
「……まとめて見つかりましたね」
複数のワイルドホーンが、思ったより広い範囲に散らばっている。互いに距離は取っているが、同じ一帯に何頭もいるのは珍しい。餌場か何かかもしれない。
「珍しいな」
ミグレナも、少し警戒したように呟く。単独行動の魔物が同じ場所へ集まること自体は、あり得ない話でもない。
だが、様子がおかしかった。
近づいても、逃げる素振りがない。俺たちの存在に、そもそも気づいていないようにすら見えた。
こちらを警戒している個体が、一頭もいない。
普通なら、逃げるか警戒するか、角を向けるはずだ。なのに、耳も足も、まるで別の方向を気にしている。何頭かは体を小刻みに震わせていた。
「……なんか、変じゃないですか?」
そう思った瞬間、ミグレナの表情が変わった。それまでとは明らかに違う、何かを察知した顔だった。
「……待て」
「どうしました?」
「こいつら、私たちを見ていない」
その一言が、重く響いた。草地の空気が、急に張り詰めたように感じられる。
「え?」
視線を追う。木、草、地面。目立つ魔物はどこにもいない。ネリオラも周囲へ手をかざしているが、はっきりした反応は返ってこない。
(じゃあ、何を――)
地面が、小さく震えた。足の裏に伝わる感触に、思わず息を止める。
「下だ!」
ミグレナが叫んだ瞬間、視界が跳ねた。
地面が、弾けた。




