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第31話 全部欲しいと、意外と難しい

 翌朝、目を覚ましてまず頭に浮かんだのは、昨日の三人の要望だった。


(作業台。水場。魔力実験。……並べるだけなら簡単だったんだけどな)


 三人分の要望を一晩寝かせてみたところで、都合のいい物件が勝手に生えてくるわけでもない。


 とりあえず今日は相場を調べる。話はそれからだ。


(宿の前払い、40,000リルにするかどうかも、見る物件次第か)


 まだ決めなくていい。昨日、自分でそう保留したばかりだ。


 身支度を整えて、宿の食堂で朝食をとる。食後、朝食代と宿代をまとめて精算した。


【所持金】197,700リル


 この程度で慌てる額じゃない。それでも、意味もなく減らしたい額でもなかった。




 ギルドへ行くと、ミグレナとネリオラはすでに来ていた。


「昨日の拠点の話、ちゃんと条件を整理してから聞いた方がいいですよね」


「そうだな」


「私も気になります~」


 頭の中で条件を並べていく。


「俺は、作業台と工具が使える場所。多少削り屑が出ても大丈夫で、魔力結晶みたいなのを固定して加工できるところ」


 結晶の加工実験をするたび、毎回訓練場を借りるのも正直面倒だ。落ち着いて試せる場所があれば、試せることも増える。


「収納はいいんですか~?」


「それは収納でどうにでもなります。欲しいのは、保管場所じゃなくて作業する場所の方です」


「そういえば、ナオキさんの収納って、どれくらい入るんです?」


「……分かりません」


「分からないんですか?」


「今のところ、いっぱいになったことがないので」


「それなら、保管場所はいらないですねぇ」


 ネリオラにも何度か収納を見せていたが、詳しく話したことはなかった。正式に組んだ以上、こういう細かいところも知っておいてもらった方がいいだろう。


「私は、水場と、汚れてもいい床。石床がいい。魔物素材を広げて、簡単な解体や装備の手入れもできる場所」


「換気も必要か」


「必要だ。血の匂いがこもると、あとが厄介」


「詳しいですね……」


「経験済みだ」


 ミグレナが真顔で答える。詳しくなりたくない類の知識だった。


「私は、多少魔力を使っても平気な場所ですねぇ。大きな魔法は要らないので、訓練場ほどの広さは要らないです。ただ、周りに迷惑がかからない場所がいいですね」


「……これ、拠点っていうより工房になってません?」


「何か問題あるか?」


「ないです……」


 三人分の要望を並べてみると、必要なのは普通の借家より、作業場に近い場所らしい。少なくとも、部屋数や収納の多さで探すような物件ではなさそうだ。




 受付でそれとなく聞いてみると、東通りの紹介所を教えられた。冒険者向けの倉庫や作業場も扱っているという。ギルドそのものが不動産屋ではないが、案内先くらいは把握しているらしい。


 教わった通り向かうと、思ったより小さな店構えだった。看板には「物件相談」とだけ書かれている。


 紹介所の担当者は、条件を聞くなり微妙な顔をした。手元の紙に何かを書きかけては、また止まる。それを二度ほど繰り返してから、ようやく口を開いた。


「魔物を解体できて、魔力実験もできて、加工もできる場所……そんなところに住むんですか?」


「まだ決めてません」


「寝る場所はある」


「実験できれば十分です~」


「……何を借りたいんだ、あなたたち」


 担当者が、半分呆れたような顔で唸る。眼鏡を押し上げながら、もう一度資料を見返していた。それでも、いくつか例を出してくれた。


「小さな部屋なら、月30,000から45,000程度。一軒家なら50,000から70,000。倉庫や作業場付きだと、70,000から100,000は見た方がいいですね。元工房の物件になると、100,000は軽く超えますよ。あくまでおおよその目安ですが」


 思っていたより幅がある。俺たちの条件を考えると、安い小部屋で済む可能性は低そうだ。倉庫か作業場、それか元工房あたりが現実的な候補になるんだろう。


「家賃だけじゃなく、保証金と前払いも必要です。仮に家賃が80,000なら、初月分の80,000と保証金80,000。合わせて160,000は見ておいてください」


「じゅ、160,000……」


 思わず声が出た。担当者は特に驚いた様子もなく、当然のことのように続けている。


(三人で均等に割れば一人50,000強。払えない額じゃない。でも、装備代や生活費まで考えると、気軽に出していい額でもないな)


