第30話 住む場所と、使う場所は別らしい
「臨時じゃなくて、正式に、ってことです~。ダメですか……?」
ネリオラが、珍しく言葉を選びながら続ける。手のひらの上で、小さな光の粒を意味もなく浮かべては消していた。
「毎回、臨時同行者で書いてもらうのも面倒ですし~。それに……ここ、結構面白いので」
照れ隠しなのか、語尾がいつもよりわずかに早口だった。俺は隣を見る。
「俺はいいですけど」
「私を見るな」
「いや、一応」
二人で作ったパーティーだ。俺一人の一存では決められない。
「私は構わない」
ミグレナの返事は短かったが、迷いはなかった。
「そんなにあっさりでいいんですか?」
「問題ない」
「それなら、決まりですね」
俺がそう言うと、ネリオラの表情がふっと緩んだ。
「じゃあ、よろしくお願いします~」
大げさなやり取りは何もなかった。それでも、三人になった実感は、ちゃんとあった。
そのまま訓練場から受付へ戻る。夕方の受付は少し混んでいたが、順番はすぐに回ってきた。
「臨時同行者ではなく、正式加入ですね」
受付が確認し、既存のパーティー登録へネリオラの名前を追加する。
ミグレナとネリオラ、二人のCランクがいても、俺自身がEランクなのは変わらない。ただ、どちらかが同行するなら、俺でも一段上のDランク依頼まで受けられる。
「俺だけランクが低いままですね……」
「気にするな」
「いや、足引っ張ってないかなって」
「引っ張ってるなら、とっくに言ってる」
「それはそれで怖いんですけど」
「ランクなんて、気にする必要はないと思いますよ~?」
ネリオラが微笑みながら、そう言った。その感じから、本気で言ってくれているのだとわかる。
ギルドを出ると、三人並んで歩く形になった。夕暮れの通りは、屋台の灯りがぽつぽつと点き始めていた。正式に三人になったんだな、という実感が、じわりと湧いてくる。
「じゃあ、せっかく正式に三人になったし、飯でも食いません?」
「結成祝いですかぁ?」
「そこまで大げさじゃないですけど」
いつもより少しだけ良い、冒険者がちょっとした祝いに使う程度の店へ入る。香草を利かせた焼き肉と、具の多い煮込み、それに焼きたてのパンを頼んだ。湯気の立つ皿が並ぶと、それだけで少し特別な気分になった。壁際の席から、賑やかな店内の音が心地よく響いてくる。
「今日は俺が――」
「自分の分は自分で払う」
言いかけたところを、ミグレナに即座に遮られる。せっかくの祝いだし、ここくらいは出そうと思ったが、俺が全員分を持つ案は即座に却下された。
結局、会計は三人で均等に割ることになった。少し良い店だった分、俺の支払いは1,000リル。
【所持金】199,700リル
「そういえば、これでもう次から受付で『臨時同行者』って書かれないんですね」
「そうですねぇ。毎回説明しなくて済みます~」
「そこが一番なんです?」
「それだけじゃないですよ~?」
料理を口に運びながら、ネリオラが軽く笑う。
「最初は、結構ズレましたけどね」
「光を出したらミグレナさんに『そっちじゃない』って言われましたねぇ」
「前よりは合う」
それだけの言葉なのに、ネリオラは少し嬉しそうに笑った。
「二人って、依頼が終わってからも、気になったことはそのままにしないんですねぇ」
「分からないままなのが気になるんですよ」
「魔物なら見る」
「そこだけ急に強いな」
俺は仕組みを、ミグレナは魔物を、ネリオラは魔力を追いかける。同じものを見ていても、目を向ける場所はそれぞれ違う。
その違いが、不思議と心地よかった。
「こういう調査とか実験、これからも増えそうですよねぇ」
「そういえば、三人になったら、何か欲しいものとかあります?」
「作業できる場所が欲しい」
ミグレナが即答する。
「宿で血や泥のついた素材を広げたり、装備の手入れをしたり、魔物を解体したら怒られますよね」
「怒られる」
真顔で即答され、想像だけで少し笑いそうになった。
「たまには、討伐した個体をじっくり観察したい時もある」
ミグレナの目が、輝いた気がした。魔物の話になると、こういう顔になる。
「私は、実験できる場所ですねぇ。毎回訓練場を借りるのも、少し面倒で」
「使う度に予定を合わせるのも、手間ですしね」
俺も、加工道具や作業台を落ち着いて使える場所が欲しいと思っていた。インベントリに入れておけても、結局加工する時は物を出さないといけない。宿の部屋で結晶を削るわけにもいかない。
クラフト。魔物素材と装備。魔力実験。三人とも、欲しいものは違う。それでも、行き着く先は似ていた。
「住むだけなら、今の宿で別に困らないんですよね」
「寝るだけならな」
「それって、普通に部屋を借りるっていうより……」
少し考える。皿の料理がすっかり冷めていたことにも気づかないくらい、頭の中で条件を組み立てていた。
「俺たちの活動拠点みたいな場所が欲しいってことですか?」
「そうなるな」
「秘密基地みたいですねぇ」
「秘密にする必要はないですけどね」
言った後で、自分でも少しおかしくなった。休む場所ではなく、作業する場所。三人分の用途を一つにまとめようとすれば、確かにただの部屋では収まらない気がした。
とはいえ、相場も、条件も、工房付きの物件があるのかすら、まだ何も知らない。
「じゃあ、まずは調べますか」
「私も気になる」
「工房付きとかあるんですかねぇ」
「先に金額だな」
「住む場所も一緒にするんです?」
「そこまでは決めてないです」
パーティーとしては一つになったが、急いで決める必要もない。ゆっくり考えよう。
食事を終え、店を出たところでネリオラとは別れる。
「じゃあ、また明日~」
軽く手を振って、夜の通りへ歩いていく。
「ああ」
「はい、お疲れさまでした」
宿へ戻ると、主人に声をかけられた。
「お前さん、しばらくうちに泊まるつもりなのか?」
「まあ、そうなりそうです」
「最初はどれくらいいるか分からなかったから黙ってたが、それなら余裕があるうちに三十日分まとめて前払いにしたほうがいいんじゃないか?日払いより安くなるぞ」
「……そうなんですか?」
隣を見ると、ミグレナが小さく頷いた。
「言わなかったか?」
「初耳ですよ……」
思えば、宿代の話を細かく聞いたことがなかった。
「日払いのままだと一泊1,700。三十日で51,000だ。三十日前払いなら40,000でいい。その代わり月の途中で出ても返金はないぞ」
頭の中で差額を計算する。11,000リルの差。決して小さくない。
「……結構変わりますね」
けど、さっき拠点の話をしたばかりだ。工房だけ借りることになるのか、住める場所まで見つかるのか、それすらまだ分からない。
「それ、少し考えてからでもいいです?」
「ああ。部屋を押さえておく必要があるわけじゃない。決めたら言え」
「じゃあ、まず物件の相場を見てからにします」
安くなるからといって、使うか分からない三十日分を先に払うのは違う。
明日から、まずは拠点探しだ。
今日一日で、いろんなことが一段進んだ気がする。パーティーは三人になった。
全裸で森に放り出され、明日の飯すら分からなかった頃を思えば、ずいぶん遠くまで来た。
だからといって、急に何でも上手くいくわけじゃない。
(拠点については、まず相場を調べないとな)
工房付きの物件があるのか。あるとして、いくらくらいするのか。
分からないことはまだ多い。それでも、探す理由だけは、今日はっきりした。