 頭の中で、所持金を思い浮かべる。今の手持ちなら出せないことはない。だからといって、まだ何一つ決まっていない場所に、ぽんと出していい額でもなかった。


「安いところは狭くて、広いところは町外れです。水場の整った物件は住宅地に多いので魔力実験を嫌がられますし、魔力を使っていい場所は町外れで水場が弱かったりします」


 担当者が資料をめくりながら答える。


「解体できる場所は?」


「水場のある区画に多いんですが、そこも魔力実験は嫌がられがちです」


「加工できる場所は?」


「それは、大体どっちにも付いてきませんね」


「町に近いと?」


「狭いです。広いところを選ぶと、大体町から遠くなりますね」


「作業台や工房設備がしっかりしてる物件は?」


「その分、家賃が上がります。良い条件を足すほど、値段も一緒に上がっていくと思ってください」


「……全部欲しいと思ったら、条件同士がぶつかるんですね」


 欲しいものを並べただけの時は、なんとなくできそうな気がしていた。条件にしてみると、途端に難しくなる。一つを満たせば、もう一つが崩れる。これまでのクラフトや依頼と、似たような構造だった。




「住む場所まで一緒にしようとすると、もっと難しくなりそうですね」


「そうだな」


「私たち、寝る場所はそれぞれもうありますしねぇ」


 三人とも、今のところ寝る場所には困っていない。住めるならそれに越したことはないが、そこまで必須条件にすると、候補を狭めすぎそうだ。


「じゃあ、まずは作業場として使えることを優先しますか」


「それでいい」


「住める場所まで付いてたら、その時はラッキーですねぇ」


「そんな都合のいい物件あります?」


「探してみないと分かりませんよ~」


 確かに、その通りだ。住居は必須じゃない。ただ、最初から候補から外す必要もない。


「じゃあ、候補を教えてもらいましょうか」


「条件に近い物件でしたら、三件ほどご紹介できますよ」


 担当者が差し出した資料を、三人で覗き込む。


「一件は町中の小さめの物件です。家賃は抑えめですし、ギルドからも近いですが、その分狭くて、解体作業までは難しいかもしれません」


「それだと、今回探してる条件からは外れますね」


「そうだな」


「もう一件は、町外れの元倉庫です。広さは十分ですし、汚れも多少の魔力も気にせず使えますが、建物自体が古くて、町からも離れています」


「広いのは魅力ですねぇ」


「移動が面倒そうだな」


「最後は、元工房の物件ですね。作業設備の条件はかなり良くて、立地も比較的便利です。ただ、その分お値段も張ります」


「一番惹かれますけど……」


「先立つものがな」


 一件目は条件から外れる。残るのは、広いが町外れの元倉庫と、条件はいいが高い元工房。どちらも分かりやすく欠点があった。


 三人で顔を見合わせる。資料だけ眺めていても、これ以上は決められそうにない。


「……見に行くだけなら、タダですよね?」


「もちろんです」


 思いついた時は簡単そうに見えて、調べてみると想像と違う。条件を整理し直して、ようやく次が見えてくる。今までの依頼と、大して変わらない気がした。


 広さ、立地、値段。それに水場と作業場と魔力実験――全部を一度に、は難しいらしい。


(分からないまま考えていた時より、一歩進んだ、か)


 契約は、まだしない。ただ実物を見てから決める、それだけの話だ。


 ここが決まれば、結晶の加工も、素材の解体も、細かな魔力実験も、いちいち場所を借りずに試せるようになる。思いついたことを、思いついたその日に試せる場所。


 それがどれだけ贅沢なことか、この世界に来てからの日々を思えば、よく分かる。それを思うと、面倒なはずの物件探しが、少しだけ楽しみに変わっていた。


「じゃあ、今度時間を合わせて見に行きましょうか」


「ああ」


「楽しみですねぇ」


 三人の意見は、あっさり揃った。


「案内できる日が決まったら、ギルドへ伝言を入れておきますね」


 担当者がそう言って、安めの物件を外した二件分の資料をまとめた。


 どうやら、内見までは少し時間が空きそうだ。


「そういえば、魔力結晶の実験、途中でしたねぇ」


 店を出たところで、ネリオラが思い出したように言った。


「亀裂が入ったところで止めたやつですか」


「はい~」


 思わず足が止まった。


「……あれ、そのまま続けたらどうなるんですかね?」


「やっぱり気になります?」


「それ聞いたら、試したくなるじゃないですか」


「ですよねぇ」


 なぜか意気投合した俺たちを見て、ミグレナが露骨に嫌そうな顔をした。


「なんですか、その顔」


「嫌な予感しかしない」

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